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ヒカリ  作者: トモリ
2/4

2 闇を消す者



 また朝が来た。朝は待たなくてもやって来る。そして同じ毎日を運んでくる。毎日それの繰り返し。

「はー・・・」

 葵はため息をつくと、ベッドから体を起こした。

(今日も学校をさぼってしまおうか)

 そんな考えが頭をよぎった。

(でも、さっぼても暇だし・・・)

 ・・・・しょうが無い・・・行くか。






 葵は、チャイムが鳴ると同時に席についた。

 一時間目は国語だ。葵は、国語が嫌いだった。(国語もかも、しれないが)

 特に、国語の先生が嫌いだった。正直いってウザかった。

 退屈な授業中、葵はすることもなく窓の外を見ていると、突然、

「久保田!!もっと集中しろ!!」

 先生の怒鳴り声が耳に入ってくる。

 耳が変化したせいか、いつもよりうるさく聞こえるような気がした。

 そして葵は、ゆっくりとその場に立ち上がる。クラスの目線が一斉に葵に向けられるのが分かった。

「・・・・あんた、ウザイよ」

 それと同時にその場の空気が凍りつく。

 それでも葵は気にも留めなかった。本当の事を言ったまでだ。怒りに顔を真っ赤に染める先生に葵は冷たい視線を向ける。

 すると突然、誰かに腕を掴まれた。

「ちょっと来い!」

「!?」

 葵は引きずられるようにして腕を引っ張られながら、教室を出た。






 そして、葵はそのまま屋上へ連れてこられた。

「っ・・!!放して!!」

 葵は無理やり相手の手をひきはがした。

「・・・・」

 相手はただ葵の目をじっと見据えると、落ち着いた口調で、「ご立派な発言で」と、だけ言った。

「・・・あんた誰?」

 葵は、むっとして相手を睨みつける。

「俺は、笹山繁樹ササヤマシゲキ。ちなみにあんたと同じクラスの2年B組で、出席番号15番のB型17歳」

 繁樹は、スラスラ読むようにいうと、再び見透かすような視線を葵に向ける。その顔には、笑みのひとつも浮かんでいない。

「・・・つーか、クラスの奴の名前と顔くらい覚えておけよ」

「・・・・」

 葵は何も言わずに、パッと目を反らす。

(なんか、こういう人苦手・・・)

 だから男子は嫌なのだ。このなれなれしさが、葵は嫌だった。

「ところでその耳なに!?」

「!!!」

 葵はその言葉に、息を飲んだ。

(この人には見えている・・・?)

 葵は直感的にやばいと感じ、その場から走り去ろうとした。

 しかし、後ろから急に肩を強く掴まれた。

「-っ!!」

「逃げんなよ」

 すごい力だ。葵の力では、到底かないそうにない。

 すると今度は、首に腕を回されてぐっと引き寄せられた。

「-っ!!放して!!」

「・・・久保田には悪いけど、これが俺たちの仕事なんで。“カリウド”としてのね」

「-・・!?」

 葵は意味が分からなかった。でも、今自分が、危険な状態にあるのは確かだ。

「もう闇の存在になりつつあるお前には、消えてもらう必要があるんだよ」

 葵のすぐ背後から、氷のように冷たい声がそう言う。

 葵は意味が分からず、何も言うことができなかった。今、葵にあるものといえば、絶望と恐怖だけだ。

 と、その時葵の中に“何か”が生まれた。そしてそれは葵の恐怖心をすべて消し去った。

(何で私は、こんなことで怖がっているのだろう)

 すると葵は、繁樹の腹に力強く肘打ちをいれた。

「-っ!!?」

 そして、休む間もなく拳をにぎり、繁樹の顔面めがけてそれを振るう。

 しかし繁樹は、すばやく手のひらで葵の拳を受け止めた。

「・・・そんな攻撃、俺に当たるとでも思ってんの?」

 すると繁樹は、体勢を低くし、右足で葵の足をすくった。

 葵はその場でに倒れこむ。

 そして、繁樹は葵の体の上に、なんのためらいもなく、ドカッと腰を下ろした。

(っ・・・これじゃ、体が動かせない・・)

