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ヒカリ  作者: トモリ
4/4

4 本当の笑顔

 





 葵はいつものように目を覚ました。

今日は月曜日。またこれから同じような一週間が始まるのだ。

 葵は憂鬱な気分に浸りながら、ベッドから体を起こした。そして、朝食をとるため、一階へ降りていった。





「おはよう。葵ちゃん」

 玄関を出ると、そこには爽やかな笑みを浮かべて立っている世紀の姿があった。

「おはよ・・・ございます」

 葵は世紀がいたことに驚いたが、一応それに返事をする。

「私、ここの近くに住んでるの。だから、今日、一緒に行ってもいいかな」

「あっ・・・・はい」

 すると世紀は口元で手を握り、くすりと笑う。

「・・敬語じゃなくて、タメ語でいいのに」

「・・・うん」

 葵は、ためらいがちにそう答えた。そして二人は、駅に向かって歩き出した。





「良かった・・・少し落ち着いたみたいだね」

 いつものように満員電車からやっとの思いで抜け出すと、世紀が静かに話しかけてきた。

「・・・え?何が?」

「だって、この前あった時はものすごく怖い顔してたから。でも今は、少し優しい感じがする」

「・・・」

 葵は、自分ではほとんど自覚がなかった。気づかない感情までもが、顔に出てしまっているらしい。葵はライトの言った事を思い出した。

(私って顔に出やすいタイプなんだ)




「ね。葵ちゃん。こっちの道から行こう?こっちのほうが少し早く着くの」

 駅から少し歩くと、世紀は立ち止り、路地裏を指差す。

「うん。いいよ」

 その道は、日光が当たらないせいか、他の場所よりうす暗い。しかし葵は気にすることなく、世紀の後に続き歩き出した。


「あと少しだよ」

 少し歩くと、世紀はそう言う。

「・・・うん」

 と、その時、誰かに肩をトントンと叩かれた。驚いて振り返ると、そこには中学生くらいの女の子が立っていた。いや、正確に言うとただの女の子ではなかった。ショートカットの髪からは、猫のような耳が飛び出していて、目もまた猫のような鋭く尖った瞳をしている。

「こんばんはぁ!!」

 その少女は、その瞳をゆがまして葵に笑いかけた。

 葵は一歩、後づさる。彼女は明らかに“ここ”の人間ではない。

「え~!なに?ジェニミの事怖いの?葵おねーちゃん!?」

 その少女―ジェニミは葵に顔をぐいっと近づけると、不機嫌な顔をしてそう言った。

「-っ・・・」

「んじゃ、ジェニミもお姉ちゃんの事怖い~。耳とんがってるぅ~」

 ジェニミは葵から一歩後退ると、わざとらしくそう言う。

(・・ウザッ)

 葵は少しだけ恐怖を覚えたが、今はこの少女ージェニミをうるさく感じる気持ちのほうが、明らかに大きくなっていた。

 まだジェニミはわざとらしい表情で、葵の事を見ている。

「どうしたの!?葵ちゃん!」

 葵がいないことに気付いた世紀が、慌てた様子で戻ってきた。

 世紀は葵の顔を見て落ち着いた表情を見せると、葵のすぐ隣にいたジェニミを凝視した。その顔には、驚きと焦りが入り混じっている。

「へぇ~。お姉ちゃん以外にも見える人がいるなんて珍しいねぇ」

 ジェニミは表情をくるっと変えると、目を丸くして世紀の方を見た。

「葵ちゃんは下がってて」

 世紀はそう言うと、葵を隠すようにして前に立った。その手には、あの十字架の形をしたキーホルダーのような物が握りしめられている。

「そんなに警戒しなくていいのにぃ~!ジェニミ何も悪いことしないよ?」

「・・・・」

 世紀はジェニミの言葉を聞き流すと、手に持っていたキーホルダーを、自分の前に突き出すようにして持つ。

 そしてそれが光に包まれたかと思うと、弓のような形に変化した。

「あなたのような“完全な魔界の住人”には消えてもらう必要があります。そうすれば、あなたを闇から解放することができるでしょう」

 世紀は驚くほど落ち着いた口調で言った。

「何いってるの~?ジェニミ意味分かんない~」

「・・・・」

 そして世紀は手に持っていた弓を引いた。

 するとジェニミが思い出したかのように、手のひらをこぶしでポンッと叩いた。

「あ!!もしかしてあなた“カリウド”?ライトが、地上にはそんな人達がいるから気をつけろって言ってたよ~!」

 葵は“ライト”という言葉に少しドキリとした。どうやらジェニミはライトの知り合いらしい。

「・・・すぐ闇から開放してあげるから」

 世紀は力強い声でそう言うと、掴んでいた矢を放した。そしてそれとほぼ同時に、ジェニミは隣にあった塀にピョンッと飛び乗った。

 その瞬間、ジェニミがさっきまで立っていた後ろの塀に、矢が勢い良く突き刺さる。

「危ないなぁ。カリウドのお姉ちゃんは。葵お姉ちゃんはそんな事しないのに~!」

 ジェニミは塀の上から世紀を見下ろすと、イーっと歯を見せた。

 葵はそんなジェニミの顔を見て浅くため息をついた。

(早くしないと学校遅れちゃうじゃん)

