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第6話 『崩壊の序章』

 舞踏会から一ヵ月……ボーズドウフ邸の自室で朝から僕は開拓の準備を進めていた。予定だと今日中に開拓の志願者が到着することになっている。そして明日はいよいよ彼らを引きつれ開拓予定の村に向かう。


 村の名前はドリス村だ。


「いよいよ大詰めだ」


「はいっ! やってここまで来ましたね」


「うん。やっとここまで来た」


 不安だった。魔法も使えなくて、周囲に馬鹿にされている自分が。このままずっと一生何もできないで生きていく未来が。だからこそ何かを成し遂げたかった。


「ありがとうマリア。君のおかげでここまで来れた」


「そんなことありません。全てリオン様のお力です」


「それは違うよ。もし君がいなかったら、きっとどこかで心が折れてたと思う。これが自分だ。この程度が自分の限界で、分を弁えて生きていこうと、挑戦もせずに終わってた」


 そこまで言った時、目を涙で腫らしたマリアが花のように笑っているのを見て僕は恥かしくなって目をそらした。


 *


 いよいよ午後か。そろそろ開拓志願者たちが到着する頃かな。そんなことを思っていたその時、ドアがノックされた。マリアがドアを開けると父の使用人が立っていた。こんな時に何の要件だ?


「ご当主様からのお呼び出しです。今すぐ帝都に来て下さるように願います」


「父上が……しかし今日が開拓の初日だということは分かっているはずだ。なぜ突然呼び出しが?」


「それについてはご当主様自らがお話になるとのことです」


 慇懃無礼に頭を下げる使用人の前で僕は戸惑っていた。一体どういうことだ。予算も計画の詳細も全て紙面で提出し許可を頂いたはず。湧き上がる胸騒ぎに動揺していると、不安げな顔のマリアが視界に入った。


 心の中で自分に喝を入れる。どちらにせよいくしかない。開拓志願者についてはマリアに託そう。彼女にも計画の全てを共有してある。ギル爺もいるし二人なら大丈夫だ。今は帝都に向かわなければ。


「分かった。マリアもうすぐ到着する志願者達をドリス村まで連れて行ってもらえるかい。後の事はギル爺と協力して欲しい。僕も終わり次第すぐに向かう」


「かしこまりました。リオン様もお気をつけて」


「うん」


 その後は早かった。念のための計画を確認しながら、ギル爺に事情を説明するための手紙を書き、そのまま着替えと最低限の支度を済ませ、帝都の舞踏会に行くときにも使った転移陣に飛び乗った。


 一瞬で視界が切り替わる。帝都の別邸だ。慣れない匂いが鼻腔を通り別邸に来たことを自覚させる。


 無言で先を往く使用人の後に続き部屋を出た。真っ赤な絨毯が引かれた階段をのぼりながら、呼ばれた理由をあれこれと考えているうちに父上の書斎に辿り着いた。


「失礼いたします」


「……入れ」


 華美に装飾された重い扉が開かれると、ボーズドウフ辺境伯の統治者である父が奥に座っていた。


 呼び出しておいて僕に興味がないのかその視線はテーブルの上にうず高く積み上げられたムーンドール金貨に向けられていた。それにしても凄い枚数だ。どれほど領民から搾取し、賄賂を受け取ったのか。


「くるのが遅いぞ」


「申し訳ありません。開拓の引継ぎを行っておりました」


「そんな些事どうでもいいわ。明日、皇帝陛下の名のもとに決起式が執り行われる」


 ムーンドール帝直々に? しかも明日だって!? そんな重大な催しなのにまた前日連絡……まあ慣れたことだしいいか。


「決起式と言いますと?」


「四年前に我が国が滅ぼした国は知っているな」


「フェルゼーン王国のことですね」


 フェルゼーン……僕が今まさに成果ゼロの研究をしている呪術の発祥の国だ。半世紀以上前に建国されて以降、度々ムーンドール帝国と戦火を交えた王国。


「五年前のアスピアの戦いは覚えているな」


「ええもちろん」


 五年前フェルゼーンは電光石火の進軍でアスピア辺境伯領を襲撃した。南東を統べるアスピアと北東を統べる我らがボーズドウフ、どちらもフェルゼーンの進軍ルートになり得た。


