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〔木田 康介〕

「ふぅ……」


エンジンを切った車内で、暇を持て余して身体を伸ばす。時計を見て、そろそろ学校が終わる時間に差し掛かることを確認。

トントンとハンドルを指で叩き、意味なくリズムに乗ってみる。音楽は頭の中でセルフサービスだ。


「お、来たな」


チャイムの音が聞こえ、同時に生徒玄関から他の生徒と談笑しながら出て来る晶の姿を確認。エンジンをかけて、微かな振動を感じながら晶を眺める。

晶は屈託のない笑顔で友達と話しながら車へと近付いてくる。その姿は元気ないまどきの女子高生そのまま、おかしなところなど微塵も見当たらない。

僕にもあんな笑顔を向けてくれればいいのに、なんて思ってもいないことを口にしてみる。

僕からしてみれば、あの晶は晶じゃないのだから。


「じゃあね〜!また明日!」

「ゴメン!明日は学校休むんだぁ」

「ずる休みか!」

「へへへ、さぁどうでしょう」

「も〜、ごまかさないでよ」

「アハハ、じゃあね」


助手席に乗り込み、ばたん、と扉を閉める晶。同時に僕は車を発進させ、車道へと踊り出る。

横目で見た晶の表情は、先程までとは別人の様に冷めていた。


「対象は?」


抑揚の無い無機質な声に、僕は目を細めて車道を睨んだ。全く、恐ろしい。


「最近噂の、バラバラ殺人事件は知ってるかい?」

「知らない」

「今回の対象は、その容疑者である木田きだ 康介こうすけだ。一度は逮捕寸前までいったらしいんだけど、木田はその場にいた警察官、一般人諸々を切り付けて逃走。今はこの町の民家に逃げ込んで息を潜めているらしい。依頼人は……多分事件の被害者の家族か誰か」


あまりにも文章が破綻していて、依頼人の情報が入ってこなくてね、と続けておく。


「場所はわかってるの?」

「あぁ。この街に住んでる事情通の探偵さんがいてね。彼に頼んだら一発でわかった」


なかなかに紳士な人間だったが、あの人はあれでどこか人より飛び抜けた何かを感じる。ある意味では僕と似ている気がする。まぁ、僕は彼と違って『飛び抜けた』ではなく『踏み外した』が正しいけど。

そんなどうでもいいことを考えながら、信号機に従いブレーキを踏んで停止。ハンドルから手を離し、前にあるミネラルウォーターに手を伸ばす。

と、その時、視界の端に入った晶がある方向をじっと見詰めていた。

手を伸ばしたその体勢のまま、晶の視線を追っていくと……。


「ねぇ」

「食べたいって?……なら、今日の晩飯はあれになるけど」

「…………」


沈黙。ってことは構わないってことか。

伸ばした手をハンドルに戻し、半ば強引な方向転換の後、フライドチキンのドライブスルーに車をつけた僕だった。


「ポテトは三つね」

「……はいはい、と」










晶を僕のマンションの前で降ろし、買ったばかりのフライドチキンを手渡す。


「じゃあ、夜には帰るから。先に食べてて構わないからね」

「冷めるよ」

「いいよ別に。晶こそ、冷める前に食べた方がいいよ。じゃあね」


窓を閉め、アクセルを踏んで発進。

ちらっとミラーを見るも、すでに晶はこちらから視線を切っていた。特に何も思わずに、僕はスピードを上げていった。










「ここ……かな?」


住宅街の道の脇に車を止め、エンジンを切る。

反対車線の向こう側、何の違和感も無く建っている民家。

僕はそれを、手元の紙と見合わせて、紙に書かれている家とここにある家が同じものだと確信した。


「しっかしまぁ、よくここまで細かく調べられるな。どんな手段で調べてるんだか」


紙を助手席に投げ捨て、座席を軽く倒しながら呟いた。

投げ捨てられた紙には、住所、住んでいる家族、さらには周辺の地図から建物のイラストまで書かれている。助かるには助かるのだが、ここまでくると向こうは暇人なのではないかと疑いたくなる。

まぁ、こんなことを考える僕も、大概暇人なのだろうが。


「しかしまぁ、なんだ。詰めが甘いというか」


片目だけ手で隠し、対象が隠れ住んでいるであろう家を見つめる。

ポストには、何日分になるのか、新聞がぎっしりと詰め込まれている。

あれでは配達員もさぞ苦労しているのだろう、もしかしたらもう入れるのを諦めているかもしれない。


「……配達員のことまで考えてどうするよ。やっぱり僕も暇人だな」


くだらないことを考えるのを止め、僕は座席に背中を預け、玄関のみを見ていることにした。








一時間程経っただろうか、少し暇になってきた頃、玄関が少し開いたのを見逃さずに双眼鏡を眼に当てる。


「……あいつが木田だな?予想通りやつれてらっしゃる」


木田はほんの少し開いた玄関から顔だけを出し、辺りをキョロキョロと見回している。こちらに目をやることもあったが、特に人目は無しと判断したのか帽子とサングラス、さらにはマスクとベタベタな格好をして外へと出て来た。