 倒れた時に打ったのか、頭がガンガン痛んだ。

「俺に抵抗しても無駄なんだよ。おとなしくしろよ?」

 繁樹は、長めの黒髪が葵の頬に触れそうな位顔を近づけて、鋭い目つきをして言った。

 いつの間にか手には銀色に不気味に光った、長い刀のような物が握られている。

「大丈夫。久保田の心にある闇を斬るだけだから、痛みは感じない。まぁ、あんたの存在自体が闇になりつつあるから、消滅はするかもしれないけど」

「・・・・・」

 葵は何も言えなかった。ただ繁樹の冷たい瞳をじっと睨みつけた。

「笹山くん」

 急に屋上の入り口の扉の方から、声が掛けられた。そこには一人の女性が立っている。葵と同じ位の年齢の、おとなしそうな人だ。

「・・・世紀セキ

 繁樹は葵から目を放すと、今度は世紀という名前らしい女性に向かって言った。そして、「今回は見逃してやるよ」とボソっと言うと、サッと立ち上がり入り口からスタスタと姿を消した。

 世紀は目線だけで彼を見送ると、ゆっくりと葵の方へ近づいてきた。

「大丈夫?」

 世紀は葵に手を差し伸べながら、優しい笑みを浮かべて言う。

 しかし葵は、世紀の手を取らずに、俯きながら黙ってしまった。見たところ、世紀は繁樹の知り合いらしい。彼女にも、何かされてもおかしくないのだ。葵には世紀を信じることができなかった。

