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第6話 『献策』

 査問会が終わり、僕はすぐさまシュナに引きずられて王城の一室に連行された。どうやらとてもカンカンなご様子だ。


 彼女は扉をバンと音を立てて閉めて、そのまま威嚇する猫のような瞳で僕を睨みつけた。ダントンとヒューイは神の怒りに触れないようにじっと息を殺している。特にダントンが斜め上の空中を見つめて微動だにしない。


「まぁ……ありがと」


「え?」

「ん?」


 ダントンとヒューイが頭にはてなを浮かべて固まった。二人も僕と同じく彼女が怒っていると思ったのだろう。しばらくの沈黙の後おもむろにダントンが口を開いた。


「あの団長がお礼を言った? 俺ですら言われたことないのに……ありがとう、ありがとう、ありがとう……」


「おい、ダントン? 駄目だこいつ死んでる。それよりも団長は現状分かってんすか。この坊主がサルヴァンを煽ったせいで、一週間後に王権の遷移がついに起こるかも知れなくなったんすよ」


 口調は軽いが彼の声色には懸念の感情が明確に感じられた。意外と見た目に似合わず、しっかりとした人なんだな。この人。


「分かってるわよ。うるさいわね」


「だといいんすけどね。で、坊主。あんだけ大口叩いたんだからなんか策があるんだろうな?」


 ヒューイがうかがう様な目で僕を見つめてくる。シュナは期待とも不安ともつかない、複雑な顔をしていた。


「見た所この国には、フェルゼーン王をトップにした騎士団、教皇をトップにした陽教、どっちつかずの貴族の三つの勢力があるって認識であってます?」


「ああ。だが貴族は自分の利益と権力が大好きな連中だからな。今は陽教が強いからそっちに靡いている奴らばっかりだ」


 なるほど。貴族の生態は万国共通だな。だから好きじゃないんだ。誰も彼もがそういう奴ばっかり。でもだからこそ、僕ら貴族は風向きを読むのが得意だ。そしてそこに突破口がある。


「まず、貴族たちをこちらの側に付けます」


「は? どうやって」


「貴族というと巨大な権力集団に見えますが、末端の貴族は大したことない者ばかりです。実際に強いのは頂点にいる大貴族だけで、そこから下は上の意向次第でどうとでも転がる。だからトップをこちらに取り込めば、丸ごと派閥を取り込むことになる」


 ヒューイは少し考え込む様な仕草をした後、ちらりと団長であるシュナを見た。ぽけーとした様子で窓の外を見つめている。そこに何が見えるんだ。


 彼も団長の頭は機能停止していると判断したのか、諦めた表情でドカッと椅子に座った。


「それで、できるのか?」


「勝算はあります。問題は陽教の派閥ですね。査問会でしたダントンの発言に一つ引っ掛かることがあったのですが、魔族はフェルゼーン建国時からいたのですか?」


 僕の質問にヒューイが何を当たり前という顔をして反応した。


「建国神話も知らないのか? 超越者に支配されていたムーンドールから、初代フェルゼーン王と親友の魔族が難民を引き連れ逃亡し、この国は創られたんだ」


「すると陽教が国教になれたことに違和感を覚えますね。建国時から魔族がいたのに、魔族を排斥するような宗教が広まるのは奇妙に思うのですが。そもそも陽教って、なんであんなに魔族を差別しているのですか?」


「いや、最初はあんな感じじゃなかったと思うぜ。超越者を絶対悪として、それ以外の者たちの味方って感じの宗教だった。なのにあいつが来て教皇になった途端、超越者だけじゃなくて、魔族もなんか悪いモノみたいな扱いをしてきてな」


 なるほど、最初は分かりやすく敵国のトップである超越者を絶対悪として訴え人々に浸透していったのか。それが新しい教皇になった途端、人類至上主義を謡いだしたと。


「そういえば昔はダントンと一緒にパンを貰いに教会に言ったこともあったよな? なあダントン?」


「あ、ああ」


 急に白羽の矢が当たって目を白黒させるダントンを尻目に、ヒューイが片眉を上げた。


「なあ坊主、それと今回の件に何の関係があるんだ? 今は一週間後の王遷の議について考えるべきじゃねえのか?」


「王遷の議で我々が勝つには二つ条件があります。一つ目は貴族を取り込みこちらの勢力を拡大すること。二つ目は相手への攻撃材料を得ることです。今は陽教が敗戦を理由に一方的にこちらを攻撃できる状況なので、相手の地盤を崩すことが重要です」


