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第3話 『元婚約者』

 水色の美しい髪とは裏腹な鋭い金色の眼光に気おされて僕は一歩後ずさる。僕と彼女は幼馴染で歳は近いはずなのに威圧感が半端じゃない。


「これは―」


「これはこれは、シェリルじゃないか。家督を引き継いでからは忙しいと聞いていたから、つい今日も来ないものだと思ってたぜ」


 僕の言葉を遮って挨拶をした兄マルコムだが、彼もまだ家督を継ぐ前なので子爵のはずだ。対してシェリルはもう前当主の後を継いでおり、今や辺境伯。まさか格上の辺境伯を敬称抜きで、しかも下の名前で呼ぶとはなんと恐れ知らずな。


「ああ。ボーズドウフ卿か。ご無沙汰だな。お父上にご挨拶したいのだが取り次いでもらっても?」


「そんなの後でいいさ。ところでこの後ダンスでもどうだ?もう十人埋まっているが、お前の為なら一人目を開けてやってもいいぜ?」


「結構だ。私は当主だぞ。舞踏会の様な場では下手な相手と踊ると要らぬ噂が立つ。それは卿もご理解いただけるだろう?」


 まことにその通りだ。地方派閥のトップ同士が領同士の友好をアピールする為に、二人目以降で踊るならまだしも、一人目で踊るなど、そんな火種は着火させるべきではない。


 流石の兄もこの理論武装には引かざるを得ないようで顔を歪ませながら足早に去っていった。これにより周りのご令嬢も去っていき、一気に周りが涼しくなった。僕も早々に撤退しよう。


「おい、どこに行く」


「これはアスピア伯ではありませんか。ご機嫌麗しゅう、本日は―」


「つまらぬ世辞はいい」


「……はい」


 ボーズドウフ辺境伯領とアスピア辺境伯領は隣り合っている。その結果過去に次男(リオン)長女(シェリル)間で縁談が持ち上がったことがあるのだ。もちろん僕が婿養子に行く形である。


 まあ僕の魔法無しが発覚してから縁談は完全消滅し、当時の二人の仲は悪くはなかったと思うけど今はご覧の有様だ……この気まずさ半端ないって。


「お前は相変わらず、亡国の奇術なんぞに精を出しているそうだな」


「ええ、まあ」


 彼女の瞳が鋭くなった。まるで獲物を狙う鷹の如し。その眼光は天をも貫く。などと内心冗談でも言わなければ格上の貴族相手に目を反らすという無礼を働いていただろう。


「昔のお前はもっと真面目で領民の為に魔法を使うと言っていたのに、最近のお前はなんだ。辺境の屋敷にいてもお前の醜聞は耳に届く」


 これでも絶賛土地不足の問題解決に尽力しているつもりだけど……醜態を晒しているのは事実なので黙るしかない。それにしても相変わらず彼女は手厳しいな。おかげで逆にやる気に火がついた。


 開拓には兵と作業員を集めなくてはならない。村一つ程度ならまだしも、いずれ領全土で開拓をしたいならば領主……つまり、父への伺いは必須。そろそろ、父と話をしてみるべきかもしれない。


「そうですね。少しでも汚名をそそぐために精進したいと思います」


「……はぁ。相変わらずその馬鹿真面目さは変わっていなようだな」


 なぜかため息を吐かれた。しばらくジト目で睨まれた後、やがて彼女は素晴らしい名案を思い付いたかのようにとんでもないことを言い出した。


「そうだ。一人目の相手だが、どうせ決まっていないのだろう。私が踊ってやってもいい。どうだ?」


 この人はいったい何を考えているんだ。目を見開いているのが自分でもわかる。混乱する僕に対し悪戯が成功した子供の様な顔でクスクスと笑うシェリル。


「またまたご冗談を」


「冗談でこんなこと言うわけあるか。まああれだ。婚約目当てで一人目の誘いをしてくる者が多くてな。変な相手と踊ると、政治的な意味を持ちかねん。お前は誰から見てもナイから丁度いい。というわけで私はまだ挨拶があるから離れるが、最初の曲が始まるまでに私の元へ来い」


 早口でそう言い切りスタスタと歩き去っていく彼女を見送りながら、僕は二重の意味で息をついた。一つは嵐を乗り切ったことに。二つ目は一曲目のお相手が見つかったことに。


 なんにせよこれで一安心だ。そう思った時、後ろから声がかかった。兄マルコムだ。


「おい、さっきシェリルと何を話していたんだ」


「兄上、そんなことよりもう舞踏会が始まります。お相手の方を私程度の者のために待たせない方がよろしいのではありませんか?」


 答えに窮す質問には質問で返すしかない。僕と違って兄は舞踏会を前々から知っていた。おそらくダンスの順番は綿密に組まれており、その一番目のお相手ともなれば相当な身分の女性。ここで僕への非難を優先すれば今度は相手の女性の家を軽んじたとなり、彼の身に傷がつく。