「葵ちゃん・・・?どうしたの?」

 世紀の言葉に、戸惑いがあるのが感じられる。

 目線を動かしてみると、不安そうに自分を覗きこむ彼女の顔があった。

「・・・・大丈夫。私は・・その・・・笹山くんのようにはしないから。・・・・大丈夫。・・私を・・・信じて・・?」

 葵はその言葉に、少し驚いた。人から“信じて”と言われたことは初めてだった。葵は、この人は悪い人ではない、そう感じた。

「・・・ごめん。大丈夫だよ」

 葵はスッと立ち上がると、スカートの埃を払い落としながら言った。

 隣で世紀の表情が、緩んだのが分かった。

 良く見ると、身長は葵より高く、大人っぽい雰囲気をもった女性であることが分かった。

「もう少しでお昼だし、お弁当食べながら一緒に話してもいい?」

「・・・・うん」

 葵は世紀の言葉に少し戸惑ったが、悪い気はしなかったので、一緒に食べることに決めた。

「じゃ、昼休みになったら裏庭に集合しよう?」

「・・・分かった」

 そして二人は、それぞれの教室へ戻っていった。




「ごめんねっ!!!葵ちゃん!」

 葵が裏庭のイスに座って待っていると、慌てた様子で世紀がやってきた。

「待った!?」

「ううん。私もさっき来たところだから」

 葵はそっけなく答えると、お弁当を広げ始める。

「・・・あのね、話したいことがあるんだけど・・」

 世紀は、葵の隣に腰を下ろしながらそう言う。

「・・うん。なに?」

 葵はお弁当のおかずを口に運びながらそれに答える。

「・・・あっ!!そうだ。その前に自己紹介しないとね。私は、有水世紀ウスイセキ。ちなみに、あなたより一つ上の三年だよ」

 世紀はそう言い終えると、曖昧に微笑む。

「私は・・・久保田葵」

 葵はチラッと世紀に目線を合わせるとそう呟いた。

「・・・で、話したい事って何?」

「・・・葵ちゃんの・・・その・・耳の事についてなんだけど・・」

 世紀は躊躇いがちにそう呟いた。

「!!!」

 葵の箸が止まる。・・・彼女にもこの耳が見えてるんだ。

「・・・だから何?私を馬鹿にしにきたの?」

 葵は自分でも信じられないような怒りを覚えて、ガタッとイスから立ち上がる。その時、世紀の飲みかけのお茶がぐらぐら揺れて、テーブルから落ちた。

「・・・・」

 世紀は今にも泣き出しそうな顔をして葵のことを見上げている。

「・・・あ・・・」

 世紀は何か言いかけようとしたが、葵の強い目線にたえられなくなって、すぐに口を閉じた。

 さすがに葵も、自分が悪く感じられて、すぐにまたイスに腰を降ろした。

「ごめん・・」

「・・・・ううん。大丈夫。葵ちゃんがそうなる気持ちも分かるから」

 世紀は静かにそう言うと、落ちたお茶を拾ってテーブルにのせる。

「・・・なんであなた達には私の耳が見えるの?」

 葵が一番気にしていた事を聞いてみると、世紀は少しの沈黙のあと、口を開いた。

「・・・・私達は選ばれた存在だから」

「選ばれた存在?」

「・・そう。神様に選ばれた存在。信じられないかもしれないけど、私達は生まれたときに、特別な力を授かったの」

「どんな?」

 葵は彼女の口から出る異様な言葉に顔をしかめ、そう尋ねた。

「・・・そうね。簡単に言えば人の心の闇を消す力。人は心の闇が多すぎると、魔界の人に目をつけられて、そこの住人にされてしまうの。だから葵ちゃんのその耳は、魔界の住人になる一歩手前。私達は今までそんな人たちを見つけて心の闇を消す手伝いをしてきたの」

 葵は意味が理解できなかった。私が魔界の住人になる一歩手前?全然意味不明だ。つまりあのライトとギィンは魔界の人ということなのだろうか。

「・・・・・だから私は、あなたを心の闇から救いたい」

「・・・・・」

「人には心の闇が必ずあるものだと思うの。でもそれに負けては駄目。人間は、辛いことや嫌な事、悲しい事が会っても前に進まないといけないの。逃げてばかりいたら、いつか心が闇に支配されてしまう。そしてそのままだと、私達がいる地上にいる権利を失ってしまうの」

「・・・・」

 すると、世紀は葵の目をじっと見据えた。

「たとえ、この世界にくだらなさをかんじてもね」

 葵は言う言葉が見つからなかった。ただ黙って俯く。

「でも私には、葵ちゃんの心の闇を消す手伝いをしてあげられるわ」

世紀が手を広げると、そこに十字架の形をした綺麗なキーホルダーのような物が現れた。

「笹山くんの場合は剣だったけど、私の場合はこれ。人によってこの形は変わるみたい」

 その時始業のベルが鳴った。

「・・・本当は私達の力無しで心の闇を消せるのが一番なんだけどね」

 世紀はそう呟くと「じゃ、またね」と言い残し、葵の前から立ち去った。

(心の闇を消す・・・)

 葵は世紀の背中を見送ると、その場から腰を上げる。そう言われても、なにをどうすればいいのか分からなかった。けれど、これだけは分かる。

(このままじゃだめだ)







 葵達が立ち去った後の、中庭に生える木の太い枝の上。そこにライトとギィンは姿を現した。

「どうすんだよ!!ライト!!」

 ギィンはライトに向かって大声で怒鳴る。

「このままじゃ葵を“100人目の子供”にできないぞ!!」

 しかしライトは、ギィンの顔を見てもただいつものように微笑むだけだ。

「あ゛ーったく!!協力してる俺の身にもなれよ!」

「・・・・そんなにイライラしてると血圧あがるよ?」

 ライトは落ち着いた口調でそう言うと、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「-っ!!」

「・・・大丈夫。葵は心の闇には勝てないから」

 ギィンは目を丸くしてライトを見る。

「そのためには、ちょっと手を加える必要があるけどね」







「葵ちゃん!!」

 葵が教科書をカバンに入れ、帰る支度をしていると透子が話かけてきた。

「今日すごかったね~!私びっくりしちゃた!」

 葵は今日、国語の時間に言った事を思い出した。

 あれはやばかった。葵は今になってそう感じた。

(きっと皆、私を軽蔑した目で見るに違いない・・・)