 宗教が口伝だけで広まるには限界がある。必ず石板にしろ書物にしろ原典となる聖書があるはずだ。昔は魔族でも教会に入れたということは、その聖書の原典に魔族差別の内容が記されているとは思えない。


「陽教が人間と魔族を纏め、国を纏める為の宗教であったならば、聖書を根拠に今の魔族を差別するサルヴァン達を攻撃できるはずです」


「いい考えだだが、聖書は写しですら貴重で王族や大貴族くらいしか持ってないぜ。陽教でも司祭階級以上じゃないと持ってないと思うぞ。会議で魔族差別を糾弾しても証拠の聖書がないんじゃ、奴らに上手く躱されちまうんじゃねえか?」


 確かにヒューイの言う通りかもしれない。陽教の人間はもちろん他の参加者である騎士団や下級貴族たちにとってみても、聖書の現物がないんじゃピンと来ないだろう。


「ならその聖書を複製して皆に配ります」


「皆って、具体的にどいつらにだよ?」


「王遷の議に参加する人全員にですよ。貴族、騎士団、陽教、人間魔族関係なく」


「全員だと!? おいおい何百冊必要なんだよそれ。無理に決まってるぜ。一冊でも膨大な模写が必要なんだぞ? 後一週間しかないのにとても無理だ」


 ヒューイが付き合っていられないとばかりに空を仰ぐと、シュナがそれを睨みつけた。


「意気地がないわね。気合で写しなさい。騎士団全員で写せばいけるわよ」


「団長! このダントンお供します!」


「ダントンてめえは字が読めねえだろうが。それに団長も冷静になって計算したら間に合わないことくらい分かりますよね」


「いや流石に手で写すのはきついので……あれ? フェルゼーン語で印刷ってなんていうんだ? まあいいや印刷しようと思いますけど」


「インサツ? なんだそれ」


「印刷というのは本に書かれた文章を簡単に別の紙に複製できる技術ですよ」


 ヒューイの怪訝そうな顔にこちらも怪訝な表情で見つめ返した。印刷は印刷だよな? 何をそんなに不思議そうな……まさかこの国には活版技術がないのか。


 僕の脳裏にムーンドールで呪術の研究をしていた記憶が過った。たしかあの時も墨で文字が記載されていたな。自国との差異に思いを巡らせていると、ダントンの分厚い手が僕の肩を掴んだ。


「おい。坊主! 聞いてるのかそんな技術聞いたことねえぞ。本当なんだろうな?」


「なら大丈夫そうね。でかしたわチビッ子」


 これは勝ったなという表情のバカ二人を他所にヒューイが顎に手を当てて口を開いた。


「まあ疑っていても始まらねえか。で俺達は何をすればいい?」


「後で纏めてお願いしますね。ただその前にシュナさん。頼みが有ります」


「へ?」


 話についていくことを完全に諦めていたのか、日向ぼっこをしている黒猫のごとくぼぅーとしてたシュナがキョトンとこちらを向いた。


「騎士団長ってことは、フェルゼーン王と話せますよね。彼の権力で陽教の聖書を、できれば原典に近いものを一冊なんとしてでも入手してください」


「なんでだ。新しく陽教が発行した聖書なら、すぐ借りれるだろう」


「いえ、新しいものだと内容が彼らの都合の良いように書き換えられているかもしれません。なるべく古い聖書がいいです」


 そう僕が言った途端、急にヒューイの顔が難しいものに変わった。なにか問題があるんだろうか。


「後シュナさん。フェルゼーン王から聖書百冊分作れるだけの紙を買うお金を借りてきてください」


「え? え?」


「大丈夫ですよ。足りないなら騎士団中からお金を徴収しましょう。シュナさんなんか騎士団長なのですから沢山お金持ってますよね」


 ここにきてヒューイが慌てだした。小さな子供が自分の団長に王様へ借金して来いと命令したのだから当然だ。僕だって逆の立場ならびっくりする。シュナはあわあわと左右に頭を振って機能停止状態だ。


