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第1話 『エルフのシュナ』

「ここで死ぬわけにはいかないんだ!!」


 刹那、純白の極光が僕を包み込んだ。この光、なんで僕の中から!? 視界の全てが白に包まれた。


 真っ白で何も見えない。左を見ても右を見ても白。焦った僕は右足を踏み出した。


 ぴちゃん。


 水の音? 僕は音につられて足元を見る。海だ。見渡す限りの水。波風一つなく、ただ完全な静謐が広がっているのみであった。ここはどこだ? さっきまでこんなのどこにも―


 突如僕の足が沈み始める。何かに引っ張られているのか錯覚するくらい強烈な引力だ。


「な!?」


 みるみるうちに身体は沈み込んでいき、あっという間に顔が水面と同じ高さになる。息ができない。目で必死に何か掴まれる物はないか探すも、僕の目に映るのは果てしない水平線のみであった。完全に水中に飲み込まれる寸前、白い女性の姿がチラついた。


「 ―qz遏s繧翫 ― r七日カ翫q ―e手に入れ骰オ繧ナサイ」


「誰な―ゴボッ」


 奇妙な声の正体を確かめようとした時、ついに体が完全に沈んだ。視界が一転して暗黒の世界に包まれる。水の中は漆黒であった。上を見ても海面が見えない。どっちが上なのか下なのかそれすら分からなくなる。深海の中でもがき苦しむ僕の目の前を一粒の光の玉が通り過ぎていった。不思議な光だった。


 綺麗だ。


 光の粒は上へと浮かんでいきやがて静かに消えていく。そしてまた新しい光が浮かんでくる。一つ二つとそれは増えていき、やがてそれは夜空の星より無数に暗黒の中に散らばった。


 星空の中にいるみたいだ。見た事もないくらい美しい光景に圧倒されていると、強い光を下から感じた。


「これは……」


 光の河。それ以外に表現しようが無かった。あまりの美しさと壮大さに息をのむ。


 闇の底で光の奔流が流れている。さっきの光の粒が集まってできているんだ。ここまでの大きさになるのに一体どれだけの……


 宙の天の川のように広大なそれはただ遠くへと、ひたすら先へと流れていた。一番太い奔流は真っ直ぐと流れているが、そこからいくつもの支流が分かれており、それはやがて光の粒となって消えていく。


 その時突然、世界が加速した。光の粒が流れ星の様に僕の隣を通り過ぎていく。いや違う。僕の方が凄まじい速さで落ちているんだ。やがて視界に映る光の粒は粒でなくなり、軌跡を描いて光の線となった。


 そして僕は一筋の支流へと落ちていった。


 *


「はっ!」


 目が覚めた。まるで水の中で溺れていたかのように、大きく荒く呼吸する。何がどうなってるんだ。魔獣はどうなった。さっきの光景は一体何なんだ。動揺と混乱でどうにかなりそうになる頭が息を吸うことで落ち着いていく。そこまで回復して初めて僕は自分の体に違和感を覚えた。ざらざらとした綿の服を着ているような感覚。そのチクチクとした感覚に不快感を覚え僕は自分の体を確認する。


「ハアハア……な、なんだ? これは一体!?」


 粗末な麻布のぼろを着させられ、足の先には黒い鎖と鉄球が鈍く光っていた。これじゃあまるで奴隷じゃないか。


「なにがどうなっているんだ?」


 眼前には錆びた鉄格子。辺りは暗く、数か所おきに設置されている松明が唯一の光源だ。衛生環境が悪いのか今までの人生で嗅いだことも無いような臭気に鼻が曲がりそうになる。どこかからともなく男の咳き込む音が響いてきた。


「でも取り敢えず、生きている」


 目の前の鉄格子に触れてみる。ざらざらとした手触り。きっと手のひらには鉄の匂いがこびりついたことだろう。……こんなことしてると本当に囚人みたいだな。牢屋に入れられた者の性なのか、物語で読んだ通りの行動に我ながら自嘲しかない。


「だんだん目が慣れて……ん?」


 それまで暗闇にやられていた目が光を捉える。そう、僕の目ははっきり捉えていた。白く幼い子供の腕を。どうみても、もう直ぐ青年に足を踏み入れる男の腕ではない。見た感じ十二、いや十一か?どちらにせよ……


