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ヒカリ  作者: トモリ
1/4

1 不思議な青年

 





 光にいる少女は思いました。


 この世界は眩しすぎる。私にこんな光、必要ない。


 闇にいる少年は思いました。


 光に行ければきっと心から笑うことができるのに。


 そして二人は思います。


『この世界から逃げ出すことができればどんなにいいことだろう』



****



 蒼すぎる空を仰ぎ、彼女は思う。

 私に光なんて必要ない。

 光があってもありのままの自分が映し出されて嫌になるだけ。

 そして自分の影が濃くなるだけ。

 誰か私を・・・・

 私をこのまぶしすぎる世界から連れ出して。






 朝。

 アオイは家の玄関を出るとため息をついた。今日も憂鬱な一日が始まったのだ。

 最近思うこと・・・それはこの世界のくだらなさ。

 毎朝同じ時間の電車に乗り、同じ時間へ学校へ行く。そして皆と同じ制服に身を包み、同じ勉強をする。

(・・・くだらない)

「・・・はー」

 毎朝の同じ光景を目にしながら、葵は学校の門をくぐった。

 葵の通っている高校は、そこら辺では名のしれている、男女共学の県立高校だ。共学といっても男子とほとんど口をきかない葵にとっては男子はただウザいだけの生き物にすぎない。

 そして葵は汚れた上履きに履き替えると、重い足取りで2階へある自分の教室へ向かった。




 授業中。

「久保田さん!!」

「・・・はい」

 葵は英語の先生に呼ばれ、のろのろと自分の席から腰を上げる。

「ぼっ~としてないでこのbe動詞を適切な形に直してみなさい」

「・・・・・・分かりません」

「こんな問題をも解けないようじゃ、進学できませんよ!!では、その後ろの人!代わりに答えなさい」

 葵は先生の言葉を聞き流すと、力なく再び自分の席へ腰を下ろした。

(はー・・・)

 葵はいつも思う。こんな勉強をして将来いったいどんなことに役に立つのだろうか。きっとこんなこと、意味のないことだ。

(くだらない)




 休み時間。

「ねーねー!!昨日のテレビ見た!?○○くん、チョーかっこよくない?」

「見た見た!チョーかっこ良かったよね!」

 そんな会話が葵の耳に入る。葵はいじくっていた携帯電話に視線を戻すとため息をついた。

 なんでそんなに憧れる必要があるのだろう。一方的な感情だけで相手はこちらのことを見ているわけでもないのに。

(くだらない)





「葵ちゃん!!」

 よく一緒に帰る友達、透子トウコに声を掛けられた。

「一緒に帰ろー!」

 透子は、葵とは正反対のとても明るく前向きな性格で、そんな透子はいつも葵のことを気にかけてくれる。

「うん」

 葵はいつものように答えた。

 しかし葵は、こんな優しい友達がいても、心の奥底までは明るい気持ちにはなれなかった。透子ともきっと高校までの付き合いになるだろう。これも一時的な友情にすぎないのだ。


(くすっ。みーつけた)