「すごいすっきりした!!私もあの先生ウザイと思ってたんだよね~」

「-・・!」

 葵は少し驚いた。透子はそんなふうに思ってくれていたんだ。少し嬉しい。

「んじゃ、私部活あるからまたね~!」

「うん、またね」

 葵は手を振って透子を見送った。




 次の日。葵はいつものようにベッドの中で目を覚ました。今日は土曜日なので学校は休みだ。

 葵はどちらかというと、友達と出かけるたりするより、家で本を読んだりテレビを見たり、音楽を聴いたり・・・などをして休日を過ごすのが好きだった。

 他人とかかわるのが嫌い・・・という意味ではなのだが、誰かといるより一人でいるほうが落ち着いた。

「あおちゃん~!起きてるぅ?」

 一階から清音の声が聞こえてきた。葵は眠たい目をこすりながら返事をする。

「うん。起きてるよ」

「んじゃーちょっと下降りてきて。話したいことあるから!!」

「ん~。はいはい」

 葵はもう少し寝ていと思ったが、目がさえて寝る気にもなれなっかたので、しかたなく一階へ降りていった。





「ねぇねぇ!今日、うちの大学でオープンキャンパス開くんだけど、あおちゃん来ない?」

「・・・は・・・・」

 葵ははっきり言って大学には興味がなかった。まぁ将来の夢も無いので当たり前の事かもしれないが。

「まだ、将来の夢とかないんでしょ?それなら、この機会に何かやりたい事とか見つかるかもしんないよ?」

「―・・・・・」

 たしかに、そうかもしれない。少なくとも、何もしないよりはましだろう。

「うん。・・分かった。行くよ」

 清音は一瞬、驚いたように目を見開くと、そのあとにっこりと笑った。

「よし~!!じゃ、着替えてきて!すぐ出発するから」

「うん」

 そして葵は、着替えるために再び二階へと向かった。









「ほーら!!あおちゃん。ここが私が通ってる大学よ!!」

 清音は二人の目視界に入ってきた茶色の建物を指差すと、嬉しそうにそう言う。

「ふーん」

 葵はそっけなく答えると、周囲をぐるりと見渡した。そこには、公園に生えてそうな木が何本か並んでいて、その奥には大学の建物が、ずらっと並んでいる。・・けっこう大きな大学らしい。

 そして葵のすぐ隣では、噴水が水しぶきをあげていた。

(へー。大学って重苦しいイメージがあったけど、緑もいっぱいあって、大きな公園?みたい・・・)

「ねぇ。お姉ちゃん」

「・・・・・」

「お姉ちゃん?」

 姉からの返事がないので、不安になって振り返ると、案の定、そこにはさっきまでいたはずの清音の姿が消えていた。

「・・・・まじ・・・!?」

 周りを見ても知らない顔ばかり。葵は完全に清音とはぐれてしまった。

 葵はその場に立ち尽くすことしかできなかった。






 ・・・さて。これからどうするべきか。

 はぐれたあたりの周辺を歩き回ったが姉は見つからなかった。

 携帯もつながらない。周りが騒がしいので聞こえないのだろう。

 きっとあっちは、葵が勝手についてくると思って後ろを気にせず行ってしまったに違いない。

「はー・・・」

 葵は深いため息をついた。

(こんな事になるなら来るんじゃなかった)

 と、その時後ろから肩をたたかれた。驚いて振り返ると、そこには爽やかな笑みを浮かべて立っているライトの姿があった。

「ライト!」

 葵は少し安心した。こんな時、知っている人に会えると安心するものだ。

「・・・・こんばんは」

 葵は顔をしかめる。

 また“こんばんは”?今は昼間なのに。

「・・・ふふ。今、何で昼間なのに“こんばんは”なんだろう?って思ったでしょう?」

「・・・え・・・」

「・・つまりね。僕たちには“こんにちは”と言う権利がないんだ。“こんにちは”は光で溢れる日中に言うもの。闇に心を支配され、魔界で生きている僕たちにとっては言う権利も無いし、必要のない言葉なんだよ」

「・・・・」

(必要の無い言葉?)

