14話 コンバット・ボックス
────今日も一瞬の駆け引きにぼくらは勝った。
わが第三小隊はそれぞれ1機ずつ撃墜だ。
僚機たちは戦果の確認も早々に帰路に着く。
ここは敵護衛戦闘機による完全なキルゾーン。用が済んだら即離脱だ。
ぼくは二番三番の僚機が帰路についたあとも、さらにダイブからの反転による再攻撃を加えて、計3機の爆撃機を食ってやった。
麁正の一回の出撃においては十分過ぎる成果だろう。
もう速度も失い過ぎてしまい、本来なら後は帰還するしかないのだが……。
────だが、まだ足りない!
まだ敵爆撃機は12機ずつ固まった編隊が、いくつも悠々と高空を巡航しているではないか!
まるで大海を泳ぐマグロの集団回遊を思わせるそれは。
『コンバット・ボックス』と呼ばれる防御密集編隊の群れだ。
『三機』『三機』
『三機』『三機』
と、四つが菱形の頂点となって合計12機で作られるフォーメーション。お互いの主翼同士が触れ合いそうなほど近距離に集まって飛ぶ。
それはやつら爆撃機が防御機銃の弾幕の密度を上げて、ぼくら迎撃機の接近を阻止するがためにガッチリ組んだ徒党だ。
それを見ると、猛然とぼくの中から震えるほどの闘志が湧き上がった。
「こいつらを、まとめて叩き落してやる!」
操縦席側面、スロットルレバーの向こうに据え付けられた赤札のピンを引っこ抜く。
先日、新たに配備されたこの『麁正Ⅱ型』の新機能。
【緊急加速装置】
動力を失った後でも、敵の追撃を振り切れるように搭載された非常の奥の手だ。
主エンジンの甲液,(過酸化水素)タンクの最深部に残る僅かな甲液を、通常の触媒室とは別の緊急噴射ノズルへ送り込む。いわゆる『単元推進系』だ。
たった20秒程度の短い噴射でしかないが、この分解によって生成された水蒸気と酸素ガスの混合物は、摂氏600度以上の高温になり、同時に体積が急激に膨張することで高圧ガスを発生させ、燃料切れ後の滑空状態からすれば劇的な加速を得る。
体がシートに押し付けられた。
「いいぞ!」
上手く『コンバット・ボックス』上後方からの追撃する形となった。
グングン接近する。
チャンスは一度きりだ。
麁正の翼下には24発の対空ロケット弾がある。
こいつは強力だが使い所がすこぶる難しい武装だ。
通常の機銃や機関砲の射弾ならば、真っ直ぐ飛ぶ。
厳密には若干の放物線を描きはするが、零号戦の20ミリのようなションベン弾の例外を除けば、狙った場所へと飛んでいく。
命中を期待できる。
だが、ロケット弾は零号戦の20ミリどころではない、音速以下のノロノロな初速しかない。
敵も自分も高速で飛び交う戦場で、こんなノロいものを撃ち出して、狙って当てるなんてのはほぼ不可能だ。確実に当てるつもりなら使い方に工夫が必要になる。
通常なら【ヘッドオン】つまり敵と正対して真正面から突っ込む形。
絶対に回避されない正面から殴りかかるつもりで浴びせかけるしかない。
とは言え、麁正でそれは出来ない。
空の一点に敵機が見えたと思った瞬間、もう通り過ぎてしまう。
あまりにも相対速度差が大き過ぎるのだ。
音速を超える速度ですれ違っては、悠長に狙いを付けるどころではない。
では、追いかけてはどうか。
そうだ。空戦は犬同士が追いかけあう様に似ていることから『ドッグファイト』と言われるぐらいだ。
確実に狙いを付けたければ、相手の後ろに付けば良い。後ろからじんわり近づいて撃つのが一番の理想だ。
ロケット推進の麁正では、じんわり近づくってのは無理だが、それでも正面から狙って一瞬で通り過ぎてしまうよりは遥かに現実的だ。
ではなぜ爆撃機相手に誰もそれをしないのか?
敵もそんなことはお見通しだからだ。
絶好の射撃位置となる爆撃機の後ろ側。
最後尾の先端部分には、しっかりと後方に睨みを効かす防御銃座が構えてある。
しかもそこに据えられている【ブルータルスM2 12.7mm機関銃】の『対空』有効射程は約820メートルもある。静止目標なら1500メートルでも余裕だろう。
のんきに後ろからじんわりと近づこうものなら、ハチの巣にされる。
さらに合衆国の最新型爆撃機である【PB-29】は、当時の他の爆撃機にはない先進的な中央射撃管制装置を備えており。
弾道計算コンピューターが
『弾丸の落下』
『風の影響』
『見越し角』
『視差』(照準器と銃塔の物理的な位置のずれ)
を自動的に計算して補正できる。
これにより、従来の手動照準に比べて命中精度が大幅に向上し、
皇国の戦闘機の一般的な有効射程,(約360メートル程度)よりも遠い約820メートルの範囲内で効果的な防御射撃が可能なのだ。
ぼくら迎撃機がPB-29に「真っ直ぐ近づく」ことは死を意味する。
……だがこちらの対空ロケット弾の威力だって絶大だ。
ただでさえ強力な麁正の主武装である『30ミリ機関砲』ですら目じゃない。
5kgの爆発・破片弾頭のもたらす広範囲な破壊力は、炸裂する155ミリ榴弾砲の威力に匹敵する。しかも重い砲身も射撃反動のペナルティも存在しない。
目標近傍範囲内に達すれば自動で起爆する近接信管なんて上等なものは付いていないが、600メートルの固定距離を進んだ後に爆発するよう設定されている。
こいつを「コンバット・ボックス」編隊の中心にばらまいてやる。
──効果が最大となる、やつらの中心でロケットの炸薬を爆裂させるのだ!




