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還らざるロケット推進戦闘機隊  作者: cyanP


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12話 少女シュウ


 会合は終わった…………。


 茶室を出ると一陣の風が吹き抜け、ザワザワと笹や竹藪の葉を揺らす。


 幽世かくりよに吹く悠久の流れを思わせる風。


 うっかり場違いな舞台を訪れたぼくの粗相を、神々に掃き清められているかのようにすら感じる風だった……。


 手水鉢ちょうずばちの水面が波立ち、こぼれ落ちたしずくが、水琴窟すいきんくつへと滴り落ちてポーン…、ポポーン……、と心を癒やす音がする。

 地面の下から澄んだ音が共鳴してくる不思議な仕掛けが埋められているのだ。


 もちろん、そんな知識がぼくにあるわけもなく、みんなカイトに教えてもらったことなのだが。


 おそらく今日、この時間。

 カイトと一緒にここに訪れる選択を取らなけらば、一生知ることの無かった世界だろう。


 例えこの上空を飛行機で何度行き来していようとも、その下にどんな世界が広がっているかは、実際に訪れないと何もわからない。空からはいくらでも見えていただろうけど、何も見えていなかったという事実に、告げる二の句すら思いつかなかった。


「郊外とはいえ、こんな現世と隔絶した耽美な場所があるんだな」

 ぼくはつぶやき、地に足がつかないような実感のない心持ちに囚われていた──。




 ……すると青竹が林立する深い緑の背景に、目の覚めるような艶やかな桃色の着物を着た少女が立っていた。


「お兄様…」


 彼女はカイトに声をかける。

 ぼくはそのカイト似た雰囲気を持つ、美しい顔立ちの少女に目を奪われた。


「紹介する『シュウ』だ。ぼくの一つ下の妹だ。彼は前から話してた僚友のドウシャ」


 カイトが互いを紹介してくれる。

 その言葉は、すでにぼくの耳には入っていなかったが。

 きっとまばたきも忘れていただろう。


「はじめましてシュウと申します。ドウシャ様には兄がいつもお世話になっております」


 そういうと彼女は伏せていた目をこちらに向けた。するとぼくの目線と電気が通るように繋がった。その瞳は驚くほど澄んでいて、強い熱を帯びている。ぼくはその瞳に見据えられて動悸が早まり、金縛りにでもなったように動けなくなった。


 そしてなぜか、初めて会ったわけではない気がした。


 「あのどこかで……」ぼくが言いかけた次の瞬間、彼女はバッと音が出るほどの勢いで視線を地面に叩きつけた。

 その頬は熟れた林檎のように赤く染まり、握りしめた拳は小刻みに震えている。


「おいおい、そんなに妹をからかうなよ」


「い、いや失礼。以前何処かでお会いしたことがあるような気がしたものだから」


「ははは、ドウシャも隅に置けないなぁ」


「違うってそんなんじゃなくて……!」


 ぼくとカイトがそんなやりとりをしていると、彼女は赤らめた頬もそのままに、大袈裟にそっぽを向いたかと思うと。


「わ、わたし、軍人は嫌いですの。だって偉そうなんですもの」


 と言い放った。


 え?


「おいおい、ぼくの友人だぞ。失礼じゃないか、なんだその態度は。ちゃんと挨拶しろ」


「お兄様こそなによ。久しぶりに逢えたと思ったら、こんなの連れてきてッ」


「こんなのッ!?」


 思わず声に出た。自分でもびっくりした。

 ぼくは今まで、年の近い女の子に対し、このように相対する機会がなかった。

 ……その必要性も感じたことがなかった。


 当然、こういう場合も挨拶意外の言葉を出す用意などまったくありはしなかったのだが。

 そんな躊躇を飛び越えて、素っ頓狂な声が先にとび出してしまっていた。

 空戦でいきなり銃撃されたって別にこれほど驚いたことはない。

 それぐらいの衝撃を受けた。


「なんだよ、その格好。今日はわざわざ一番気に入りの桃色を着てくるなんて、気合が入ってるなと思ったのに」


  カイトが茶化すように言うと、シュウの肩がびくりと跳ねた。


「……た、たまたまですわ! 洗い替えがこれしかなかっただけですっ!」


 軍人が嫌いだという割には、ずいぶん派手な格好でやって来たものだ。 僕は彼女の必死な言い訳を聞きながら、そのちぐはぐな態度に呆れるしかなかった。


 それというのも、ぼくの今までの人生で出会った女の子はみんな、男以上に苦労している子たちばかりだったからだ。


 この不景気の時代、村の娘たちはもっとずっと小さな頃から年季奉公に出され礼儀作法を厳しく仕込まれていたし、奉公と騙されて口では言えない辛い所に連れて行かれたという話も……。