 するとライトは葵の顔を覗き込む。

 葵は驚いてライトの目を見たまま固まった。良く見ると、外国人のようなブルーグレーの瞳をしている。

「わかった?葵」

「・・う」

 葵は思わず後ずさる。

「ふふ。そんなに警戒しなくていいのに。とって食べたりしないから」

 ライトは明らかに笑いをこらえていた。

 葵はむっとして顔をしかめた。どう見てもライトは自分の反応を楽しんでいる。

(・・っていうか、さっき“魔界で生きてる”って自分の事言ってた・・?やっぱり、ライトは世紀さんが言ってた“魔界の人”ってこと・・?)

「・・ライトは“魔界の人”なの?」

 ライトの顔が一瞬、歪んだように見えた。しかしその顔は、すぐにいつもの笑顔にかき消される。

「そんな可愛い耳をしている葵のほうが“魔界の人”っぽいけどなぁ」

「・・・・」

「変って思ってるみたいだけど、僕はかわいいと思うよ」

「-・・・・!」

 葵はお世辞だとしてもその言葉が少し嬉しかった。顔がほのかに熱くなるのを感じる。

 人からかわいいと言われたのは初めてだった。葵は恥ずかしくなって思わず顔を伏せる。

「それじゃ、行こうか?」

「・・・え・・」

「来るんじゃなかったって思ってたんでしょ?」

「・・・・」

(っていうか、なんで私が思ってること分かるの)

「・・葵の顔見れば大体考えてる事が分かるんだよね」

「!・・」

 すると突然右手をつかまれた。そしてライトは葵の手を引っ張ると、歩き出す。

「-っ・・・・」

 葵が軽く声を漏らしても、ライトは気に留める様子もなく、どんどん前へ進んでいく。

 しばらく進んだところで、葵はもう我慢できなくなった。

「ちょっと!!放してよ!!」

 葵はライトの手を無理やり振り解いた。

「・・・どうしたの?」

 ライトはまるで罪悪感の無い顔で葵を見つめてくる。

「・・・だって、お姉ちゃんが探してるかもしんないし・・」

「・・そうかなぁ」

「え?」

 するとライトはにんまりと口元に笑みを浮かべた。

「だって、ここはそのお姉ちゃんの学校なんでしょ?お姉ちゃんも偶然に友達と会ったりなんかして、そんなに葵の事気にしてないかもしれないよ?」

「・・・・・・」

(たしかに・・そうかもしれない)

 清音は、どちらかというと忘れやすい性格だ。今頃、大学の友達と楽しくおしゃべりに没頭していてもおかしくない。

・・・それなら、必死に探しても自分が馬鹿みたいじゃないか。

「ね?そうでしょ」

「・・うん」

 葵はぽつりとそう呟いた。

「じゃ、いこうか」

 ライトは再び口元に笑みを浮かべると、葵の手を引き歩き出した。

(どうせ、こんな所にいても将来いくと決まったわけでもないし、意味がない。こんなくだらない所にいるなら、違う場所で過ごしたほうがましだ・・)

 行き先は分からない。けれどそれはライトに任せることにした。特別行きたい所があるわけではなかったし。

 その時、ライトがいつもとは違う、奇妙な笑みを浮かべている事に葵は気付くはずもなかった。







「あおちゃん~どこ~?」

 そのころ、清音は葵の名を半分あきらめながら呼び続けていた。もうこれを始めて30分以上はたっているだろう。これも自分が、後ろを確認せず、勝手に歩いて行ってしまったせいなのだが。

(きっと、こんな初めての場所に一人じゃ不安になってる・・・早く見つけてあげないと・・)

 と、その時誰かに服の裾を掴まれた。

「!?」

 驚いて振り返ると、そこには小学3、4年生くらいの少年が今にも泣き出しそうな顔で立っていた。

「・・・どうしたの?」

 清音はどちらかというと、子供が好きなほうだ。こんな泣き出しそうな少年を見て、ほっておけるはずもなかった。

「ぼっ・・・僕の風船・・」

 そう言うと、少年は少し先にある木を指差した。そこには赤い風船が引っかかっている。

「よしよし。今、取ってあげるからね」

 清音はなだめるように言うと、その木まで少年の手を引いて歩く。

「取ってあげるからここで待っててね」

 清音はそう言うと風船を取りにかかった。風船は、あと少し手を伸ばせば届きそうな枝に引っかかっている。

(あと少し・・・)