 当時はシェリルの父である前当主が病死した直後であった。よってアスピア辺境伯領が王国に貫通され、軍勢は中央ムーンドールまで侵入した。誰もがフェルゼーンの優勢を疑わなかったらしい。


 しかしフェルゼーンの神速の進軍は、そこで止まったのだ。


 中央ムーンドールを統べる公王バフェット……皇帝ムーンドール以外のただ一人の超越者によって軍は完全に立ち往生し、そこに持ち直したアスピア辺境軍の逆撃によって、中央と南東つまり左右からの挟み撃ちにあったのだ。


 これをもってアスピアの戦いは終結し、フェルゼーンは衰退の一途をたどり四年前に滅亡した。


「その野蛮で下等な国の残党がはるか北東に新たな国を建国したらしい。国の名はサンシオとかいうそうだ」


「あの国はアスピアの戦いで負けて以降、空中分解したはずですが」


「ああ。あの戦争に敗北した後、我が国へと寝返った者が現れた。中央ムーンドールで所領を貰ったデビウス男爵家がそうだ」


 聞いたことがある。フェルゼーン戦争に負けたフェルゼーンは国王派と国教派、中立派に分裂し泥沼の内紛が起こり滅亡した。その滅亡を速めたのが中立貴族の裏切りだったらしい。


「どうやら件の新興国はフェルゼーンの国教である陽教の教徒どもが中心の国だそうだ。皇帝は帝国に盾突く狂人どもを滅ぼすべく決起式を行うこととした」


「それが明日という訳ですか」


「決起式では各貴族が皇帝へ忠誠の品として献上品を捧げる。わしとマルコムとお前は当然出席だ。殿下の前に出ても恥ずかしくない服を用意しろ。分かったらもういけ」


「かしこまりました」


 当主の命令には逆らえないので、素直に一礼する。しかし僕の参加を当然と言うほど父上は僕を重要視していたか?


 何か引っかかるものを感じながら部屋を辞した僕は決起式の準備をすることにした。


「さあどうする。マリアは居ないし、屋敷の使用人が僕を手伝ってくれるとは思えないし……ひょっとして終わったか?」


 ……こうなったら最後の手段だ。できれば会いたくなかったけど仕方がない。思い立ったが吉日、僕は支度をして別邸の馬車に飛び乗った。


 *


「……で、わたしはマリアとかいう使用人の代わりというわけか」


「……あいにく僕には人望がないもので。ぜひアスピア卿のお力をお借りしたいなぁと……」


「はぁ~。分かった、もう黙れ」


「誠に申し訳ありませんでした!」


 マリアなき今、誰も頼れる人がいなくなった僕は唯一頼れるかもしれない人物の邸宅にいた。その人物こそアスピア辺境伯の領主にして元婚約者であるアスピア・ド・シェリルである。


 不機嫌そうに胸の前で腕組をしてムスッとしている彼女を恐る恐る窺う。


「まあ、礼装くらい見繕ってやろう」


「本当に、ありがとうございます……助かります。やはりアスピア卿は頼りになるなあ」


「ふん、まあ分かればいいんだ。なんならわたしが街の衣装屋までついて行こうか。もう昼は過ぎたが、お茶の一杯くらい付き合ってやってもいいぞ」


 そっぽを向きながら、綺麗な水色の髪の毛先を指でくるくり弄っている彼女に再度感謝の意を表したいと思った時、一人の使用人がそれを遮った。黒髪の長髪に青白い顔。身なりを見るにアスピア家の執事か。


