06話 ハイオクタンガソリン
隼風なら、ぼくらは確かに速度性能を上回る敵新鋭戦闘機相手でも五分に戦えた。
だが、敵重爆撃機の迎撃となるとまったく話は違ってくる。
もうどうしようもなかったんだ。
隼風の12.7ミリ二丁という武装は戦闘機相手のものだ。敵のやたらと頑丈な重爆撃機にいくら機銃を浴びせかけても効きやしない。やつらは平然と飛び続ける。
カイトが隼風を使って得意の背面垂直降下戦法で敵の【PB-17】爆撃機を落とした時は、味方の方が驚いたくらいだ。
工業力の差が残酷に突きつけられた。
皇国には敵重爆連合を落とせる対爆撃機用の重戦闘機が無かった。
エンジンがダメだった。排気タービンも、燃料もダメだった。
特に燃料の問題はキツかった。
皇国の工業力では、せっかく高性能に作り上げたエンジンに、高出力を出させるために必須の、高オクタン価のガソリンを製造できなかったのだ。仕方なくオクタン価の低いガソリンを使う。
するとどうなるか、たちまちエンジンは異常燃焼による不調をきたし、焼け付きかけて、がぶり始める。対策は馬力を落とし、全力運転をしないこと。
馬力が無いから、強力な重い武装が積めない。防弾板も防弾装備もろくに付けられない。それだけならまだいい。そもそも高空を高速で侵入してくる敵爆撃機に、こちらは追いすがるのもやっとで、エンジンが息をついてまともに機動できない。
まるで、あっぷあっぷと溺れているような惨状だった。
逆にこっちの非力な爆撃機は鴨撃ちに落とされる。
ガダルカナル島ヘンダーソン飛行場および連合軍艦船を目標とした攻撃作戦に投入すればするほど落とされた。
そのせいで優秀な仲間が大勢死んだ。
はじめから死ぬために飛び立つような戦いが続いた。
厳しい選抜をくぐり抜け、苦しい訓練をこなし、開戦からずっと戦ってきた熟練搭乗員たちが、一度の作戦に100人単位で投入され、捨て駒のように死んでいった。
敵爆撃機の侵攻を止められないので、まもなく戦闘機は飛び立つ前に一機残らず空爆で破壊されてしまうようになり、手も足も出なくなり。
我が国はとうとう力尽きて、基地も飛行場も放棄して。南洋諸島の勢力圏を手放すことと成り果てていった。
その時、ぼくら搭乗員は、すでに乗る飛行機が無いのに、やることもなくただ生き残っているという、なんとも間の抜けた格好となった。
すると今度は、陸戦隊として再編成された挙げ句、ぼくもカイトもそれぞれ陸戦の小隊長なんてものを任命されてしまったので「こんなよくわからん島の陸戦で死ぬのか!」「あんまりだ」と二人してヤケクソ気味になっていた。
とは言うものの、空爆が一通り終わってしまうと、後はとにかく暇でやることがないので、仕方なく軍刀を機械部品の研磨用に置いてあったオイルストーンで磨いてみたり、切れ味を試してみたり、振り回してチャンバラ遊びに興じておったりした。
するといつしかカイトが牛若丸で、ぼくは拾ってきた竹ざおを持った弁慶という役回りとなった。
「うおおお。いよいよ今宵めは千本目となる。やや、めでたき獲物が来おったわい。やいやいこわっぱ、その腰の立派な剣を置いてゆけぇぇぇ~~~!」
ぼくは即興でデタラメなセリフを、カイトに向けてめいいっぱいの低音で唸りつけてやった。
我ながらなかなか上手いなと思った。
そして薙刀代わりの竹ざおを構えて大げさに見栄を切って見せると。
カイトはすぐに察して小枝を拾い上げて、横笛代わりに口に当て目を細めた。
「かかってきなさい」
お? やる気だな。
そしてカイトは、まるで本当に高下駄を履いているかのように、しゃなりしゃなりとしなやかな動きで歩を進め、じわりじわりと、ふたりの間合いを詰めていく。
ぼくもそれに合わせて「ぐぬぬぅぅ~」と睨みを効かせながら、カイトに対して反時計回りに足を運んで隙を伺う。ゾロリと土くれを擦る音が鳴り、モワモワと土煙が風にたゆたう。思ったよりずっと臨場感が出てきておもしろい。
そして一歩踏み込みながら。
「いざ! えい! ぐおあぁぁぁぁ!」とカイトに斬りかかる。
ぼくが大上段に構えてから、ぶおんと竹ざおを振り回す、カイトは打ち合わせもしていないのに、ひらりふわりと躱してみせる。
その姿に「おお!」とつい目を奪われると、あっという間にぼくの背後に回り込まれた。
カイトはスッと横笛代わりの小枝をぼくの首筋に当て
「そのような、こころざしのない力では、わたしを斬ることはできません」
舞台役者顔負けの、静かな、それでいて凛としたよく通る声で告げる。
思わずぼくが
「あいや参りましたぁぁ、この弁慶めをどうか家来にして下さいぃぃ~!」というと。カイトは、あははと笑い出して喜び。
「いいよ! 弁慶、さぁ我に付いて参れ!」と嬉しそうに言った。
ぼくは「ははぁ~~」と大げさに平伏したあと、カイトとふたりで爆撃跡の穴ぼこだらけの荒れ地を、いくさ場を目指す義経と弁慶気取りで練り歩いた。
なんだかとても気分がいい。
さすがカイトは何をやらせても様になる男だなぁ。きっと本物の牛若丸もカイトみたいな男だったんだろうなぁ。なんて心底関心してしまった。
他のみんなも活劇で見知った剣豪やら侠客やらと好きに扮してカタナを振り回していたので、基地の広場はまるで青空演芸場みたいになった。
そんなわけで、飛行機が無きゃぼくらはどうしようもない。
諦めきってしまうと、かえって気楽なもんで、子供のように無邪気にはしゃぎならが次の作戦指令を待っていた。
太平洋の戦局は悪化の一途を辿り。
ガダルカナル島の惨劇、マーシャル・ギルバート諸島防衛線の崩壊。
そうこうしてるうちに慌てて輸送機がやって来て、ぼくら搭乗員だけ乗せて連れて行かれた。
行き先は皇国本土だった。
北は千島列島からサイパン島のあるマリアナ諸島・カロリン諸島・西部ニューギニア、ビルマまでを範囲とする皇国本土の重要拠点を守るための防衛線。
いわゆる【絶対国防圏】を破られた今。
次は銃後の皇国民が空襲に晒される危険が。
脅威が。
刻一刻と近づいていたからだ────。