 清音は精一杯手を伸ばす。その時、後ろから伸びてきた誰かの腕が清音の首を引きよせた。

「!!!えっ・・・」

 驚いて肩越しに振り返ると、そこにはさっきまで泣いていた少年の顔があった。それも彼は重力を無視して、清音の背の高さまでフワリと浮かんでいる。少年は清音の顔を見るなりニヤリと笑った。

「ごめんね、おねーちゃん!!」

 そう言ったかと思うと、少年は清音の首に自分の口を近づけた。その瞬間、首筋に何か鋭い痛みがはしる。

「-っ・・・?」

 清音は声にならない叫びをあげると、そのままうずくまり気を失ってしまった。

「・・・まぁ、オレの牙にかかれば、今まであったことは忘れて眠る事ができるから安心しなよ」

 得意そうな笑みを浮かべて立っている少年─ギィンがそう呟くと、ほぼ同時にその体がシュルシュルと親指くらいの大きさに縮んだ。

「それにしても、大きさを変えて実体化するのは疲れんなぁ~」

 ギィンは首をコキコキと鳴らすと、「邪魔者排除」

と呟いて人ごみの中へ姿を消した。






 ライトはまだ歩き続けている。もうさっきまでいた大学は、葵達のはるか後方に見える位になってしまった。

 葵はただライトに導かれるままに歩くだけだ。そして二人は、人通りの少ない裏路地にさしかかった。

「ねぇ。ライト・・どこ行くの?」

 葵はライトの背中に向かって控えめに声をかける。

「ふふっ。秘密!」

 ライトはニコニコと笑みを浮かべながら答えた。そしてまた、何事もなかったかのように歩き続ける。

 葵にとって、ライトはいつも笑っているように見えた。いつも不機嫌な顔をしている葵とは大違いだ。

 それとも・・ライトは心に持っている闇をしまいこんで、表面だけで笑っているのだろうか。

 葵にとってライトは“本当の自分”を隠しているように見えた。笑顔は本当の自分を隠すものにすぎないのかもしれない。葵はそう感じた。

「さて・・もうそろそろいいかな」

 ライトは独り言のように呟くと歩みを止める。そして腰をかがめると、視線を合わせるように顔を葵の正面までもってきた。

「!」

 葵は驚いて反射的に顔を背ける。

(いったいなんなの・・)

 後づさろうとしたが、腕をしっかりと捕まれていて動くことができない。すると、耳元で甘く囁くような声が聞こえてきた。

「・・この世界って、本当にくだらない事だらけだよね」

「・・・・!」

「ここじゃない、別の世界に行ってみてもいいと思わない?」

 その声は葵の心のなかに優しく響きわたった。

 ここじゃない、別の世界が本当にあるとしたら、葵は行ってみたかった。こんなくだらない世界からなら、別に逃げ出してもかまわないかもしれない。

「葵、僕の事をみて」

 またあの優しい声が聞こえてきた。葵はその声がする方へ、ゆっくりと顔を動かした。

「おい!!久保田!!」

 突然、怒鳴り声が葵の耳に飛び込んできた。反射的に振り向くと、そこにはクラスメートの笹山繁樹が仁王立ちで立っていた。

「んなとこで、なにしてんだよ!?」

「・・・・」

「それにあんな奴と」

 繁樹は不機嫌にそう言うと、顎でライトの事を示す。

 ライトは掴んでいた手を離すと、ニコッと微笑んだ。

「へぇ。君には僕が見えるんだ」

「ったりめーだろ。お前は魔の存在だからな」

 繁樹は奇妙な笑みを浮かべると、手を前に差し出した。

 するとそこに、一本の刀が現れた。全身が銀色に輝いていてとても綺麗な刀。たしかあの時、屋上で持っていたものだ。

「へぇ。今でも“カリウド”の一族がいたとはね」

 ライトはそう言うと、フワっと浮き上がって繁樹の前に着地した。

(へっ!?今っていったいどういう状況!?ていうか、ライトって普通の人には見えないの?)