「まてまてまて! 大金払って紙を入手できたとして、インサツとやらで聖書を複製できたとしてもだなあ、俺達どころか貴族連中だって聖書なんて読めないぞ」


「読めない? どういうことですか」


「いやだから最初の聖書は初代フェルゼーン王の時代に作られたんだ。つまり、ムーンドールから脱出した直後に書かれたわけだ」


 なるほど……つまり古い聖書はフェルゼーン語ではなくて……


「ムーンドール語で書かれているんだ。俺達には複製どころか解読すらできねえ」


「解読および翻訳は僕がやります」


「は? なんでムーンドール語が翻訳できるんだ!?」


「言ってませんでしたっけ、僕はそこ出身の奴隷なんです」


「聞いてねえよ。まさか団長よりにもよって敵国の奴隷を世話係に雇ったんですか!?」


 ヒューイが目を剥いて、シュナに詰め寄った。まあ世話係も嘘なんだけども。だけど、シュナは本当のことを言う訳にもいかなかったのか、口ごもりながら返答した。


「そ、そうよ。何か文句あるかしら」


「あなたはフェルゼーン王直属の騎士団団長なんですよ。なのに敵国の奴隷を雇ったらまずいに決まってるでしょ」


「すいませんシュナさんもう一つ頼みが有ります」


「もうなにッ。これ以上まだあるの?」


「まだあるのか!?」


 シュナとヒューイがバッとこちらを振り返った。タイミングばっちりだな。なんて見当違いなことを考えながら、僕はお願い事を口にした。


「これくらいの文字が彫られた硬いブロックを呪術で作れませんか」


「細かいわね」


「出来ないんですか?」


「できるわよ! あたしを誰だと思ってるのよ。あたしより呪術が得意な人なんか存在しないわ。年季が違うのよ。年季が」


「年季って、シュナさんはいったい何さ―」

「よせッ!」


 突然、ヒューイにヘッドロックをされ目が回る。なんだ!? どうしたんだいきなり。びっくりしている僕に彼が小声でささやいた。


「団長はな。ことあるごとに年季をアピールして年長者ぶるけどな。こっちから年齢にまつわることを絶対に聞いてはいけない。殺されるぞ」


「わ、わかりました」


 あまりに鬼気迫った表情に、僕もコクコクと頷いた。聞いたら一体どうなってしまうんだ。いや、考えるのはよそう。


「で、その文字がくっ付いたブロックを作ってどうするのよ」


「それにインクを付けて、紙をはさんで上からプレスすれば文章が模写された状態になるんですよ。それが印刷です」


「なるほどな。聞いてみれば簡単だが思いつかなかった。だが、そのプレスするのはどうすんだ。人間でやるのか? それくらいなら騎士団の連中でもできそうだが」


 ヒューイが感心した様子で、こっちに視線を飛ばした。とりあえずヘッドロックは解除して欲しい。


「シュナさん。この国にはワインがあるんですよね」


「ええ。でも私はパム酒が好き」


「ワインがあるなら葡萄を潰すプレス機械があるはずです。それを借りましょう」


「私はパム酒を」


 なにかごちゃごちゃ言っているエルフを放置して僕は手を叩いた。


「さあ、止まっている暇は一秒もありません。シュナさん。今すぐ王様の元に走ってください。そして帰ってきたら特訓しましょう」


「なんの?」


 なんの? 決まってるじゃないか。そもそも僕は魔族だからと馬鹿にされているシュナさんを見て、助けようとしているのだ。彼女を馬鹿にするやつらにムカついたから助けようとしているのだ。


「マナーの特訓ですよ。サルヴァンも言ってたでしょう。王権の御前会議の後には舞踏会だって。そこで完璧な立ち振る舞いをして奴らを見返すんですよ」


「無理よ。むりむりむり」


「いや、坊主。俺からも頼む。この団長に是非とも淑女の嗜みってやつを教えてやってくれ」


「裏切ったわね、ヒューイ!」


 だが、素早くヒューイは彼女から視線を外した。斜め上を見て微動だにしない。


「だいたいあなた奴隷でしょう。特訓も何も貴族のお作法なんて分からないでしょう」


「奴隷ですがそれがなにか? 断言しますけど、私には彼らの誰よりも洗練された貴族の立ち振る舞いができる自信があります」


 これでも僕はムーンドールの帝国貴族なんだぞ……元だけど。


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