「世紀さん」

 葵は世紀に控え目に声をかけた。しかし世紀は、ジェニミを睨み付けているだけで、葵の言葉に気づく様子がない。

(・・・はー・・・)

 とその時、誰かの手が葵の口を押さえつけた。

「!!!」

 そして、世紀達には見えない、塀で隠れた場所に引きずり込まれた。

「ごめんね。びっくりさせちゃった?」

 葵の背後から聞こえてくる楽しんでいるような声は、ライトのものだった。

 ライトだと分かって安心したが、口を押さえられているので声を出すことができない。葵は無理やりその手を口から引き剥がした。

 そしてライトと向き合うと、できるだけ落ち着いた口調で言った。

「何しに来たの?」

「・・・この前、また迎えに来るって言ったよね?」

「・・・・」

「ジェニミが邪魔しちゃって悪かったね。子供っぽいところがあるからさ」

 ライトはそう言うと、いつものように微笑んだ。

「・・・ライトは私を魔界に連れて行こうとしている・・」

 葵はライトの目を力強く見据えてそう言った。ライトの笑顔が少しだけ引きつったように見えた。

「そして私を、そこの住人にしようとしている・・でしょ?」

「・・・うん。そうだよ」

 ライトは軽くため息をつきながら、微笑んで言った。

「・・何で・・・私を連れていく必要があるの?」

「葵がこの世界にくだらなさを感じている、理由はそれだけだよ。その耳も僕が何かをやったわけじゃない・・葵の気持ちがそうさせたんだ」

「・・・・」

「それとも魔界に行きたくない理由でもあるの?」

「・・・・それは・・・」

 葵は言葉に詰まってしまった。自分が“ここ”にいる理由を見つける事ができなかった。

 すると、ライトが葵の行き詰った顔を見てニコッと微笑んだ。

「それなら・・・」

「あれぇ~?ライト来てたの?」

 突然、後ろの塀からジェニミが顔を出した。

「ジェニミ」

 ライトは困ったようにジェニミに笑いかける。

「なんだぁ~!来てたなら声かけてくれれば良かったのに!」

 そう言うと、ジェニミはライトに駆け寄りライトの腕にしがみついた。

「・・・ジェニミは何の用でここに来たの?」

「ん~。ジェニミは葵って人がどんな人なのか見にきた!ライトがあっちで、ギィンとその人について話してるの聞こえたから!!」

「・・・・」

「・・・案外フツーの人だね!ものすごく可愛い人だったらどーしよーかと思っちゃた!」

 そう言うとジェニミは、葵の方を見てニヤーと笑った。

(ウザイんですけど・・・)

 そして葵は、踵を変えて歩き出した。すると、世紀が地面に横たわっているのが目に入る。

「世紀さん!?」

 葵はそう言うと、世紀に駆け寄って体を抱きかかえた。よく見ると、彼女の膝から血が流れ出ていた。

「大丈夫?」

 葵は世紀の怪我が思っていた以上に軽かったので、少し安心して声をかけた。

「うん。大丈夫。斬られたときに驚いて倒れただけだから」

 世紀は微笑みながらそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。しかし、すぐまたその場にしゃがみ込んでしまった。

「・・・あれ?」

 世紀は自分でも、何がなんだか分からない様子だ。

「残念でしたぁ~。ジェニミの爪には毒があるんです~!」

 驚いて振り返ると、そこにはジェニミとライトの姿があった。

 ジェニミは、自分の猫のように尖った爪を見せ付けてニヤニヤ笑っている。

 その隣でライトは、困ったように二人に笑いかけた。

「しばらくは動けないと思うよ~!」

「・・・・」

 世紀はジェニミの顔をじっと睨み付けると、俯いた。

「どうしたの?カリウドさん。そんなんじゃ、僕達を消す事はできないよ」

 ライトは馬鹿にしたような笑みを浮かべると、世紀の方に歩み寄った。

 世紀は必死に体を動かそうとしているが、ジェニミの毒が回っているせいで動けないようだ。

 するとライトは、しゃがみ込んでいる世紀に向かって手をかざした。そしてその手を上に持ち上げた。それと同時に世紀の体も空中に浮いた。まるで見えない何かに持ち上げられているようだ。

「-っ・・・」

「・・僕達にとって君らは、邪魔者以外の何者でもないんだよね」

 ライトはそう言うと、世紀に向かって微笑みかけた。

「そう!そう!邪魔ぁ~!何かうるさいし!」

 その隣でジェニミが腕を組んでののしる。

 ライトは軽く息をつくと、もう一方の手を世紀に伸ばした。

 ―その時、葵に寒気がはしった。このままではヤバイ、そう直感的に感じた。そして気づくと、ライトの腕を掴み、押さえつけていた。

「・・・・」

 ライトは、驚きの入り混じった表情で葵を見る。それと同時に世紀の体が地面に落ちた。

 葵は、押さえつけていた手をすばやく引っ込めた。そして呟くように言った。

「・・やりすぎだ思う・・」

「ちょっと~!邪魔しないでよ~。葵お姉ちゃん!」

 葵はその言葉を無視して、ライトの表情をこっそりと窺った。

 ―ライトは笑っていた。

 だが、その目は笑っていない。作り物のようなとても冷たい目だ。

 葵はその瞳をみてぞっとした。こんなライトを見るのは初めてのような気がする。

「・・・葵にとってこの人は、大切な人なの?」

 ライトはいつものように、その顔に親しみやすい笑みを浮かべる。

「・・・・」

 葵は、世紀が少し戸惑っているのが感じられた。しかし、すぐに答える事ができなかった。葵にとって世紀は大切だ。しかし、それを口にするほどの自身が葵にはなかった。たとえ口にしたとしても、その言葉がものすごく軽く、意味のない物になってしまうような気がした。

