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〔とある非日常の日常〕

真っ暗闇の路地裏。街灯も届かず、月明かりが若干入るも目が慣れていない僕にはただの闇の塊にしか見えないそんな向こう側から、今正に一人の少女がこちらに向かって来た。

僕は彼女に歩み寄り、


「お疲れ様」


そう言った。闇から出て来た彼女の目は、しかしまだ闇を映し出している。

その瞳で僕を一瞥したかと思うと、何かが塗りたくられたような使い古されたナイフを投げ渡してくる。


「……帰る」


無機質にそう呟くと、フラフラとした足取りで僕の横を通り過ぎる彼女。

僕はナイフをパチンと開き、その際に飛んだまだ生温い液体をナイフから指で掬い取ると、用意していたハンカチでそれを拭い取った。








「シャワー借りる」

「どうぞ」


とあるマンションの一室、彼女――穂積ほづみ あきら――は、赤い染みが出来た上着をソファーに投げ捨てて風呂場のドアに手をかける。その様子を、背景のように眺めていると、


「報告、しといてよ」


別段僕を見るわけでも無く、そう言って扉の向こうへと消えていった。


「ハイハイ、と」


僕はポケットに入れていた折り畳み型ナイフを机へと置き、


「あ、換えないとダメだ」


赤く染まってしまった手の包帯に気が付き、パソコンがある机に座って、一段目の引き出しを引いて中から包帯とハサミ、それにテーピングを取り出した。

投げられたものだから、思わず手で受け取ったのが失敗だった。



「さ、て、と」


慣れた手つきで両方の手の包帯を換え終えて、僕はパソコンを起動。とあるサイトを開く。


サイトの名は、『ふくしゅうきのにっき』だ。


そこには、なんの変哲もない、本当にただの日記が記されている。

が、当然ながらこれは本当の姿ではない。

画面を下へ下へとスクロールさせ、一番下にある錆び付いたナイフのマークをクリック。

画面には、『パスワードを入力して下さい』の文字。

カタカタとキーボードに指を走らせ、パスワードを入力していく。


パスワードは、『ふくしゅうき』と『ほづみあきら』と『さびたないふ』。


全てを入力し終え、エンターキーを押す、と、画面が数秒してから変わる。


サイト名は『復讐姫の日記』。ログインするとサイトの名が変わるのだ。

内容も、あのほのぼのとした当たり障りのない日記とは百八十度違う。


僕は、サイトの『依頼コーナー』にある、一番新しい項目をクリックした。

画面が移り変わり、現れるのは長々と綴られた『ある人物』への恨みの言葉。どんな見た目で、どんな性格で、どんな服装で、どんな顔で、どういう風になぶりたくて、どういう風に蔑みたくて、どういう風に殺したくて…………。


そんな、じっと読んでいたらこちらがどうにかなりそうな文字の羅列が続いている。


「普通の人間なら、だけど」


ミネラルウォーターを流し込み、キャップを閉めずにパソコンの横に置く。どうせすぐに飲み干すのだから必要ない。


マウスを下へと何回もスライドさせ――新しいマウスでも買おうか――『返信』の二文字をダブルクリック。


『文章を入力してください』の文を消し、マウスから手を離して、過去に何度も何度も打ってきた文字を入れる。その速さたるや、僕が褒めたたえる程の速さだ。結局のところ自己満足。

『復讐は完了しました。確認出来ましたら復讐代金を指定の口座にお振り込み下さい。貴方に平穏が訪れますように』


「――なんてね」


最後の一文は、僕が気分で付け加えるおまけのようなものだ。今回のように宗教じみた言葉もあれば、いたずらに振込みを促す脅迫まがいの言葉を打ち込むこともある。

まぁ、振込みが無かったら、その人が新しい『対象』になるだけなんだけれど。

半分近く残っていたミネラルウォーターを飲み干し、ダストシュート。


「あ」


外れた。うん、明日はいいことあるかも。


椅子から立ち上がってペットボトルを確実にごみ箱に叩き込み、その足で冷蔵庫に向かう。

新しいミネラルウォーターを取り出し、また半分近くまで飲んでキャップを閉めずに机に置いて椅子に座った。


「また水……他に飲むものは無いの?」

「飲みたいなら野菜室をご覧あれ。君用のジュースが山ほど入っていますとも」

「私じゃなくて……いいや、もらうよ」


風呂場から出て来た晶と背中を向けたまま会話。多分また無防備な格好をしているんだろう。

そう思ってそのことを言うと、


「大丈夫。ここはあったかいし」


なんてズレた答えが返ってきた。これも日常茶飯事だから慣れたものだが。


パキパキとキャップを回す音を聞きながら、僕はサイトを眺める。ひらがなの方だけど。

たまに明らかにおかしなコメントを入れてくる人がいるので、その見回りだ。見付けた場合は、それとなく『パスワード』を教えてもう一つのサイトに引き込まなければならない。

ちなみに、普通の人がもう一つのサイトに入るためのパスワードは『ふくしゅうき』の一つだけでいい。残り二つのパスワードは、運営側であるこちらの為のものだ。


「いたいた。なかなかに染まってる人だ」


『ふくしゅうきのにっき』の本日の更新分である、なんの変哲もない世間話に、明らかにおかしいコメントを返している人物が一人。

『本日作ってみたデザート』に対する返しが『復讐復讐復讐復讐以下略』だ。全く、狂ってるな。人のこと言えないけどさ。


「どう?新しいの、来てる?」

「今見付けた。引っ掛けてみるよ」


いつしか僕の隣に来ていた晶が、湿った髪を垂らしながら話し掛けてきた。服装は、裸にブカブカのワイシャツときたか。今日は一段と大胆なことだ。


パソコンに意識を向け直し、僕はコメントにコメントを返す。こういう奴は、大体パソコンの前から動かない。一瞬だけで充分だろう。


『パスワードはふくしゅうき』


二秒程経ったところで、元のコメントごと二つとも削除。

すぐに下へと画面をスライドさせ、パスワードを打ち込みサイトへジャンプ。


そこで一旦目線を切り、ミネラルウォーターを飲み干してダストシュート。今度は入ったので、明日は何もないっぽい。


「てかそれ僕のワイシャツ」

「気にしない」

「いや、晶が気にする立場じゃないだろう……と、手の早い人だな。きっとタイピングの資格持ちだ」


気が付けば依頼欄には新しい項目が増えていた。

マウスを動かし、ダブルクリック。


「……明日も早く帰ってこれる?」

「迎えに来てくれるなら」

「了解」


どうやら、明日も『復讐姫』は休みが無いらしい。

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