 その、どこからか聞こえてくるような微かな声に、葵は気づくはずもなかった。







「ただいま~」

「お帰り!あおちゃん!!」

 葵が自宅の玄関の扉を開けると、すぐに葵の姉、清音キヨネが迎えてくれた。

 清音は葵より2つ年上で家から車で30分ほどの大学に通っている。今日は、早めに終わったらしく、家に1人でいたらしい。

「家に誰もいなくて寂しかったんだよー。あおちゃんが帰って来てよかったぁ」

「・・・あっそ」

 葵はそっけなく答えると、スタスタと2階へある自分の部屋へ向かった。

「・・・あおちゃんの大好物のシュークリーム買って来たんだけどなぁ」

 その言葉を聞くと、ピタっと葵の足が止まった。

「ねっ!?一緒に食べよ!?」

 葵は少し戸惑ってから、「うん」と答えた。







「-で。最近どう?」

 清音は、口にシュークリームを頬張りながらそう尋ねる。

「別になにもないよ」

 葵も口に着いたクリームをなめとりながらそれに答えた。

「-・・・・なんか最近元気ないから、何かあったのかなぁって思ったんだけどなぁ」

「だから何もないって!」

「・・・ふーん。恋の悩みでもあるのかなぁって思っちゃった!!」

「・・・・・」

「・・・あおちゃんは何でも内にためこんじゃう癖があるんだから、何かあったらお姉ちゃんに言うのよ!!」

 清音は優しい瞳で葵を見つめる。

「・・・分かったぁ?」

「・・・・分かった、分かった・・・・・ありがと」

 最後に言った言葉は聞こえたかどうかは分からないが、葵はスッと立ち上がると、「ごちそうさま」と言って自分の部屋へ向かった。

 少しうるさいけど、葵はそんな姉が好きだった。





 その日の夜。

 葵はろくに勉強もしないで、ベットにもぐりこんだ。瞳を閉じるとそこには、真っ暗な闇の世界が広がっていた。

 葵はこの闇が嫌いではなかった。

 くだらない事ばかりの世界より、何もない世界の方がいい。そう思う時もよくあった。

(いっそ、こんなくだらない世界なら・・・・-)

「消えてしまえばいいのに!!でしょ?」

 突然頭の上の方から、おもしろがっているような青年の声が聞こえてきた。

「!!!」

 葵は心臓の飛び出る思いでベットから体を起こすと、自分の頭の上を見上げる。

 それと同時に視界に飛び込んできたのは、空中で胡坐をかき、葵を見下ろす青年の姿だ。

「こんばんは!!」

 青年はニヤニヤしながら言った。

 しかし葵は、すぐにまたベットに潜り込む。

(・・これは夢に違いない。だって知らない人間がこの部屋にいるわけないし、むしろ空中に浮かべるはずがない)

 葵は今の状況が理解できるはずもなく、頭の中を必死に整理しようする。

「くすっ」

 笑い声とともに、ストッと床に足をつける音が聞こえた。その途端、いきなりふとんを引き払われる。

「!!!!!!」

 葵はあまりに突然の事に、そのままの姿勢で固まる。

「くすすすっ・・・今までで、君の反応が一番最高だよ!!くっく・・」

 視線を動かすと、そこには、笑いをこらえている青年の姿があった。

 乱して着ている、白いYシャツの下には、これまたまっ白いズボンを履いている。髪は、外国人のような茶の色に、少しウェーブがかかっていた。

「へー。こいつが、100人目の子供かぁ!」

 今度は、目の前に、親指より少し大きい位の、小さな男の子が現れた。

「わっ!!」

 葵は飛び上がり、後ずさりすると、そのまま後ろの壁に背中をぶつけてしまう。

「くっく・・・ぷぷっ・・・」

 今度はさっきの青年が、笑いをこらえきれなくなったように笑いだした。

「おい!!ライト!!おまえ、笑いのつぼ浅すぎだぞ!!」

「ぷぷ・・・・はーごめんごめん。ギィン。」

 目の下に浮かんだ涙を指で拭いながら、真っ白な青年―ライトはそう言った。

「---・・・・あんたたち、何者?」

 葵は掌が汗ばむのを感じながら、そう、問いかける。

「ふふっ。ひ・み・つ」

 ライトが、人差し指を唇に合せて、奇妙な笑みを浮かべて言う。

 すると、小さな男の子―ギィンは顔を歪めた。

「うゎ。きも!!」

「じゃーまたね!葵」

 ライトはギィンの言葉を聞くつもりはないらしく、そう言い残すと、その場からスッと姿をかき消した。

「おい!! 待てよ!!」

 その後につづいてギィンも、同じように消えた。

「・・・・・・」

 葵はただ茫然と、二人が消えた空間を見つめることしかできなかった。








 カーテンの隙間から、朝日が射し込んできた。どうやらもう朝が来たらしい。

 葵はベッドから起き上がる。それと同時に昨晩のことが脳裏によみがえった。

(・・・やっぱり夢だったのかもしれない)

 葵はベットから起き上がると、いつものように顔を洗い、髪をとかすために洗面台へと向かう。

 寝ぐせのついた髪をとかしていると、葵はある違和感を感じた。

(なんかいつもと違うよーな・・・)

 ふと髪を掻き揚げると、葵は驚きのあまり息をのんだ。

(なにこれ!?・・耳が・・・!?)

 そこには、いつもと違う形の耳があった。いつもは当たり前のように先が丸くなっているはずの耳。その先端が尖っている。まるでゲームやアニメの中の登場人物のように。

 葵は、自分の目を疑った。

(これ・・ 本当に自分の耳?)