 するとライトは静かに口を開く。

「・・葵にとってこの人はただの他人。それなのに、なんでこんなに必死になれるの?」

 そしてしばらくの沈黙のあと、葵は呟くように答えた。

「たしかに、私と世紀さんは他人かもしれない。・・でも“友達”だよ・・」

 そう言い切ると、葵は自分の言葉に恥ずかしさを覚えて顔を伏せた。自分がこんなことを言うなんて信じられない。

ライトから返ってくるのは嫌なほどの沈黙だけだ。

 そして、葵は再び顔を上げると、ライトの目をしっかりと見据えて言った。

「それと・・私、魔界には行かないから」

「・・・・」

「たしかに今の私にはここに残る理由が無いかもしれないけど、それはこれから見つけていけばいいと思う・・・し」

「・・・そっか」

 ライトは呟くように言うと、かすかに微笑んだ。

 しかしその笑顔は、さっきのとはまるで違った、どこか悲しげな、そして寂しげな笑顔だった。そして葵に背を向けると、スタスタと歩き出す。

「ちょっと!?ライト~!」

 その後をジェニミが小走りでついて行く。そして二人は溶けるようにして姿を消した。

 葵はしばらく二人の消えた場所を見つめていた。ライトの最後に見せた笑顔が、頭から離れない。その笑顔が本当のライトを隠しているように見えて仕方がなかった。

「葵ちゃん」

 振り向くと、そこには静かに立っている世紀の姿があった。どうやら、体の毒はもう抜けたらしい。

「ありがとう」

「・・・うん」

 すると何かに気づいたかのように、世紀が目を見開いた。

「葵ちゃんっその耳・・・」

 葵は反射的に、すばやく手を耳に押し当てる。そして、驚きのあまり息を呑んだ。そこには普通の耳があった。形も元のように丸くなり、大きさも元のように戻っている。

「―・・・・」

「良かった。きっと葵ちゃんの心の闇が消えつつあるんだね」

 世紀はうれしそうに葵に笑いかけた。

「・・・うん」

 葵も、笑みを返しながら言った。しかし、葵はライトのことが気になって仕方がなかった。・・・あの笑顔の奥には、いったいなにがあるのだろう。

「葵ちゃん!学校遅刻しちゃうよ」

 気がつくと、世紀が少し先で葵のことを手招きしている。

「うん」

 葵は小走りで世紀の所へ向かった。








「んだよ!!ライト!!」

 ギィンは怒ったようにそう言うと、サッカーボールを乱暴にライトに蹴り飛ばした。

「なんでギィンが怒ってるんだよ」

 ライトはそう言いながら、片足でボールを受け止めた。

「・・葵をあきらめたって本気で言ってんのか!?最後の一人だったのに!!」

「・・・サッカーしに公園まで来たのに、何でそんな話してるの?」

 そう言うと、ライトは強めにボールをギィンに蹴り返した。するとそのボールは、ギィンの横を通り過ぎて後ろの茂みに入ってしまった。

「あ~!!どこ蹴ってんだよ!!」

 ギィンはそう言いながらも、ボールを追って茂みに入っていく。

 ライトはそんなギィンの後姿を見送ると、浅くため息をついた。たしかに葵を手放すのは少し気が引けた。しかし今の葵は、もうライトの求めている葵ではなくなってしまった。ここに連れてくる事ができる人間は、心に深い闇を持った人間だ。しかし、あのカリウドをかばった葵を見る限り、もう葵はここに連れて来る事ができない。

 葵は光を見つけてしまった。光流には見つけられなかった物を見つけてしまったのだ。

「こら~!だめでしょ。ライト!!」

 突然、茂みの中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 そして、その中からサッカーボールがポンッと飛び出し、それは丁度ライトの足元で動きを止めた。