 それがぼくの知っている『女子』だった。


 そんな自分にとって

 暗い時代や世間なんてものをハナから知ったことかとでも言うような彼女の礼儀知らずな振る舞いは。山道を歩いていて唐突に茨の棘に引っかかり、無理やり引き戻される。あのなんともいえない苛立たしい気分に近いものを感じた。


 ぼくの顔はすっかり目がつり上がっていたかもしれない。

 こんな娘、大嫌いだ。


「おいおい、やめろよ。なんでぼくよりお前らのほうが喧嘩っ早いんだよ?」


「お兄様がシュウに意地悪なさるからいけないのよ!」


「してないだろ。ちゃんと紹介してるじゃないか。なに怒ってんだ」


「嫌よ、もっとお兄様にふさわしいご友人がいくらでもいらっしゃるでしょう?

 今まで茶会にお呼びになられたことなんて一度も無かったのに! どうして!?

 なんでよりによってこんな……」


(ここで値踏みするようにドウシャに一瞥くれて)


「シュウの嫌いな軍人なんかと引き合わすの? お兄様はシュウのことがお嫌いになられたんだわ! きっとそうよ。そうに決まっているわ!」


 彼女は少し声をうわずらせてカイトを捲し立てた。

 まるでキャンキャン吠える小型犬みたいだ。


 そしてこの時ぼくは、はたと気がついた。


 ────!


 ぼくは普段、他人の心の機微などにはまるで疎くて、後になって

「あれは察しがまずかったな、悪いことしたな」と反省することが多い性質なのだが、このときは驚くべき早さでピンときた。


(ははーん。なんだこの子。カイトをぼくに盗られたと思って妬いてるのか……。とんだお子様だな)


 ぼくがわざと半笑いになって、小馬鹿にした視線を送ると。

 彼女はキーッと精一杯に目を大きく見開いてぼくを威嚇してくる。


 さっきまでカイトと生きてる世界のあまりの違いにショックを受けていたが

 このオッペケペーを見ていると急に元気が湧いてきた。


「ドウシャ、許してやってくれ。こんなんだが、歌劇団なんぞをやっておって、これでも世間じゃ名が通ったやつなんだ。ちょいとクセが強いがな。いつもはもっとちゃんとしてるんだが。参ったなこりゃ」


カイトは本気で狼狽しているようだった。 彼は何度か妹の顔を覗き込み、何かを確認しようとしては、困り果てたように眉を下げて溜息をつく。


 話を聞くに彼女は劇団相手に労働争議を勝ち抜いたほどのしっかり者だという。そんな女性が、初対面の男を前にして、まるで噛みつかんばかりの小型犬のような態度を取っているのだ。 カイトにしてみれば、自慢の妹が見せている「想定外の不作法」に、案内役として面目丸潰れといったところなのだろう。


「お兄様ひどい!『歌劇団なんぞ』ってどういう意味ですの? シュウの事を悪く言うのはまだしも、歌劇団を愚弄するのは、たとえお兄様であっても許しませんよ!」


 彼女はすかさずカイトの脇腹をキュッとつねった。

 そのあまりにも自然で躊躇の無い動作を目の当たりにしたぼくは、思わずプッと吹き出してしまった。


「悪い悪い! そういう意味じゃ無いんだ。ドウシャがな? 知らんと思ってな?」

 カイトは身を捩って、なよなよと弁解している。



 おもしろい。

 どうもカイトは妹には弱いらしかった。

 こんな姿を見るのは初めてだ。

 誰かに圧倒されているカイトは興味深かった。


 これが兄妹というものなのか……。

 空を無双するカイトですら、妹の前ではこんなどこにでもいる『お兄ちゃん』になるんだなぁ──。


 そして、ふとぼくの頭に、すっかり思い出すことをやめていた妹たちの面影が浮かんだ。


 なんでだろう?

 もう詮無いことだからと遠ざけていた、かつてあった自分と世界の繋がりが、突然にぼくの心の中に顔を出した。


 そうだ。

 自分も兄だったんだ。


 離れ離れになった妹たちの面影。


 「お兄ちゃん」と呼ばれた記憶。


 小さな手を繋いで帰った夕日のあぜ道。


 ぎゅっと握られた手の、ふよふよと柔らかい甲をいたずらに親指で撫でた感触。


 それが、ところどころぼやけながらも鮮明に蘇る──。


 ──あの子たちは、今どうしているだろう…………。




 なんだか狐につままれたような不思議な時間だった。

 空の中で夢見る、あり得るはずもない運命の、その枝がわかれたずっと先にある……。

 温かい自分の未来に触れたような気がして、ぼくは幼子のように足がすくんだ。





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