 葵は意味が分からなかった。出来ることといえば、ただ今目の前で起こっている事を呆然と見守ることだけだ。

「そんなに余裕でいいのかよ?あ?」

 そう言うと繁樹は、刀の刃をライトの首筋に近づける。あと数ミリ動かせば切れる位置に、ライトの首があった。

ライトは動じる様子もなく、腕を組むとかすかに微笑んだ。

 繁樹の表情が歪んだのが分かった。

「ふふ。君こそ余裕そうだけど大丈夫?」

 ライトがそう言った途端、繁樹は素早く刀を振り下ろした。

 ライトはそれを軽くかわすと、後ろにあった塀にふわっと飛び乗った。

「-チッ・・・」

 繁樹は軽く舌打ちをすると、ライトの乗っている塀を刀で切り刻んだ。そして休む間もなく、バランスを崩したライトに向かって刀を振り下ろす。

「・・っあ・・」

 葵は軽く声を上げたが、塀が崩れた時の砂埃で二人の姿を確認する事ができない。

「すごいねぇ。その刀、塀も切ることができるんだ」

 砂埃の中から馬鹿にしたような声が聞こえてきた。

 良く見ると、砂埃の中に二つの人影が立っているのが見えた。

「!」

 葵は目の前で起こっている事が信じられなかった。

 繁樹の振り下ろした刀が、ライトの前にかざした手の直前でピタッと静止している。まるでライトの手の前に、見えない壁があるようだ。

 繁樹の刀が力を入れているにのにもかかわらず、静止した状態でプルプルと震えているのが確認できた。

「悪いけど、僕には魔力というものがあるんだよね」

 ライトは睨みつけている繁樹に向かって、ニコッと微笑んだ。

「・・・それじゃ、今度は僕からいこうかな」

 ライトがそう言うとほぼ同時に、前にかざした手から針のようなものが何本も、繁樹の顔を目掛けて飛び出した。

「っ!!」

 繁樹は刀で防ごうとしたが間に合わず、それを横にジャンプしてかわす。

「ふふ。よく避けられたね」

 ライトはそう言うと、今度は両方の手を刺激に向かって突き出した。

「-・・くそっ」

 繁樹はそう呟くと、再びライトに向かって刀を構える。その顔には、さっき斬ったのだろう、血が滲んでいた。

(・・どうしよう。このままだと、繁樹くんが危ない・・)

 葵は、このままでは繁樹が一方的にやられて終わるだろう、そう感じた。

「ちょっと・・」

 葵は二人に向かって控えめに声を掛ける。

「久保田は口出しすんじゃねぇ!!」

 葵の言葉を聞き取った繁樹が、イライラした様子で葵の言葉をさえぎった。

(そう言われても、あんたが負けそうだから声を掛けたんですケド・・)

 負けを認めて諦めてしまえば楽なのに、葵はそう感じた。繁樹も自分が不利な立場にあるのは分かっているはずだ。

それなのに、なぜ向かっていけるのだろう。

「・・ふふ。良く頑張ったね。繁樹くん・・?」

 ライトは突き出していた手を引くと、そう呟いた。

「は?」

 繁樹はその言葉に目を丸くする。

「僕、こういう戦いはあまり好きじゃなんだ。だから今回は終わりにしよう」

「・・・逃げんのかよ?」

「別にそういう意味じゃないんだけどなぁ」

「・・・・」

 すると繁樹の持っていた刀が、スッと手の中から消えた。

「今回は諦めてやるよ」

「ふふ。それはどうも」

 睨みつけている繁樹に対し、ライトが微笑んで答えた。

(よかった)