「アルシス、いたんだ」

 ライトが声をかけると、その茂みの中から一人の女性が姿を現した。

 年齢はライトと同じくらいで、キラキラと光る銀色の髪を横でひとつに束ねている。そして彼女の手には、スケッチブックらしき物が握られていた。

「あんなボール蹴っちゃギィンには取れないでしょ!まだ小さいんだから!」

「俺は小さくねぇ!!」

 アルシスの後ろから姿を現したギィンが、怒鳴るようにして言った。そしてギィンはアルシスを追い抜き、ライトの隣まで来ると、体をライトにぶつけながら言う。

「俺、小さくねーよな!?ライト!」

「・・・小さいと思うけど」

「ほら~!ライトだってそう言ってるじゃん」

 アルシスは口元に手を当てると、クスクスと笑い出した。

「うるせー!!」

 ギィンはほのかに顔を赤らめながらそう叫ぶ。

「で、アルシスはあんな所で何してたの?」

 ギィンの言葉を軽く聞き流すと、ライトはアルシスに問いかけた。

「ん~。ちょっとね。植物をスケッチしてたんだ。ほら、ここにある植物といったら公園にある人工的なものしかないでしょ?」

「・・そっか」

「図鑑に載ってるような、いろいろな花や植物スケッチしてみたいんだけどな~」

 そう言うと、アルシスは困ったような笑みを浮かべた。

 ライトはその笑顔を見てどドキリとした。なぜか、アルシスの笑みが美森の笑みと重なって見えたのだ。

「・・・-っ」

 ライトは突然2人に背を向けて、早足で歩き出した。

「えっ!?ライト?」

「ライト~!サッカーもうやんねーのか!?」

 しかし、ライトは二人の言葉にも歩みを止めずに歩き続ける。今はただ、美森に会いたくてたまらなかった。


「いつもライトはあーなんだよ」

 ギィンはライトの姿が見えなくなると、ため息混じりに言った。

「何考えてんだか俺には全然わかんねー」

「・・・・そうなんだ」

 アルシスは呟くようにそれに答えた。

「まぁ、ギィンはまだおこちゃまだから分からないのかもね?」

 そう言うとアルシスは、からかう様な笑みを浮かべた。

「何だと~!この白髪頭!!」

「言ったな~!けっこうこの色気に入ってるのに~!」

「ずいぶんと楽しそうだな」


「!!」

 突然、低い男の声が二人の背後から聞こえた。

 驚いて振り返ると、そこには腕を組んで悠然と立っているアフューカスの姿があった。







 葵はテレビの前に座っていた。しかし、テレビを見ているわけではない。ただそこにあるテーブルに座って、バリバリとせんべいを食べているだけだ。

 テレビでは漫才がやっているらしく、隣に座っている清音が、それを見てゲラゲラと笑っている。

 葵はせんべいを全部口に入れると、二階の自室へ行くために立ち上がった。

「あれ?あおちゃん、もう寝るの?」

 清音はテレビから視線を外すと、葵を見上げて言った。

「うん。おやすみ。お姉ちゃん」

 葵はそれにそっけなく答えると、茶の間を後にした。

 後ろで清音が、「おやすみ」と返しているのが聞こえた。





 葵は自室に入ると、ベッドにうつ伏せに倒れこんだ。

 まだ眠くは無かった。ただ暇だった。テレビを見てもつまらない。だからといって勉強する気にもなれなかった。

 しばらくベッドの上でゴロゴロすると、葵は何となく外の景色が見たくなって窓を開けた。

そこにはたくさんの星が瞬いていた。葵は久しぶりに、こんなにたくさんの星を見たような気がした。

「はー・・」

 葵は外の空気を吸い込むと、ゆっくりとはき出した。

(奇麗・・だなぁ・・)

 そしてその闇は、葵の汚れた部分をそっと隠してくれているように感じた。

 そしてライトの事をふと思い出した。しばらく会ってないような気がする。

(・・今ごろ、何してんだろ?)

 もしかしたら、いつも笑っているライトでも今この瞬間は笑っていないのかもしれない。でも、ライトが最後に見せたような悲しい顔で笑っているよりは笑っていないほうがいい、葵はそう思った。

 笑顔を無理に作るのはきっと辛いだろうから。

(多分ね)

 葵は再び夜空を見上げると、窓を閉めるため手を伸ばした。

「よっ!!葵、久しぶり!!」

 突然、聞き覚えのある声が葵の頭上から降ってきた。

 驚いて顔を窓から出し、見上げてみると、そこには懐かしいギィンの姿があった。今日は普通の子供の大きさだ。

 そしてギィンの隣には見覚えのない、女性の姿があった。年齢は、葵と同じくらいか少し上くらいだ。

 そして彼女の髪は、夜の闇を背景にして明るく銀色に輝いており、とても奇麗だ。

「こんばんは。葵ちゃん!」

 その女性はそう言うと、葵に笑いかけた。

「あっ・・。こんばんは」

 葵は、聞こえるか分らない位控え目に、返事をする。

「私の名前は、アルシスっていうんだ」

「・・・・」

 葵は何が何だか分からず、アルシスをじっと見つめた。いったいこの二人は何をしにここに来たのだろう。そして葵は、ここにライトがいない事が気になって仕方がなかった。ギィンがいるのにライトがいないとは何だか変な感じだ。

「あの・・」

 葵は思い切って口を開いた。

 そして次の瞬間、驚きのあまり目を見開いた。そこには誰もいなかった。ただ何もない夜空が広がっているだけだ。

 まるで瞬きをした瞬間に二人が消えてしまったように感じた。

(確かにさっきまでここにいたのに・・・もしかして目の錯覚・・?)

