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パネルは化ける

作者: 傍観者ヒロタ
掲載日:2026/01/26

 何の変哲もないアパートの一室。

 俺は六畳一間の中央に鎮座したコタツに入りつつ、とりわけ面白くもないバラエティ番組をただ眺めていた。

 今日は大晦日。

 でも年末年始感が一ミリも感じられない。

 午前中からバイトに行って、さっき帰ってきて今に至る。

 そんな普段の日常と何ら変わらない時間を過ごしているせいかもしれない。

 去年はこの部屋で彼女の彩夏(さやか)と二人で年を越したのだが、今年は研究が忙しくてこっちに戻ってこれないそうだ。

 海外の大学院で仮想現実の研究をしているのだが、ちょうど実験の最終段階に入ったらしく、手が離せないみたいなことを一週間ぐらい前に電話で話していた。

 この時間も自身の夢を実現すべく邁進(まいしん)する彼女。

 それに比べて俺は就活で一社からも内定をもらえず、大学四年から始めた近くのゲームセンターのバイトでなんとか生計を立てているフリーターだ。

 勿論、彩夏のことは心から愛している。

 でも彼女はこんなダメ人間のことをどう思っているのだろうか。

 正直彼女とは、不釣り合いだと思うこともある。

 だから最近、実は研究が忙しいというのは嘘で、向こうで新しい男でも作ってよろしくやってるのではないかとか思うようになってきた。

 彼女のことは信頼している。

 でも、自分の不甲斐なさのせいで思考がどんどんネガティブになっている。

 今はただ、彼女に会いたかった……


 *


 天板に横たわり、壁にかけられた時計を見る。

 ちょうど十九時を過ぎたくらいだった。

 夕飯の準備をすべく、コタツから渋々脱出しカップ麺を天板の上に雑に置いて、続けて凍える寒さのキッチンでお湯を沸かす。

 火力をマックスにしてるのになかなか沸かない。

 とりあえずこたつへ一旦退避し、タバコを一服する。

 吐く煙が何だか妙に物寂しさを増長させるような気がして、すぐさま灰皿にタバコを押し付けた。

 なんでこんなにも退屈なんだろうか。

 もうすぐ年が変わるというのに。

 鬱屈(うっくつ)とした気分のままこたつに突っ伏していると、キッチンの方からボコボコと沸騰したことを知らせる音が耳に届く。

 俺はカップ麺の蓋を半分まで開け、少し躊躇(ちゅうちょ)しながらも再びこたつから抜け出しコンロの火を止めに行く。

 熱々のお湯をカップ麺の容器に規定のラインまで注ぎ込む。

 もくもくとした白い湯気が眼前を覆い尽くす。

 そして一分待つ。

 ラベルには四分と書いてあるが、硬めが好きな俺は種類に関わらず待ち時間を一分にしている。

 時計を確認して、蓋を剥がす。

 麺と具を箸でかき混ぜるやいなや、すぐさま麺を持って勢いよく啜る。ものの数分で完食。

 正直言って物足りなかったが、部屋には大して食品が置いてあるわけでもないので、これで我慢するしかなかった。

 天板に顎をのせ、対峙しているゲーム作品のキャラクター『二階堂 春』の等身大パネルに目をやる。

 最近、流行りに流行っているアイドル育成ゲームの人気キャラである。

 どことなく雰囲気が彩夏に似ていた。

 それは彼女も感じていたらしく、半年ぐらい前に電話した時、「自分にそっくりのキャラがいてさあ〜」みたいな話をした。

 そして二週間ぐらい前のある日、バイト先のゲーセンでこのパネルを撤去することになったのだが、店長から「良かったら持って行かない?」と言われて、なんとなく持って帰って来てしまった。

 何だか情けない気分になる。

 俺は二次元キャラにまで彼女の姿を投影するようになってしまったのだ。

 気恥ずかしくなったので、天板に顔を埋めた。

 しばらくして、心地良い眠気がやってきたのだった。


 *


 顔をあげて大きなあくびをする。

 どうやら少し寝てしまったようだった。

 何だか視界がぼんやりしている。

 目の前には立っているのは……彩夏……!?

 左手で勢いよく目を擦る。

 そこにいたのは二階堂ちゃんのパネルだった。

 大きなため息をついて再び天板に突っ伏す。

 俺は何を期待しているのだろう。

 二次元キャラのパネルを彼女と見間違えるなんて、甚だ恥ずかしい。

 そして寂しい。

 一人で年を越すとは、こんなにもつまらないことなのだろうか。


「このパネルが化けてくれたらなぁ……」


 あり得ないことを呟いてみる。


「化けられるかもしれないよ?」


 聞き慣れた声がどこからか聞こえてきた。

 それは彩夏のもののような、あるいは二階堂春のもののような、どっちとも取れる声だった。

 俺はすぐさま顔をあげ、あたりを見回す。

 特に部屋の中は何も変わっていない。


(幻覚の次は幻聴かよ……)