 なんとか、二人の戦いが終わった。これもライトが自ら引いてくれたお陰だ。葵は少しライトに感謝した。

「来い!!久保田!!」

「はっ?」

 繁樹は乱暴に葵の手を掴むと、大股で歩き出す。

「っ・・ちょっと!」

 葵がそう言っても、繁樹はそれを無視して歩き続ける。葵は後ろを振り返った。

 そこには、微笑んで立っているライトがいた。

「また迎えに来るよ」

 ライトはそう言うと、その場から消えた。






「私の事は斬らないの?」

 葵は、繁樹に無理やり連れてこられた公園のベンチに腰をおろすと、静かに問いかけた。

「・・・おまえを生かしておけば、またアイツが来るかもしんねーしな!!」

 繁樹はぶっきらぼうにそう答えた。

「・・・」

 そして葵と少し離れた場所に、どかっと腰を下ろした。

「・・・つーか、アイツにのこのこと、ついていくなよ!」

 繁樹は葵とは目を合わさずに、前を見て言った。

「・・何で?」

「アイツはお前を魔界に連れて行くに決まってるだろーが」

「!・・・・」

 葵は“魔界”という言葉を聞いて少しドキッとした。ライトは魔界の人であることを忘れかけていた。

「世紀から聞いてねーのかよ。アイツは久保田を魔界の住人にして、魔界に連れていこーとしてんだよ」

 葵は息を呑んだ。世紀はたしかに、そのような事を言っていたような気がする。

「まっ。それは久保田の気の持ちようでなるか、ならないかは決まってくるけどな」

「・・・」

「いつまでも心に深い闇を持ってちゃあ、本当に魔界の住人になっちまうぞ?」

「・・・分かってる・・・」

 葵は下を向いてぼそっと呟いた。もうそんな事は世紀に聞いて知っていた。でも心に深い闇を持たないようにするのにはどうすればよいのだろうか。

 葵にはその答えが見つからなかった。

(・・もう私には無理なのかもしれない・・)

 このまま魔界の住人になった方がましだろう。

 葵はそう思った。

「知ってるか?人は誰でも心に闇を持ってるものなんだぜ?それをどうやって乗り越えていくかが問題なんだよ!!」

 繁樹は前を見据えて力強くそう言った。

「・・・・」

 葵は繁樹の横顔から視線を外す。

(“どう乗り越えるか”か・・・)


♪~♪~♪~♪~♪ー・・・・・・


「!」

 その時、ポケットに入れておいた葵の携帯が鳴った。

「あっ。ごめん」

 葵はそう言うと、繁樹に背を向けて携帯にでた。

「もしもし」

≪あっ!あおちゃん!?≫

「お姉ちゃん?」

 葵は姉の声を聞くと、罪悪感に襲われた。姉を大学に残して、出てきてしまった事が頭をよぎった。

≪今何してるの?≫

「・・ごめん」

≪え!?≫

「だって私、お姉ちゃんを残して先に大学出ちゃったでしょ?」

 すると、少しの沈黙のあと再び声がした。

≪ん~。そうだっけ?私、今日大学には行ったけど、あおちゃんとは行ってないような気がするけど・・≫

「は・・?」

≪それより、こんな時間まで何してるの~?早く帰って来てよ!≫

「え。ちょっと・・」

 その瞬間、電話は切れてしまった。

 姉が自分と一緒に大学へ行った事を覚えてないという事は、どういう事なのだろうか。葵には意味が分からなかった。

 ・・・それとも、これはライトの仕業なのだろうか。

「おい!!もう帰れっていう電話じゃなかったのか!?」

 葵の隣で繁樹はそう怒鳴る。

「えっ・・・まぁ」

「それなら、とっとと帰れ!」

 そして繁樹は足を組み、再び視線を前に向けた。

「あ・・じゃあ、帰るから」

 葵はここにいても仕方ないと思ったので、ベンチから腰を上げた。

「じゃ・・・またね」

 一応、控えめに声をかけると、葵は視線をチラッと繁樹に向けた。

「・・・おう」

 繁樹は視線を前に向けたまま、それだけ答えた。夕日に染まった彼の顔は、少しだけ寂しそうに見えた。


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