 葵はもう一度いない事を確認すると、窓をゆっくりと閉めた。







「まだ葵には俺たちの事が見えてる!!」

 ギィンは屋根の上に腰を下ろすと、隣に座っているアルシスに弾んだ声で言った。

「だね!話を聞いたら、もう見えなくなっていてもおかしくない思ったんだけど」

「さっそくアフューカスさんの所へ報告しに行くか~!」

 ギィンは立ち上がると、首をコキコキと鳴らしながら言った。

「あっ。ちょっと待って!」

 そう言うとアルシスは、スケッチブックを取り出した。

「ちょっとここでいろいろな物スケッチしていきたいなーって思ってたんだけど」

「え~!ここまで来てまた絵描くのかよ!めんどくせーなぁ」

「・・・お子様だからこの楽しみが分からないのかもね~」

 アルシスは、そう言いながらニヤッと笑った。そしてフワッと浮き上がると、ギィンを見下ろして言った。

「できるだけ早く終われるように努力するから!!」

 アルシスはそういい残すと、夜の闇に消えていった。






 葵は窓から差し込んでくる光で目が覚めた。

 もう太陽は高い位置にあるらしい。

(寝すぎちゃった)

 しかし今日は日曜日だ。だから問題はない。

 葵はベッドから体を起こす。そして昨夜の事が脳裏に浮かんだ。ただの夢だったのかもしれない。葵はそう思った。

 そしてのろのろと一階へ降りると、顔を洗い、何か食べ物がないか冷蔵庫を開けた。

 そしてその時、誰かに肩をとんとんと叩かれた。

 葵は反射的に振り返り、そしてそこに待ち受けていた人差し指が見事に葵の頬にめり込んだ。

「・・お姉ちゃん・・なにやってんの?」

 そこには、からかうように笑っている清音の姿があった。

「引っかかったぁ~」

 清音はうれしそうにそう言うと、そこに「おはよ。あおちゃん」と付け加えた。

「おはよう」

 葵はそっけなくそれに答えると、冷蔵庫からヨーグルトを取り出して、台所の椅子に腰を下ろした。続いて清音もその隣に腰を下ろす。

「ね?あおちゃん。歌に興味ない?」

 清音が突然葵に問いかけた。

「・・・は・・・・」

「今日、私が入ってるサークルの卒業した先輩達が演奏会を開くのね。もし良かったら、一緒に行かない?ちょー綺麗で感動するんだから!」

「・・・」

 葵は歌が嫌いというわけではなかった。むしろ音楽を聞いたり、詩を読むことが好きなほうだ。

「うん。いいよ」

 清音はその言葉を聞くと、うれしそうに微笑んだ。





その会場は葵が思っていたより、大きくはなかった。というかそこは、時々映画を見に行く市民会館だ。

 その入り口付近には『○×合唱演奏会』という看板が立てかけてある。

(合唱か・・)

 葵はその看板を見送ると、清音の後に続き会場に入った。




 葵は始まった合唱に静かに耳を傾ける。歌声が会場全体に響き渡り、まるで人が歌っているようには思えなった。

 しばらくすると、一人の女性がステージに残って会場に向かって頭を下げた。

 どうやらこれから独奏に入るらしい。

 すると、その女性が歌いだした。葵はその歌声に耳をすます。

 一つの歌声が会場を包み込んだ。その声はしっかりとしていて、どこにも迷いがないような、そんな声だった。

 葵はそんな彼女が、とてもすごい人だと感じた。彼女はとても楽しそうに、微笑みながら歌っている。

 しかし葵は、彼女の笑顔を見てドキリとした。

 とても悲しそうだ。

 そしてその笑顔が、ライトのあの笑顔と重なった。

(この人も無理して笑ってる・・?)