 自分に呆れる。

 どれだけ彼女のことを俺は欲しているのだろうか。

 電話でもすれば良いのではと思うかもしれない。

 でも、それだけじゃ物足りない。

 やっぱり会いたいんだ。

 俺は再び天板に顔を突っ伏す。

 するとさっきの声で今度は、


「今から私が三つ数えるから、数え終わったら顔をあげてね」


 また、さっきの声が部屋のどこからか聞こえてきた。

 もう幻聴でもなんでも良い。


「カウントダウンを始めてくれ」

「じゃあいくよ、三」


 多分相当疲れてるんだろう。どうせ顔をあげたところでパネルに変わりはないんだ。


「二」


 この声が聞こえなくなったら、熱い風呂でも浸かってさっさと寝よう。


「一」


 カウントが終わるとすぐさま俺は顔をあげた。

 そして視界に入ったそれを見て、思わず自分の目を疑ってしまった。


「どう?上手く化けられたでしょ」


 あれほど待ち焦がれていたあの人が、得意げな笑みを浮かべて、両手を前の方に広げるポーズをしながら目の前に現れたのだった。

 すぐさまこたつから飛び出して彼女を抱きしめる。


「ちょっと!?」


 突然のことに彼女は動揺していたようだが、なりふり構わず抱きしめ続ける。


「会いたかった、本当に会いたかった……」

「私も、だよ……」


 大晦日の深夜、あと二時間弱で新年を向かえる今この時。

 俺たちは一年ぶりの再会を果たしたのだった。



「ちょっと(わたる)!いつまで抱きしめてるの!」


 彩夏は俺の背中をペチペチと叩いてくる。その声もどこか恥じらいがあって愛おしく感じる。


「ごめんもうちょっとだけ」


 何故だか彼女を離したくなかった。

 おそらく、これは現実じゃなくて夢なのではないかという疑念が頭にあったからだと思う。

 だから単刀直入に聞いてみる。


「本当に彩夏、なんだよね?」

「正真正銘、里美(さとみ)渉くんが大好きで大好きで堪らない、山岡(やまおか)彩夏ちゃんですよ」


 こんな妙な自信に満ちた台詞を吐くのは彩夏らしいので、本人である可能性が高いが、まだ俺が夢を見ている可能性も捨てきれない。

 躊躇(ためらい)いながらも抱擁(ほうよう)を解き、今度は彼女の身体のあちこちを触ってみる。

 もしかしたら、最先端の技術を駆使した虚像かもしれないから念入りに。

 相変わらずスタイルは良かった。

 出るところは出ていて、引っ込んでるところは引っ込んでいる。

 この辺は去年と全く変わっていないようだった。

 今度は顔を見てみる。

 何だかすごく赤いぞ、まるで熟したトマトみたいじゃないか、しかもそんなに身体を震わせてどうした。


「っきから…」


 小さい声でよく聞き取れない。


「何がしたいんじゃあああああ!」


 大きな声と共に力強い右ストレートが俺の顔面にクリーンヒットした。

 視界が(かす)んで行く、ああ、やっぱり夢だったのか。

 でも、相変わらずいろんなところが柔らかかったなあ。

 そうして俺は再び眠りについたのだった。


 *

「あ、起きた」


 目を覚ますとすぐ、彩夏の顔が視界に映ってきた。

 何だか安堵したような表情を浮かべている。

 どうやら彼女の膝の上で眠っていたようだった。

 むくりと起き上がって彼女を見つめる。


「ごめんね。さっきは思わず殴っちゃって」

「これって現実か?」

「まだ寝ぼけてるのかい?ネタならそろそろやめないと、私帰るよ?」


 彼女の目がマジになっている。これ以上余計なことを言えば関係に亀裂が入りかねない。

 一応、二階堂春のパネルの存在も確認したので、とりあえず下手な疑念は捨て去ることにした。


「良かった。結構力を込めて殴ったから、起きなかったらどうしようと思って」


 彩夏は不安半分、余裕半分みたいなニュアンスで話した。

 彼氏が丈夫な人間であることに感謝してくださいよ本当。


「てか、いつからこの部屋にいたんだよ。大体、帰ってくるなら電話してくれれば良かったじゃないか。空港まで迎えに行ったのに」

「サプライズだよ。サプライズ。合鍵持たせたくせに、部屋に入るのにはアポイントメントが必要なの?何だか、怪しい……」


 ジト目と妙な笑みを浮かべてこちらの顔を覗き込んでくる。


「そういうわけじゃないけど……心の準備ってのがあるだろ」

「渉くんはピュアですなあ」


 今度はニシシという言葉がピッタリな含み笑いを浮かべている。

 本当に一緒にいて飽きない奴だ。

 だから好きになったんだろうな。


 *


 俺と彩夏は手を繋ぎ、身体を寄せあいながら、こたつに入って『ゆく年くる年』を眺めていた。

 去年と代わり映えのない年越しだったが、それがすごく嬉しかった。

 大好きな人と二人で年を越す。

 絶対に叶わないだろうと思っていたことが、こうして現実になった。

 まさに奇跡としか言い表せないことだ。

 テレビから大きな除夜の鐘の音が響き渡る。

 そして、日付が変わった。

 俺たちは顔を見合わせて


「「あけましておめでとう」」


 一言だけ言って、そのあと久方ぶりに口付けを交わした。

 口付けを終えると、少し気恥ずかしくなって思わず視線を逸らす。

 そしてまた面と向かい合って、思わず照れ笑いする俺たち。

 それはそれはとても甘々な新年の始まりだった。

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