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第2話 『ムーンドールの守護結界と舞踏会』

 突然当日に舞踏会の知らせを持ってきた従者に思わず僕は聞き返した。


「今夜といったか?」


「さようにございます」


 慇懃無礼に頭を下げる従者にお前は正気かと言ってやりたくなるが、彼に罪はない。


 帝都での舞踏会ということは恐らく東西南北の四辺境伯が揃い踏みし、当然皇族の方々もご出席なされる。なんにせよここで時間を潰している暇は一秒も無い。


「分かった。招待状は持っているか?」


「これにございます」


 受け取った招待状にさっと目を通す。本物だ。流麗な文体で挨拶が述べられ、主催者名、日時などが書いてある。とりあえずそれらを読み飛ばして、舞踏会で流れる曲名と順番が書かれた予定表を読む。


 知ってる曲だ……これなら何とかなりそうだ。ひとまず安心し一息ついた。でもマリアはそうではなかったようで、みるみる青ざめていく。侍女にとって主が不甲斐ない恰好で舞踏会に参加することは、プライドが許さないらしい。


 そこからはてんやわんやの大騒ぎだった。時間ギリギリまであーでもないこうでもないと着せ替え人形の如く服をとっかえひっかえし、僕の方は僕の方で参加者の名前と肩書きを上から頭に叩き込んでいく作業に追われ続けた。


「あーどうしましょうか! 今は秋ですし、こちらのお洋服の方が……いややっぱりこっちの……」


 わたわたしているマリアを他所に、僕の思考は本当なら明日行くはずだった村への視察とそれにまつわる土地問題に向けられていた。


 “土地不足”


 現在、ボーズドウフの農地は人口に対し飽和状態にある。理由は単純だ。我らが祖国ムーンドールは結界に囲まれており、その外は魔獣がいるので開拓できないのだ。


 よって、もっぱら領の人間が死ぬのは主に三つの理由になる。


 一つ目は病死。


 二つ目は餓死。


 三つ目は幼年期の呪いだ。


 呪いの正体は誰にも分からない。昨日まで元気だった子供がある日突然まるで魂が抜けたように死んでしまうのだ。


 分かっていることは二つ。生まれたばかりの赤子から生後七歳までの期間に起こりやすいということ。亡くなった全員の瞳の色が無色に変色しているという点だ。


 正体不明の呪いだが、この呪いのおかげで食糧不足による餓死という問題に歯止めがかかっていたというのも事実だった。


「リオン様! また考え事ですか? 準備に集中してくださいっ」


 マリアがやれやれとした表情で僕を見る。ごめんごめんと手を振りながら再び考え事に戻る。


 こういう言い方は父や兄のようで嫌いだが、この幼年期の呪いが幼子を間引いたおかげで食料が不足することはなかったのだ。


 今まではそうだった。


 きっかけは亡国となったフェルゼーンで発見されたタロ芋だった。これによりボーズドウフ領の食料生産量は急増したのだ。これと一切の魔物を寄せ付けないムーンドールの守護結界。この二つが結び合わさった結果、この国の人口は飛躍した。


 だがここで問題が起きた。いくら素晴らしい作物があっても、一つの農地から取れる量には限界がある。


 ムーンドールは結界の国だ。ゆえに結界をでられない。内部で土地が足りなくなったからと言って、外を拓くことは出来ないのだ。


 外の森を切り開き、魔獣を克服しない限り。


 今はまだ許容範囲内だ。各村の備蓄も有る。幼年期の呪いによる人口減少もある。だがいずれ全てが崩れ去るときが必ず来るだろう。帝都の王宮で権力に目がくらんでいる父や兄もそうだ。


 今からやらねばならない。早くしないと間に合わなくなる。今、結界の外に出なければいずれ我が領は……


「―様。リオン様!」


「ひゃいっ!」


「やっぱり話を聞いていませんでしたね。服はこちらとこちらのどちらにしますか?」


 頬を膨らませて詰め寄るマリアを何とかなだめながら僕は無難な方の服を選んだ。


「また、眉間に皺が寄ってますよ。最近は根を詰めすぎではありませんか?どうせ舞踏会から帰った後も剣の修行をなさるんでしょう。体調を整えるのも貴族の―」


 腰に手を当て人差し指をピンと立てて怒る彼女に気圧される。 


「分かった。分かったよ」


「本当に分かっているんですかっ!」


 ずいっと距離を縮めてくる彼女にドギマギする。栗色の瞳に写る僕は平静を保てているだろうか。視線をそらしている僕には分からない。


「分かったよ。舞踏会が終わったらちゃんと眠るから」


 そう言うと彼女は満足そうに頷き満足げに返事した。


「はい!」


 *


 準備が一段落したのはそれから四半刻後だった。奇跡的な時間だ。本当にマリアが居なかったらどうなっていたか。


「じゃあいこうか」


 今、僕とマリアがいるのは転移の間。辺境を治める大貴族の屋敷にはたいてい帝都との行き来の為に転移陣が置かれている。どうやって作ったのかは知らないけど、ボーズドウフ家の祖先とハレム魔導学院が共同で創り出したらしい。