「綺麗でしょ?あおちゃん」

 隣に座っていた清音が、ささやくように言った。

「・・うん」

 葵は彼女から目を離さずに、それだけ答えた。





「私、今日歌った先輩たちに挨拶しに行くんだけど、あおちゃんも来る?」

 会場を出ると、清音が葵に問いかけた。

 葵は一瞬迷ったが、何となく行ってみたくなった。あの笑顔で歌った人に会ってみたくなったのだ。

「・・・うん」

 葵は控えめにそう言った。

 清音はその言葉を聞くと、驚いたように葵を見た。どうやら、来るとは予想していなかったらしい。

 しかしすぐに笑顔に戻って、「んじゃ、いこーか!」と言うと、葵の腕を引っ張って歩き出した。





日菜野ヒナノ先輩!!」

 清音は元気にそう言うと、一人の女性の所へ駆け寄って行った。

「清音ちゃん。久しぶりだね」

 その女性は手を振って清音を迎えた。そして二人は楽しそうに話し出した。

 葵は二人の様子を、少し離れた所から見ていた。清音と楽しそうにおしゃべりをしている女性は、あの独奏をした人に間違いなかった。

 とても楽しそうに笑っている。

 そしてふと葵と目が合った。すると清音と言葉を交わし、葵を手招きした。

 葵は少し戸惑いながらも、二人の所へ歩いていった。

「この子が私の妹で、葵っていうんですよ」

 清音はニコニコしながら、葵の肩に手を乗せると言った。

「葵ちゃんっていうんだ。清音ちゃんと似て可愛いね」

 彼女は二人の顔を見比べながら楽しそうに言う。

 葵は顔が熱くなるのを感じた。“可愛い”と言われたのは、ライトの時を含めて二回目だ。

「あっ。あおちゃん、照れてる~!」

 清音はからかうように言うと、指で葵の頬をつついた。

「葵ちゃん、私、日菜野美森っていうんだ。私の歌、聴いてくれてありがとね」

「・・・いえ・・」

 そして葵は美森にチラッと視線を向けた。目が合うと、美森は優しく微笑みかけてくれた。

 やっぱりその笑顔はライトの笑顔と重なった。どこか美森はライトに似ている、そう感じずにはいられなかった。

「ライトって人知ってますか?」

「え?」

 葵はその時、しまったと思った。ついつい思っていた事を口にしてしまった。

「なっ・・何でもないです・・」

「・・・そう?」

 美森がライトに似ているからといって、知っているはずがない。

 ただ歌っているときに見せた、悲しそうな笑顔だけはライトのあの笑顔とそっくりだった。

「あ!じゃあ、先輩、そろそろ失礼します」

「うん。気をつけて帰ってね。清音ちゃん、葵ちゃん」

 美森が手を振ると、清音は軽くお辞儀をして美森に背を向けて歩き出した。

 葵も清音の後に続き、歩き出す。

 振り返るとそこには、笑顔で手を振って見送っている美森の姿があった。

 葵は美森に頭を下げると、再び前を向いて歩き出した。








 ライトは灰色の空間にいた。壁も机も椅子もすべてが灰色だ。そしてどこかライトの部屋に似ているような気もした。

「わざわざあなたの部屋に呼び出すなんて、俺に何かようですか?」

 ライトは目の前に足を組んで座っているアフューカスに静かに言った。

「もう分かっているはずだが?・・・ライト?」

 アフューカスはライトをしっかりと見据えて重たい口調で言った。

「まぁ座れ」

「・・・・・」

 ライトは何も言わずに、その場にあった椅子に腰を下ろした。

「最後の一人はどうした?・・そろそろこちらに連れてきてもいいはずだが?」

「・・もう今の人間は諦めました。・・別の人間を探します」

 ライトはアフューカスと目を合わせないようにして、できるだけ落ち着いた口調で言った。

「・・・・」

「それなので、もう少し時間はかかると思います・・」

 そしてしばらくの沈黙の後、アフューカスが静かに口を開いた。

「それは駄目だな。今の人間でいけ」

「!」

「俺をいつまでも待たせるな」

「・・・・」

「まだその人間の心の闇は完全に消えたわけではない。今のうちにさっさとこちらに連れてこい」

 ライトは黙って俯いた。何も言い返せない自分に腹が立った。

「お前も美森という奴に早く会いたいんだろ?」

「・・・」

 そしてアフューカスが立ち上がった気配がした。そしてライトの前まで来ると歩みを止めた。

 すると突然、下から顎を強く掴まれた。そして無理やり上を向かされた。

 次の瞬間、炎のような瞳と目が合った。

「いいか?早くその人間を連れて来い。今までのように記憶を消しちまえば簡単なはずだ・・・分かったか?」

「・・・・はい」

 ライトはそうとしか答えることができなかった。

 ・・・どうしてもこの瞳には逆らうことができないのだ。







 葵はふと窓に目を向けた。

 そこには夜の闇に混じって、星々が小さな光を出して輝いていた。

 目の前にある机には教科書とノートが広げてあるが、握っているシャーペンは止まったままだ。

 葵は昼間聞いた、美森の演奏を思い出した。あの綺麗で、そしてどこか寂しげな歌声が頭から離れない。

 そしてふと、窓から視線を外した。窓ガラスに人影が見えたような気がしたからだ。

 振り返るとそこにはライトがいた。ただ静かに葵の事を見下ろしている。

「・・ライト?」

「・・・良かった。まだ僕の事見えるんだね」

 そう言うと、ライトはいつものように微笑んだ。まるでそれが当たり前のように。

「・・・・何で笑ってるの?・・そんなに幸せなの?-・・私はライトのようにいつも笑っていられない。別に幸せな事や楽しい事があるってわけじゃないのに笑う必要なんてないでしょ?」