 どこか妙な雰囲気の人だな。どちらかというと執事より神父や聖職者と言われた方がしっくりきそうだ。それにしても生気のない目だ。


「なりませんお嬢様。明日は決起式本番。そこの恥さらしに付き合っている暇はございません。そこの男と違い、お嬢様は辺境伯。準備すべきことが多くございます」


「言いすぎだ。ペドルス。明日までになすべき予定も支度も全て頭に入っている」


「それでしたら、わたくしめから申し上げることはございません」


 それきりペドルスと呼ばれた執事は部屋を去っていった。


「すまなかった」


「いいですよ。言われ慣れてるし、実際たかり屋してる真っ最中ですしね」


「そこで怒らないから舐められると先ほど言ったばかりのはずだが?」


「いやはや申し訳ない」


「まったくお前にプライドはないのか」


「ちゃんと張りたい見栄も譲れないものも持ってるよ」


 呟くようにいったつもりが、思ったよりはっきりと声が出てしまった。シンと静まってしまった部屋で僕がおろおろしだした時、彼女が小さな声で呟いた。


「そうか。ならよかった」


 普段の鷹の様に鋭い眼差しをしているシェリルのほっとしたような顔に僕は一瞬息が詰まった。とりあえず空気を換えるために先ほどの話を蒸し返そう。


「そうなると服どうしますかね?」


「向こうの仕立て屋を呼びつければいい」


「さすが大貴族様だ」


 キラキラと尊敬の眼差しで彼女を見つめると、照れたのかせっかくこっちを向いていたシェリルが再びそっぽを向いてしまった。彼女は小さいころから変に照れ屋な所がある。


「ここまでしてやるんだ。仕立て屋が来るまでの間、お茶に付き合え」


「よろこんで」


 そう言ってしまったのが僕の運の尽きであった。お茶とお菓子が届くや否や彼女の怒涛の自慢話が始まったのだ。


「此度の決起式では大貴族は皇族に献上品を用意するんだ。聞いて驚けアスピア家は魔馬百頭だ!」


 大興奮でドヤ顔するシェリルに苦笑いしながら、内心で結構びっくりした。凄まじい数だ。アスピア辺境伯は魔獣と馬の混血である魔馬で有名で、その魔馬に乗った騎馬隊は一騎当千と誉高い。とても飼育が難しく、幼少期は結界の外の自然で育てなければ死んでしまうらしい。


 目を輝かせながら夢中で語るシェリルを見ながら本当に彼女は自分の領地が好きなんだなと僕は思った。


「で、貴様の所はなにを献上するんだ」


「え?」


「ボーズドウフ辺境伯の献上品だ。お前の所だけ献上品の情報が入って来ないのだ。先日の舞踏会でフィリップ皇子と愛娘を躍らせたヨギル伯は、それはもう凄い献上品だぞ。海の珊瑚に宝玉の数々、それに対してナズベル辺境伯は最低限の献上品で済ませるようだが」


 なるほどヨギル辺境伯は唯一海を持つ辺境領、流石の財力だ。ナズベル辺境伯も鉱山地帯で有名でその気になればヨギル伯に劣らない物を用意できるはずだが……


 その時僕の頭に舞踏会の光景がよみがえった。大公バフェットに引きずられ連れていかれたソフィー嬢。風の噂で耳にしたけど、どうやらあれからソフィー嬢は部屋に引きこもっているらしい。愛娘がそんな状態になった今、ヨギル伯も超越者に思う所があるようだ。


「それでボーズドウフの献上品はどうなんだ。まさか準備していないなんてことはあるまいな?」


「あの父上が何の用意もしてないとは思えないけど……」


「まあ良い。どうせ明日になれば分かるしな。それより、家の魔馬の話なんだがな……この前新しい赤ん坊が生まれたんだ。くりくりとした瞳が可愛くてな」


 再び始まった彼女のうちの子自慢に付き合っているうちに、仕立て屋が到着し礼服を見繕った。もうすっかり日は傾き、空は少し不気味な夕焼け空になっている。僕はアスピア邸を辞し、帰路についた。


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