 転移陣に足を踏み入れると一瞬で視界が切り替わった。天井にぶら下がっている照明から壁の色まで何もかも変わっている。帝都の別邸に移動したのだ。


 もう父や兄は王宮に向かったらしい。僕らも屋敷の従者たちへの挨拶もそこそこに正門へと急いで向かう。


「相変わらず帝都の別邸は無駄に豪奢だなあ」


 ゴテゴテした黄金の馬の彫刻に、場所も歴史的背景も異なる甲冑が統一性なく並んでいる。正直に言って趣味が悪い。


 廊下を歩いていると扉向こうの部屋から侍女たちの声が漏れ聞こえてきた。


「どうやら今回の舞踏会にはリオン様も来るらしいわよ」


「可哀そうに、いいとこ壁の花じゃない~」


「だったら、あなたが付き添ってあげればいいじゃない」


「ええ~。あなたが行きなさいよ。私はマルコム様が良いわ」


 怒り心頭のマリアを無言で諌めながら、静かに内心で傷つく。まあ魔法の使えない僕は社交界では不良物件中の不良物件。致し方ない。だがこれ以上聞いていると悲しくなってくるので足早に通り過ぎることにした。


 普段使っている馬車より圧倒的に大きな馬車に乗り会場へと急ぐ。ものの数分で馬車は城へと着き、やっと僕らは一息付けた。間に合ったぞ。


「やっぱり帝都のお城は大きいですね~」


「まったくだね。広すぎて中は巨大迷宮の様になっているらしいよ」


 辺境から来た二人組は少しの間だけ会場の城を見上げていた。


 会場はかの有名なムーンドール城。中に入れば人々は男性なら燕尾服を、女性なら煌びやかなイブニングドレスをその身に纏ってお喋りに興じている。天井には巨大な絵画が描かれ、豪華絢爛なシャンデリアが大広間を照らしていた。


「これ何の舞踏会か知らずに来たのは確実に僕しかいないんだろうな」


「わたしも何の舞踏会か知らないので仲間ですね」


 嬉しそうに仲間アピールしてくるマリアにうんそうだねと返しながら、父と兄を探す。秒で見つかった。


 ボーズドウフ家は辺境伯であり地方派閥のトップに君臨する大貴族だ。当然、彼ら一族の周りには金魚のフンの如く人が群がるので、案の定人ごみの中心に兄と父が見えたのだ。


 行きたくない。行きたくないが、行かないわけにはいかない。ずらりと並ぶ令嬢たちに謝罪しながら通してもらう。


「父上、兄上。お久しぶりです」


「ん?ああ、お前か。よく来た」


 ちらりともこちらを見ずにそれだけ言うと父は直ぐに会話に戻ってしまった。白髪にカイゼル髭は相変わらずだけど、少し太ったかな? 昔は父の態度を寂しく思ったが、今はこの方が気楽だ。


 問題は……


「おう、よく顔を出せたな。なあ舞踏会ってなんのためにあるか知ってるか?愛しのフィアンセを見つけるためだよ。俺はすでにダンスの申し出が十件全て埋まってしまったがそっちはァ……どうだ?」


 下卑た笑いを浮かべながら兄のマルコムが話しかけてきた。彼は転移の時空魔法が使えるボーズドウフ家の長男であり、そのブランドの攻撃力は凄まじい。もちろん舞踏会でも大人気だ。


「残念ながら兄上のような申し出は一件も……これから、お誘いしなければ―」


 そう言った途端にさっと兄の周りに群がる令嬢たちが身を引いたのが感じ取れた。


 そりゃそうだ。令嬢方にとって舞踏会とは情報収集やコネづくりの場であり、限られた時間で誰と踊れるかは死活問題。入念に一人目から最後の人まで誰とどの順番で踊るかプランを練ってある。そこに下手に僕の様な者に誘われたら全てが狂ってしまうだろう。


 ……これは詰んだな。


「そりゃそうだろうな。お前と踊りたがる酔狂なご令嬢なんてそれこそ滅んだ蛮国くらいにしかいないだろうさ」


「いやあ、困ったことになりました……ははっ」


 事前に分かってさえいれば手紙などを送って相手を見繕っておくこともできただろう。それを当日ギリギリになって連絡してきたのは恐らく……この兄。


 どちらにせよもう猶予はない。問題は一人目だ。誰しもが本命の相手に使いたがる一人目さえ見つかれば後はどうとでもなるだろう。


 そんなことを考えながらこの場を去ろうとしたとき、周囲のざわめきが一層大きくなった。


 何だ?


 振り返るとそこにいたのは僕が会いたくない人物、その二がいた。気の強そうな金色の瞳に水色の滑らかなロングの髪。整った鼻立ちと固く結ばれた口元。かの人物こそアスピア領辺境伯、アスピア・ド・シェリル。女傑だ。


 ついでに僕の元婚約者でもある。


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