 葵は唇を噛み締めた。もしかしたら今の言葉はライトを傷つけてしまったかもしれない。

「ごめんね。でも僕は笑う事を止められないんだ。どうしてだろうね」

 そう静かに言うと、腰をかがめ、葵の目をじっと見つめてきた。

 そして次の瞬間、その瞳と目が合った。とても綺麗なブルーグレーの瞳。

 葵は目が離せなくなっていた。ずっと見続けていたい、そう感じた。

 そして、意識が遠のいていくような感覚に襲われた。どんどんまぶたが重くなる。

 このまま目を閉じてしまおう、葵はそう思った。

その時、ライトの目が苦しそうに歪んだ。

 葵は驚いて目を見開いた。もうそこにライトの瞳はなかった。ライトはすでに立ち上がっており、葵に背を向けて立っている。

「・・どうしたの?ライト」

 葵はライトの背中に向かって控えめに呼びかけた。

「ごめん・・・。葵」

「・・・え?」

 そしてライトの姿がみるみる薄くなり始めた。魔界へ帰ろうとしているのだ。

「待って」

 葵は自分でも驚く位の力強い声でライトを呼び止めていた。ライトの体は元に戻り、驚いたように肩越しに振り返った。

「・・・・美森さんっていう人を知ってる?」

 葵は美森の笑顔を思い浮かべながら言った。やはりその顔は、ライトの笑顔と重なる。

 次の瞬間、ライトは驚きの表情をみせた。しかしそれはすぐに悲しみに歪む。

「・・僕の・・・・な・・-・・・」

「え?」

 葵はライトが何を言ったのか聞き取ることができなかった。ただその声が弱々しく震えている事だけは感じ取ることができた。

 そしてライトは音もなくその場から消えた。






 アルシスは魔界の公園のベンチでスケッチブックを広げた。そこには色とりどりの草花、そして人物などが描かれている。

 そしてそれを隣に座っていたギィンが覗き込む。

「へ~。こんなに描いたんだな。アルシス」

 ギィンはスケッチブックをペラペラとめくりながら関心した様な声を上げた。

「うん。まぁね。もうちょっと描きたかったんだけど、ギィンが早くしろ~!ってうるさかったからさ。これだけしか描けなかったよ~」

「っていうか、これだけ描けば十分だろ!?」

「いや、十分じゃないねぃ~!」

 アルシスはニヤニヤと笑いながら楽しそうに言った。

「私はもっと描くつもりだから!」

「・・・あっそ」

 そしてふとアルシスは顔を上げた。公園の入り口付近にライトが歩いているのが目に入った。

「ライト!!」

 アルシスはそう叫ぶと、「ギィン、行こ」と呟いてライトの方へ駆け寄った。その後にギィンも続く。

「こんな所でどうしたの?」

「別に・・・」

 ライトは弱々しく呟いた。

「んだよ!!ライト、テンション低いぞ!?」

「・・・いつもどおりだよ」

「・・・・・」

「・・・・・」

 するとアルシスが2人の沈黙を破るかのように口を開いた。

「あ!!そうだ。私、地上でいろいろな物スケッチして来たんだ。ライトも見て!」

 そしてライトの前にスケッチブックを持ってくると、一枚一枚めくる様にして見せた。

 それを無表情で見つめていたライトが一枚の絵で目を止めた。

「・・?何か気になる絵でもあった?」

 それは女性の絵だった。アルシスがたまたま見に行った合唱の演奏会で独奏をしていた女性を描いたものだ。

「っー・・・」

 ライトは厳しい表情をすると、二人に背を向けて走り出した。

「ライト!?」

 そしてライトの姿が見えなくなると、ギィンが静かに口を開いた。

「な?いつもこうなんだよ」

「・・・」

 アルシスはライトの消えた先を、じっと見つめることしかできなかった。





 ライトは走るのを止めると、じっとその場に立ち尽くした。

 まだ息があらい。そして唇を噛みしめた。

 スケッチブックに描かれていた女性ー彼女は間違いなく美森だった。

 あの悲しそうに笑っている顔はあの時のままだった。

(何でそんなに悲しい顔をしているのだろう。何でそれなのに笑っているのだろう)

 美森はきっと自分と同じだ。胸の中が寂しい気持ちでいっぱいで、それなのに笑っている。

「笑顔」は本当の自分を隠すだけの仮面にすぎないのだ。

(行かないと・・・)

 美森に自分が見えないことは分かっていた。“再会”することはできないが、きっと美森を感じることぐらいならできる。

 あの時の自分の後悔が消えるわけではない。けれど、何かが変わると信じたかった。








 葵が美森を見つけたのは学校帰りのことだ。いつも前を通る公園で、彼女はベンチに腰を下していた。

 葵が公園に入って来ても、美森はそれに気が付く様子もなく空を見上げている。

「美森さん?」

 気が付くと葵は美森に声をかけていた。

「葵ちゃん?」

 美森は驚いたように葵を見た。

「こんな所で何してるんですか?」

 美森はしばらくの沈黙の後、微笑みながら口を開いた。

「・・・ちょっとね。思い出してたんだ。お兄ちゃんの事。昔、一緒に住んでた所に来たら何だか懐かしくなちゃて」

 葵は美森の以外な発言に内心で驚く。

「・・・もう今は一緒に住んでないんですか?」

「・・うん。両親が別居してからはお兄ちゃんと私はそれぞれの両親と一緒に暮らし始めて、それ以来会ってない。・・もしかしたら、ここに来れば会えるかもって思ったけどやっぱり無理だったみたい。もうたくさん時間たっちゃったしね」

「・・・・」

「喧嘩したこと、謝りたくて、でも会うのが怖くて、そしたらあっという間にこんなに時間がたっちゃった。ほんとはすぐに会いに行きたかったのに」

 美森はそう言うと、葵に笑いかけた。

 とても悲しそうに。

 とても寂しそうに。

 葵は胸がズキリと痛んだ。

 彼女は笑っている。悲しいのに笑ってるんだ。

(何で笑っているんですか?あなたは幸せなんですか?)