「あおちゃん、おはよう!!」

 そこに突然、清音が入って来た。

「!!!」

 葵は驚きと混乱のために、その場で固まる。

「―? あおちゃん、どうしたの~?そんな驚いた顔して?」

 清音は、何事もなかったかのように、葵に話しかけた。

「べっ・・・べつに・・・」

「・・・ふーん。まっいいけどね。それよりも朝ごはん食べないと、お母さんが片付け始められないから早くしてね?」

「うっうん・・・」

 清音がその場から立ち去ると、葵は安堵の息をもらした。

(よかった・・・お姉ちゃん気づかなかったみたい・・。それにしても、何で急に耳がこんな形になってるんだろう・・・)

 そして葵は、もう一度髪を掻き上げて、自分の耳を確認した。

 それは、やはり先が尖っている。

(やっぱり見違いじゃない)

 ふとその時、昨晩の青年のいたずらっぽい笑みが、脳裏に浮かんだ。

(・・・もしかしてアイツと関係があるんじゃ・・・?)

「あおちゃん~!!はやく~」

 清音の、元気な声が聞こえてきたので、葵はひとまず耳を髪で隠すと、朝食へ向かった。





(そういえば、私の事100人目の子供って言ってたけど、どういう意味?っていうか、何の100人目・・・?)

 葵はやはり昨晩の事が気になってしょうがなく、通学の途中、毎日満員電車の中で、そんなことをぼ~と考える。

「葵ちゃん!!」

 突然かけられた声の方向へ振り向くと、そこに元気に手を振っている透子の姿があった。

「おはよ!!」

「おはよう」

 葵は、少しドキマキしながら答えた。透子や他の人に、自分の耳が見られたら大変だ。

「透子、今日は部活の練習はないの?」

 葵はそう尋ねる。透子は合唱部に入っていて、毎日朝練があるので、葵と同じ電車に乗るのは珍しい。

「葵ちゃん何言っているの?今日からテスト1週間前でしょ?」

 透子は、朝練をやらなくてすんでうれしいのか、少し弾んだ声で言った。

「あっ・・・そうだね!」

(そうだ。もう少しでテストだ)

 しかし葵にとっては、勉強する気には全然なれなかった。

 テストでいい点数をとれたとしても、将来いったいどんな役に立つというのだろう。葵にとっては、意味のない事に思えて仕様がなかった。

(くだらない)

 その時、葵にいつもと違った感情が生まれた。しかし、それに違和感はない。むしろ、それに解放感を覚えた。

「葵ちゃんどうしたの!?怖い顔をしてるよ!?」

「えっ!?そう?」

 葵はとっさに答えると、そこに「大丈夫。いつもと同じだよ」と付け加えた。

(こんな意味の無い事をしているんなら、今日学校をさぼってしまおう)

 それは、初めての気持ちだった。





 葵は、学校から離れた公園にいた。平日のせいか、そこには葵しかいないようだ。そして、近くにあったブランコに腰をかけると、ため息をつく。

(学校、さぼっちゃった・・・)

 透子には、具合が悪いので家に帰ると言っておいた。

 学校側に、ばれることはないだろう。

(あーでも、さぼったはさぼったで暇だなぁ)

 まぁ、学校でくだらない授業を受けるよりはましだが。

「くすす。学校さぼっちゃた~!」

「!!」

 葵がびっくりして振り返ると、そこには昨晩会った青年、ライトがいた。

 ライトは、うれしそうな顔で言った。

「こんばんは!」

 葵は何で朝なのに、こんばんはと言うんだろうと不思議に思ったが、そこにはあえてつっこまないで、一番言いたかった事を最初に口にする。

「ねェ。この耳、あなたのせいでしょう?」

「・・・・ふふ。そっちの方が、かわいいじゃない?葵」

「・・・・は・・・・」

 かわいいと言われ、葵の口からは、気の抜けた返事しか出てこない。不思議と悪い感じはしなかった。

「お~!!ずいぶん変化したなぁ!!」

「!!」

 急に目の前に、またギィンという小さな少年が現れた。良く見ると口にドラキュラのような、小さな2本の牙が生えている。

「へ~やっと魔界の住人ら・・・フゴ!!」

 ギィンの口を、急にライトが押さえつけた。

「ふふ。僕達ちょっと急に用事を思いだしたから、今日の所はかえるよ」

「フゴゴ!!」

 ライトは、ギィンの口もとを押さえつけながら、爽やかな笑みを浮べて言った。

「えっ!!ちょっと!!」

 葵が言い終える前に、2人はスッと葵の視界から姿を消した。

(魔界の何って言った人だろう・・・?良く分からなかった・・・)