「ふぅん……」


木田がキョロキョロしながら歩いて行くのを眺めながら、ミネラルウォーターを喉に流し込む。

あれだけキョロキョロしていたら、自分が不審者だと言っているようなものだ。逃げ切るつもりなら、もっと誰かさんみたいに堂々としなきゃ。

その誰かさんが誰かとは言わないけれど。


まぁ、どこに住んでいるかも確定したし、あれだけきょどっていればいざという時に逃すことも無いだろう。


「姫のところに帰りましょうかね、と」


エンジンをかけて発進。相変わらず挙動不審な木田を抜き去り、僕はマンションに向かった。










「ただいま」

「…………」


返事が無いのはいつも通り。

真っ暗なのも、まぁいつも通り。


……香ばしいチキンの匂いは、たまにしかないけれど。


「晶、節電もいいけど窓くらい開ければ?」

「寒いからイヤ」

「……その解放感溢れる服装で言われてもね。空気入れ換えの時間だけでもちゃんとした服を着てくれ」

「…………」


電気をつけ、こちらを不満げに睨みつける晶に着ていたコートを投げ渡す。ワイシャツ一枚の晶は、それをしばらく見つめた上で羽織っていた。


カーテンを開き窓を開け、少し冷たい風が部屋の中へと入る。

秋特有の空気の中に、どこか身体に染み渡る冬の匂い。

それをしばらくの間目を閉じて感じ、気が済んだ僕は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

椅子に座って半分まで飲み干し、ソファーに小さくなって座っている晶を見る。向こうもこちらを見ていたらしく、しっかりと目が合った。

特に驚きもせず、口を開く。


「お姫様はいつお動きになられるので?」

「……正直今すぐにでも行きたい」

「それは駄目。今日の深夜まで待とう」

「…………」


睨まれても駄目だ、と意思を込めて睨み返す。すぐに視線を外したのは晶の方。

睨み合いで負けたことは一度も無い。

いつも視線をそらすのは決まって晶の方だ。

晶曰く、『私の大嫌いな奴にそっくりな視線』らしく、僕としてはなんだか複雑な気分でもある。


「こら、まだ閉めちゃだめ」

「…………」


こっそり窓を閉めようとしていた晶にそう言って、僕はパソコンに向かった。











「時間だ。晶」

「わかってる」


パソコンの電源を切りながら振り返る。晶がコートを脱ぎ捨てて、風呂場に向かうのを見届けてから僕は立ち上がった。

そういえば窓を開けっ放しだったな。今日は割と暖かかったから忘れていた。だからコートをずっと羽織っていたのか。


「……零時三分。まぁ、向かうのに十分かかるとしても……」


残りの時間は、多めに見積もって四十五分間。それまでには帰ってこなければ。


「ナイフ」

「はい。急ぐよ」


幾度も使われて切れ味が鈍くなっている折りたたみナイフを晶に手渡し、僕は部屋を出た。




駐車場にある車に乗り、晶が助手席に乗ってシートベルトをするのを確認してからエンジンをかける。

ライトが前方を照らし、周りの闇を一層濃く感じさせる。

一応安全運転で、と口に出し、僕はアクセルを徐々に踏んでいった。






「………………」


他の車がほとんど走っていない道路を、交通規制二十キロオーバーで走っていく。

これが『僕の』安全運転だ。勝手に決めているだけだが。


ちらりとミラーに目をやり、助手席で微動だにしない晶の表情を見ようと試みる。

暗くて見えはしなかったのですぐに止めたが、おそらくは今丁度『復讐姫』に切り替わっている最中だろう。


……無駄な事を考えるのを止めた僕は、さらにアクセルを踏み込んだ。













「ここだ。電気はついて無いけど、高確率で中にいるはず」

「わかった。いつもみたいに君から行って」

「勿論」


木田が隠れ住んでいる家の前に車を止め、特に気配を隠すわけでもない僕ら二人は家の玄関の前に立つ。


「鍵を閉めたぐらいで逃げられると思うなよ……ってな」


ピッキングも最早慣れたもの。

ドアノブを捻り、背後にいる『姫』の気配を感じながら扉を開く。


「……ふむ」


家の中からは、なんとも言えない腐臭が漂っていた。どうも、ここの本来の住人はもう現世からさようならをしている様子。


靴をはいたまま乗り込み、真っ暗闇の廊下を歩く。ギシギシと不気味な音が耳に入り、僕は得体のしれない恐怖でいっぱいに…………なんて演出を頭の中で考えても、恐怖なんか沸いてこなかったのですぐに止めた。