 葵はハッとした。さっき抱いた疑問はライトにした質問と同じだ。

(もしかしてライトは・・-)

 その時、美森の前に何の前触れもなくライトが姿を現した。

「!!!」

 ライトは葵の方を見ると、かすかに微笑んで目の前に座っている美森を優しく見下ろした。

 そして、いとおしむかの様に言った。

「・・ごめんね。あの時、ひどいこと言って。それに・・会いに行けなくてごめん」

「・・・・」

 やはり美森はライトが見えていないらしく、ただ前をじっと見つめているだけだ。

 たしかに彼女の瞳は兄のことを思っているはずなのに、目の前にいる兄を見ることができない。

 するとライトは、美森をギュッと抱きしめた。

「本当に本当に大きくなったね。美森。体も心も。そして頑張ったね。寂しかっただろ?それなのによく頑張ったよ」

 そしてライトは再び美森を力強く抱きしめた。

「一度あきらめた合唱にまた挑戦することができるんだから、きっとこれからも頑張れる・・挫折してもそこから立ち上がる勇気が美森にはあるから」

 そしてライトは抱きしめていた腕を放すと、美森に微笑みかけた。

「・・・俺はずっと見守ってるよ」

 葵はそんなライトの笑顔を見て、心から安心する。そして葵の瞳から一滴の涙が零れ落ちた。

(ライトの本当の笑顔だ)

 その笑顔は優しくて温かい、そしてぬくもりのある笑顔だった。

 すると突然、ライトの姿が薄くなり始めた。

(・・あれ?)

 涙のせいだと思い、拭ってみてもライトの体はどんどん薄くなっていく。

 すると葵の様子に気づいたライトが、静かに口を開いた。

「・・・もう葵ともお別れみたいだ」

「・・・?」

「その涙。その涙が証拠だよ。心の闇が消えたんだね。だからもう僕たちを見ることはできない・・・でも他人のために涙を流すことができるのはとても素晴らしいことだから、その気持ち、忘れないで」

 ライトがそう言い終わると同時に、その姿は完全に見えなくなった。

「・・・・・」

 葵はただ、ライトがさっきまでいた場所をじっと見つめることしかできなかった。

 確かにそこにライトがいたはずなのに、今はもう見えない。葵の瞳から零れ落ちる涙は、葵自身にも止めることはできなかった。

「葵ちゃん、どうしたの?」

 美森が葵の様子を見て、心配そうに声をかけた。

「・・-っ・・・」

 葵は震える声で、しかし美森の瞳をしっかりととらえて言った。

「・・とても優しいお兄さんなんですね」

 それを聞いた美森は驚いたように目を見開くと、優しく微笑んだ。

「うん。私、お兄ちゃんのこと今でも大好きよ。今回は会えなかったけど、きっといつか会える、そんな気がするんだ」

 そして美森は空を見上げた。そして呟くように言った。

「まぶしいけど、とても綺麗な青空。お兄ちゃんの笑顔みたい」

「・・・・・」

 そして葵も美森と同じ空を見上げた。

(空ってこんなに綺麗だったっけ?)

 そこには今まで葵が気づかなかった、たくさんのヒカリが溢れていた。




「俺に何の用だ?・・・アルシス」

 アフュ-カスは、灰色の部屋の灰色の椅子に腰を下ろすと、目の前に立ちすくんでいる女性ーアルシスに重みのある声で言った。

 アルシスは唇をかみ締めると、声を絞り出した。

「もうこれ以上、ライトを苦しませないで下さい・・」

 アフューカスはその言葉を聞くと、嘲笑うかのような笑みを浮かべた。

「何。それならもう心配ない。ライトには違う人間を探すように言っておいた・・・今回の人間はライトでもてこずったみたいだしな」

「・・・」

「俺もさすがに待ちくたびれた・・・人間を代えたほうが結果的に早く終わるだろうよ」

 そして口元に奇妙な笑みを浮かべると言った。

「見つけるのは簡単はずだ・・人間は必ず心に闇を持っている。そうだろ?・・・アルシス」








「えっ?!魔界の人が見えなくなったの?」

 朝の登校中、隣を歩いていた世紀が驚くような声をあげた。

「・・うん」

「ほんと?よかった!」

 世紀は嬉しそうに微笑む。それを見て、葵も嬉しくなった。

「また見たい~!!とか言うんじゃねーぞ!久保田!」

 突然、背後から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。振り向くとそこには繁樹がいた。

「良かったじゃん!!」

 そう言うと、葵の背中をバシンと叩いた。

「痛いんですけど・・・」

 繁樹は葵の言葉が聞こえなかったように、二人を抜かして歩いて行く。

「・・・・」

 隣で世紀が微笑んでいるのが視界に入った。



*****


 授業中、葵は空を見上げた。

 真っ暗な夜空を眺めるのもすきだが、たまには明るい空を眺めてもいいと思う。

 きっと夜空には無いものを青空では見つけられる。

 真っ白な雲。

 地上を元気に照らす太陽。

 でも私はそんな雲や太陽が眩しすぎて時々嫌になる。

 何で私とは正反対にあんなに輝いているのだろう。

 そんなに私を明るく照らさないでほしい。

 だから私は夜空が恋しくなる。

 夜の闇は、私の汚れた部分をそっと隠してくれるから。

 私はちっぽけな存在だっていいんだよ。と言ってくれるから。

 でも、思うんだ。

 いつまでも夜空を眺めてちゃいけない。

 青空に輝いている太陽の光を浴びるのも必要なんだって。

 私にとってその光は眩しすぎるかもしれない。

けれど、心から笑えなかった人が心から笑えた、そんな小さな変化みたいに、私もまぶしすぎるこの世界に少しずつでもいいから慣れていければそれでいい。

 そしてきっと見つけられるはずだ。いままで見つけようともしなかった、新しいヒカリを。







end.


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