 そして、ふと耳に手をのばすと、葵はまた驚きのあまり息を飲んだ。

 耳は髪から出るほど細長く尖っていて、髪で隠せる程の大きさではなくなっていたのだ。

 葵はあせった。急に、こんな変な耳になってしまって、これからどうしていけばいいのだろう。

(絶対、あの2人が怪しい・・・どうにかして元に戻してもらわないと・・・)

「見て見て!!」

 急に、少し遠くの方から、子供の声が聞こえてきた。

(見られた!?)

 葵は、反射的に耳を手で覆う。しかし、無残にも手から耳が突き出てしまっていた。

 そこには、子供とその母親らしい人の姿があった。

「ねぇねぇ。ママ。なんであのお姉ちゃん、あんな所にいるの?」

 子供が葵のことを指さしながら言った。

「あら。なんででしょうね~」

 母親が少し困ったような笑みを浮べながらそれに答える。

 そして2人の親子連れは、何事もなかったように歩き去っていった。

(・・・・?たしかに見られたはずなのに・・・?)

 葵には安心感と、それに対しての不思議に思う気持ちも沸き起こってきた。

(・・・もしかしたら・・・)

 この耳は、普通の人には見えないのかもしれない。見えていたら、さっきの子供は、なんで耳が尖っているの?と聞いただろう。





「ただいま~」

 葵は、いつもの帰宅時間に合せて、家の玄関のドアを押しあけた。しかし家には誰も帰って来ておらず、葵の声だけが空しく家の中に響いた。

(今日は、お姉ちゃんも帰って来てないんだ)

 葵の両親は、二人とも働いているので帰ってくる時間も遅い。

 だから、姉が帰って来ていない時は、葵は一人でいることになってしまうのだ。

(・・・まぁ慣れてるけどね・・・)

 葵は鞄を放り投げると、洗面所へ向かった。そして鏡で自分の姿を映してみた。そこには、朝、鏡で見た自分とは違う、まるで妖怪のような自分の姿がある。

「・・・変な姿・・・」

 葵はポツリと呟くと、バタバタと二階へ上がり自分の部屋のベットにドサッと倒れこんだ。

(いつも暗い考えをしている自分は、こんな姿が似合っているのかもしれない・・・)





「あおちゃん!」

「・・・・・!」

 目を開けるとそこには、心配そうな顔で覗き込んでいる、清音の姿があった。どうやらいつのまにか寝入ってしまっていたらしい。

「どうしたの?制服のままで寝ちゃうなんて、具合でも悪かった?」

「・・・ううん。べつに」

「そっかぁー。それなら早く着替えて下へ降りてきて!!もう夕飯できるって!」

「・・・うん」

 そして清音は、バタバタと下へ降りていった。

 葵は、手を耳へ伸ばした。やっぱりそこには、葵の耳でない耳があった。姉も何も言ってこなかったので、やっぱりこれは普通の人には見えないらしい。

(やっぱり、この耳は私と、あの二人にしか見えないんだ・・・)

 そして葵は、制服を脱ぎ捨ていつのも楽な服に着替えると、重い足取りで下へ降りていった。




*****




「ふふっ。もうあの子葵は手に入れたと同然だね!」

 ライトは口元にニンマリと笑みを浮かべる。

「うっしゃ!!これでやっと100人そろう!長かったぁ~」

 ギィンがくるっと一回転しながら、嬉しそうに答えた。

「ふふ。そうだね」

 ライトは答えると、自分達の周りを見渡した。

 ここは、光の無い世界“魔界”。

 ライトは、“一人目”なってから光を知らずに生きてきた。

 闇に心を捕らわれし者は、光の中で生きる事を許されない。夢や希望で溢れる地上では、生きられないのだ。

 だからこそライトは、再び光が欲しかった。

 そして再び地上で暮らしたかった。普通の人間として。

(だからこそ僕には、葵が必要なんだ)

 そう。闇に心を捕らわれし者が。




******

 

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