「…………ねぇ」

「うん?」


珍しく声を出した晶に振り返り、その晶が向いている方向に顔を向ける。

暗闇に慣れた目が捕らえたのは、襖。

取っ手に手をかけ、独特な音と共に開け放つ。

腐臭が、強くなった。


「…………」

「これは、また」


そこにあったのは、真っ赤な布団の上に転がっているいくつものパーツ。

目を凝らすと、それらは不規則に置かれているわけではないらしい。


「悪趣味」

「…………」


晶が吐き捨てるように呟き、僕はそれに無言で返した。


枕の場所には、頭。

布団の中央には、胴体。

それに繋がるように、四肢がある。


しっかりとそれらが元の場所に収まっているかと言えばそうではなく、まるで、わざとバラバラであることを誇張するかのように、少しずつずらして置かれている。


そんな、材料が人の身体であるオブジェが、並んで三体。川の字で置かれていた。


「いこうか。時間が無い」

「…………」


それらから目を切り、晶にそう言って先に進む。


しかし、木田さん。貴方も本当に運が無い。

早く捕まっていればよかったものの、よりによってうちの姫様と関わることになるなんて。

しかも、起こした事件が『バラバラ殺人』だ、なんてね。


点滅する光が漏れている扉を見つけ、僕はその扉を前置きなしに押し開けた。そこには、すっかりやつれ、驚きを隠せない木田の姿が。テレビの光が彼を照らし、その青白い顔をさらに不健康に映し出す。


「なっ、なっ……!」

「木田さん、ですね?バラバラ殺人事件の犯人」

「い、い、いきなりなんだお前!つっ捕まえるったてそうはいかねぇ、お前もバラバラに、ひ、ヒハハ」


傍らに置いてあったのか、すっかり刃零れを起こした斧を握りしめる木田。なるほど、それでバラバラにしたってわけだ。


「捕まえる……?フフッ、貴方、そっちの方が幸せだったかもしれないけど」


僕の横を通り、木田にナイフを向ける晶。その表情はどこか喜びに満ち溢れていて、木田に対する怒りが、簡単に見てとれた。


「バラバラ殺人事件……バラバラ、バラバラ?おかしいね、おかしいね!?アハハハハハッ!!」


ケタケタと笑い出す晶に戦慄を覚えながら、僕は壁に寄り掛かった。


「奇遇だね、私のお父さんとお母さんも同じなんだよ?バラバラにされてバラバラされて、関節とかそんなレベルじゃないぐらいにバラバラにされて!!」

「…………!!?」


いきなりの晶の豹変に、木田は思わず後ずさっていた。気持ちは分かる。けれど、その選択は間違いだ。今の内にその斧で切り掛かれば、もしかすると生き残れるかもしれないというのに。

僕がそんなことを考え、目を閉じた瞬間に、晶はピタッと笑いを止めた。

あまりにも不気味な静寂。今、晶の表情はどうなっているのか。

それは、晶と向かい合っている木田にしかわからない。


そして、晶はぽつりと呟いた。


「死んだの」

「――――っ」

「私の目の前で、数えるのも面倒くさくなるぐらいの数にバラバラにされて、けれどそこに警察がきて私だけが助かって。何もかも失ったくせに、命だけが私に残された」


――数年前、晶が中学生に上がったばかりの頃。


日本中を震撼させた殺人事件があった。

その内容は、インターネットでの書き込みから始まった。


『今日の零時から三日間で三十人バラバラにしてやる』


無名の書き込み。

それを見たネットの住人は、また馬鹿な奴が出てきた、と軽い気持ちで受け流していた。

しかし、その書き込みがあった翌日の昼。つまり、予告開始時間から十二時間あまりが過ぎた頃。

テレビのニュースには、連続バラバラ殺人事件の報道が相次いでいた。


一日目――十一人。

二日目――十六人。


ありえないペースで殺されていく人間。

一日を残し、すでに予告の三十人まではあと三人。

当然、世間は騒いだ。

明日には、今日には確実に三人の人間が殺される、と。


しかし、結果から言って予告は達成されなかった。


とある三人家族――犯人は、その家族で予告を達成させるつもりだったのだろう。

しかし、一人娘がいた両親の予想外に激しい抵抗を受け、二人に手間取る間に警察にかぎつかれた犯人は、最後の一人であるその娘を残して逃走。いまだに捕まっていない。

残された娘は、復讐に身を焦がす存在――『復讐姫』として、今も生きているという。





「何か言い残したことはある?だぁれにも届けてあげられないけど、しばらくは覚えといてあげる……」

「ひっ……、ひゃっ、ああぁあああ゛あ」


木田の断末魔は、まるで途中で途切れたテープのように不自然に途切れた。

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