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還らざるロケット推進戦闘機隊  作者: cyanP


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13話 運命の矢


 ふわりと訪れた肌寒さに我に返る。

 いつの間にか、湖面には霧がかかり、温度はずいぶんと下がっていたようだ。


 カイトは相変わらず湖面を撫で続けて、物憂げにしている。


 どこからか銀木犀ぎんもくせいのやさしく儚い、蜜のような香りが流れてきていて、僕らを包み込んでいた。


 むかし読んだ小説に、水辺に生える銀木犀の大木の物語があった。


 大きな大きなプロキシマ・ケンタウリの銀木犀。

 星祭りの夜、少年たちはその香りに誘われて、ボートに乗ってその木を訪れ、やがてその木は彼らの秘密の隠れ家となる。

 その大木のうろから流れ出る、夜露の混ざったうす甘い蜜を飲むと、不老不死になって永遠に木のそばで遊び続けられるという────。


 あの物語は…、あの少年たちは……。どんな結末を迎えたんだろうか……? 

 確かに最後まで読んだはずなのに、いつのまにか忘れてしまった。


 ────銀木犀の香り、それは夏の終わりを告げる香りでもある。

 


 ……夏が終わる──。


 そうか……、もうすぐ何もかもが終わるんだ。


 ねえカイト。

 ぼくたちは迷わず、この湖面に浮かぶ篝火をみつけられるのかな?────。






 ◆






 いよいよ敵の空襲は当初の軍事・軍需施設を狙ったものから、帝都への無差別爆撃を皮切りに、大阪、名古屋などの中小都市全体を狙った爆撃へと移り変わって行った。


 これらの空襲は、焼夷弾を用いた無差別爆撃であり。


 つまるところ、もう……。


『戦闘行為』ではなく『民間人の大量虐殺』を目的としたものへと変貌したのだ。


 それは『第2段階』と呼ばれ。

 皇国のすべてを焦土に変えるべく、甚大な被害をもたらしはじめる。



 ぼくたちの部隊が10や20の爆撃機を落としてもおかまいなしに、敵は500機の大編隊で押し寄せてくるようになった。


 爆撃機だけで500だ。

 それとほぼ同数の護衛戦闘機も付いてくる。


 『戦爆連合』というやつだ。


 それでもぼくらは諦めない。

 先日、帝都大空襲で10万人の死者が出たのだ。


 10万人だ……。 


 10万人が生きたまま焼夷弾で焼かれて死んだのだ。 


 やつらが投下した8500発のM19集束焼夷弾は、高度約700メートルで開裂、ハチの巣状にギッシリ格納されているナパーム油が充填された38本の鋼鉄製六角柱の筒,(長さ約51センチ、直径約8センチ)のM69焼夷子爆弾となって、32万7000発が帝都の上に降り注いだ。


 その子爆弾は民家の屋根を突き破り屋内に侵入、

 遅延信管により床の上で倒れて炸裂、きわめて高温で燃えるゼリー状のゲル化ガソリンの火の玉を火山弾のごとく噴出する、それは30メートルにも達し、周辺一面にへばりついて強引に炎上させた。


 目的は民間人の皆殺しだ。


 地獄。


 一家団欒の家々も、見慣れた路地も、学校も病院も

 あっという間にあたり一面、真っ赤な炎に飲み込まれ火炎地獄となった。


 女が、子供が、老人が、赤子が、妊婦が。

 水では消えない、一度付いたら取れない燃え上がる粘液を振りかけられて、生きたまま猛火に焼かれて死んだのだ。


 やつらはそれをわざわざ追い込み漁を行うように帝都の下町を周囲からドーナツ状に焼き進み

 周到に民間人の逃げ場をなくしてから、とどめを刺すべく中心に向かって焼いて焼いて焼き払いまくった。


 やつらの飛行する数千メートル上空まで、人間の肉が焼けるニオイがしたという……。



 ────ここで諦められるはずがない。


 敵がどれだけの大群で押し寄せようと、500機でも1000機でも関係ない。

 たとえ僅かな抵抗でも、一機でも多く撃墜する。

 やつらを落とせば、それだけ都市への無差別爆撃の犠牲が減る。


 一機でも…、一機でも多く……。叩き落とす。


 空を這う邪悪な蛇どもめ。

 この神剣麁正の刃が折れるその時まで、その首を叩き斬ってやる。斬って斬って斬り落としつづけてやる──。





 今日もぼくらは空に上がる。

 発進がかかったとき、カイトが珍しくぼくを呼び止めた。


 何事かと思って振り返るとカイトは穏やかに笑っていた。


 そして

「なにがあってもぼくたちは一緒だ」と言った。


「うん、一緒に死ぬヤツのツラを最後によく見ておこう」

 ぼくは答えてカイトの顔をわざとらしくのぞき込んだ。


 カイトは笑ってぼくの肩にパンチした。


 そうだ、ぼくらは一緒だ、空に居ても地上に居ても。決して心の編隊は解かない。

 忘れたことなんか一度も無いよ。

 ぼくは手を差し出して、カイトの手を強く握った。

 カイトは優しい目でうなずき、ぼくを引き寄せて今度は手のひらでぽんぽんと背中を叩いた。


 麁正隊が発進していく。

 ぼくの小隊は3番目だ、カイトの小隊は4番目。

 いつもはカイトが先に飛び、その後をぼくが追うのに。今日はなんか変な感じだ。


 この中の何人が今日、帰ってこられるか分からない。

 だが、ぼくらは諦めない。

 ぼくらが生き残っている限り、ただでは皇国の空を飛ばせないぞ。



 


────通常、麁正による爆撃機への攻撃は1回の出撃で1回だ。

 ロケット燃料のわずかな持続時間ではその1回のチャンスを確実に決める攻撃が基本となる。


 だが条件が良ければ2回攻撃できた。


 ダイブのエネルギーを使って反転上昇し、再度攻撃を仕掛けるやり方だ。だが、これにはかなり無理がある。カイトみたいな天才は普通にやってのけるが、常人ならやらない方がいいに決まっている。


 貴重な高度で得たエネルギーは離脱に使わなければならない。

 だのに、それを再攻撃に使ってしまえば。

 ロケットを使い切った麁正が、無理な再攻撃で速度を失えばどうなるか──。


 分かっていた。

 みんな分かっていた……。

 それでも一機でも多くの爆撃機を落としたかった。

 そうやって多くの仲間が空に散って行ったのだ。



 …………その番が、とうとうぼくにもやって来たらしい。



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