 さすがにそれが理解できたのか押し黙ったマルコム。だが彼は代わりにもっとも僕が目を付けてほしくない所に目を向けた。


「おいお前。名は何という」


 しまったと後悔した時にはもう遅い。侍女が貴族に名を聞かれて答えないわけにはいかない。目でどうすれば良いかと聞いてくる彼女に僕はそっと促した。


「マリアにございます」


 マルコムは彼女を上から下まで舐め尽くすように眺めた後、口を開いた。その瞳ははっきりと獣の様な情欲に濡れている。


「本邸にお前のような者がいたとはな。どうだ。辺境はつまらないだろう。帝都の我が屋敷に迎えてやろうか」


 貴族にとって嫡男か否かには明確な差がある。ここで次男である僕が口をはさむのは反逆に近いし、不興を買うことは間違いない……けどそれがどうした。


 彼女だけは……絶対に譲れない。


 全てがぶち壊しになるのを覚悟したその時、床が暗くなった。何事だと思えば背後に一人の大男が立っていた。


 今にもシャツを突き破りそうな丸々と太った下腹部。イカの様な生気のない瞳。禿げ上がった頭に青白い肌。唇は青紫で黄色く汚れた太い歯を剥き出しにしてニコニコと笑っていた。


 その異様なオーラに誰しも言葉を失い、令嬢たちは悲鳴すら上げれず縮こまった。男の名前は大公バフェット。この国唯一人の公王。四辺境伯より高位の貴族であり、この国に二柱しかいない超越者の一柱だ。


「こ、これはバフェット卿。なんの御用でしょうか」


「マルコム。お前の一人目の相手はナズベル辺境伯の長女、ソフィーだったね」


「はい。そうでございます」


 まさかマルコムも自分に話があるとは思わなかったのか顔を真っ青にして恐縮する。固唾を呑んで事の行く末を見守っていると、公王の顔がイヤらしく歪んだ。


「シェリルでもよかったんだけどぉお、今日はソフィーの気分なんだよね。くれない?」


「は?」


 マルコムが呆けたような顔をする。きっと僕も同じ顔になっているだろう。舞踏会開始まで一分前になってダンスのそれも一人目の相手を奪う。正気の沙汰ではない。だが、バフェット卿は僕たちが理解できていないことに理解できていないらしく、心から不思議そうな顔をして兄の顔を覗き込んだ。


「うんんん?」


 僕は兄に必死に視線で返事をしろと視線を送る。


 超越者とは文字通り我々人間を超越した不老不死の存在。普通の貴族は忠誠の代わりに結界という形で皇帝から土地を物理的に保護してもらっている。対して公王バフェットは同じく結界に領土を覆われてはいるが皇帝に忠誠を誓っていない。


 なぜなら結界が無くても領土を守れるほど強力な力を持っているからだ。


「おいおいおい? おーい。どうしたの? 言葉忘れちゃった感じかな? ……早くなんか言ってくれない。おい、マルコム」


「は、はいっ。喜んでお譲りいたします」


 五体投地をする勢いでフィアンセを捧げる兄を見ながら僕は思った。貴族は得てして自分がこの世の上位にいると思っている。だがそれは誤りだ。なぜならすでに人自体が世界の上位にはいないのだから。


 逃げるように去っていく兄と青ざめた顔のソフィー嬢を無理やり引き連れていくバフェット卿を静かに僕は見送った。


 やがてあたりの照明が落とされ、会場中央だけが優しく照らされた。そこに立っていたのは御年十歳になるこの国ただ一人の皇子、フィリップ様だ。金色の神に雪の様な白い肌。柔らかそうな頬を上気させ誇らしげにしている。


 どうやら今回はその超越者ムーンドール帝の末裔のお披露目舞踏会だったらしい。


 そしてダンスが始まった。最初に踊るのはフィリップ皇子とヨギル伯の娘だ。たどたどしくも可愛らしいダンスにだいぶ心が癒される。


「同じ超越者の一族が相手なのにソフィー嬢には同情を禁じえないな」


 小声でいつの間にか近づいてきたシェリルが囁いた。


「完全に同意見ですけど、もしかするとフィリップ皇子の方が怖いかもしれないですよ。なぜならその背後に超越者ムーンドール帝がいるのですから」


「……たしかにな」


 過去千年、何度も皇帝に刺客が送り込まれたらしいが一人も帰っては来なかったと聞く……いや、かつて一人だけ生きて帰ってきた者がいたらしい。けれどもその者はすでに発狂しており死に際にただ一言洩らしたそうだ。


 いわく、ムーンドールの城は人を喰うのだと。


「そろそろ曲が終わるようだ。次の曲はワルツだったか」


「ご安心ください。ちゃんとリードさせていただきます」


「う、うるさい。私は侯爵だぞ。私がリードする」


 隣でシェリルが小刻みに揺れている・・・四分の三拍子だ。そういえば、昔から彼女はダンスが苦手だったな。きっと、久しぶりの舞踏会の前に大分練習したのだろう。よくよく彼女の顔を見ると若干、こわばって見えた。


「舞踏会では身分差に関係なく男性が女性をリードものです。今回は私に任せて下さい」


「ッ!?……子爵の癖に生意気な奴め」


 普段鉄仮面な彼女が取り乱している様子はおかしくもあり、若干可愛いなんてことを考えていると、皇子たちのダンスは終わったようだ。会場は盛大な拍手に包まれ、僕も同じく拍手をする。


「おいリオン。そろそろいくぞ」


「ええ。では、行きましょう」


 彼女の手を取って舞台中央へと歩いていく。こうして、いよいよ僕たちのダンスが始まった。


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