「小さくなってる?」


 ボーズドウフ・ド・リオン。この世の栄華を極めたムーンドール帝国の一貴族であった少年は、今やどことも知れない牢屋の中で呆然と自身の境遇に言葉を失っていた。


「いやそれより魔獣はどうなったんだ。マリアは無事なのか」


 慌てても仕方がない。とりあえず状況を整理しよう。まず現状としては、どう考えても今僕は奴隷の扱いを受けている。


「魔獣に負けて気を失った後、奴隷に落とされたとか?」


 いやだとしてもこうまで五体満足なのもおかしい。あのまま行けば間違いなく僕は魔獣に殺されていたはずだ。奴隷になる前に奴の胃袋の中だろう。


 にっちもさっちも行かなくなり、とりあえず僕は直前の記憶を整理することにした。確か魔獣に止めを刺されそうになった瞬間に白い光に包まれたんだ。それで謎の白い世界に行った後、光の河に吸い込まれて……


 そこまで考えが及んだ時、僕の脳裏に一つの言葉が引っかかった。


「白……」


 見間違えるはずは無い。あの光は時空間魔法の光。そんなはずは無い。僕は魔法が使えないはず。でももしあれが時空間魔法の光だとするなら、まさか僕はどこかへ転移させられたのか? そうだとするならここは何処なんだ? 場合によっては場所どころか時代すら異なる事もありえる。


 顔が真っ青になっていくのが自分でも分かった。どうしよう。


「帰り方が分からない」


「これにするわ」


 ん? 女の人の声だ。そこで僕はようやく牢の向こうに褐色の肌の女性が立っている事に気が付いた。銀色の飾りのついた耳が尖っている。エルフだ。僕は奴隷になって初めて出会った女性の観察を始めた。


 擦り切れた外套を纏い、肩には取り回しのよさそうな槍を担いでいる。握りの部分は擦り切れていて、相当に使い込まれていることが一目でわかった。だがその槍よりもまず、目を引いたのは彼女の黒い瞳だった。


 チョコンとつり上がった眉毛に、ムーンドールでは見た事が無い深い黒の瞳。夜空色の瞳からは力強い意思が感じられる。漆の様に黒い髪は無造作にうなじで結われ、外套の下からは引き締まった足がすらりと艶めかしく伸びていた。


 僕はそこで何となく恥ずかしくなり視線を逸らす。帝都でもこんなに露出の多い恰好をする人はいない。


「ねえそこのチビっ子」


「もしかしてちびっ子って僕のことですか?」


「当たり前でしょ。他にちんちくりんな子いないでしょ。なに寝ボケたこと言ってるのよ」


 ちんちくりんって……そうか今の僕は十六歳じゃなくて十二歳かそこらの子供に見えてるわけか。というか、ここまで彼女と会話してとんでもない事に気が付いてしまった。今彼女が喋っているのはフェルゼーン語だ。あんまりにも自然に話しかけられたから流しそうになった。


「あなたは何故フェルゼーン語を喋っているんですか?」


「何語もなにも、フェルゼーン語をじゃなかったらアタシは何語を喋ればいいわけ? というか、チビっ子こそフェルゼーン語喋れんのね。ならやっぱりあんたに決めた」


 会話が噛み合わない。フェルゼーンは四年前にムーンドールに滅ぼされたはず。僕がフェルゼーン語を話せるのは呪術を学ぶために独学したからだ。ムーンドールで僕以外にフェルゼーン語を学ぼうなんていう奇特な人がいるとも思えない。ということはまさか……


「ここはどこですか」


「寝ボケてるの? どこって、そりゃここはフェルゼーン王国よ」


 そんな馬鹿な。フェルゼーンだって? ということは、僕は時空間魔法で最低でも4年以上前に飛ばされたことになるぞ。

 いやだとしたら何で今僕は奴隷になっているんだ。辻褄が合わない。4年前どころか、僕は生まれてこの方ボーズドウフ辺境領から出たことがないのだ。


「僕はどうしてここにいるんですか。というより何故奴隷に?」


「……ついてなかったからよ。あんたは戦争で奴隷商に捕まったの。で、訳あってムーンドールをよく知っている奴隷が必要になったアタシに買われるってこと」


 買われるって……いやその前に戦争ってなんだ。どこか引っ掛かりを覚えた僕は彼女の顔を見て質問する。猫みたいなくりくりとした瞳が訝し気に細められた。


「先の戦争とはアスピアの戦いのことですか?」


「ん? なにそれ。ボーズドウフの戦いでしょ」


「ボーズドウフ!?」


 やばい本当に状況が飲み込めない。僕の知る歴史にボーズドウフの戦いなんてない。歴史上フェルゼーンとムーンドールの戦争で戦いの場になったのは、アスピア辺境伯領。シェリルの父君である、前当主の時代の事だ。


 僕が奴隷になるような戦争は起きてない。だけど仮に彼女の言葉を信じるのなら、歴史と違うことが起きている。そして僕の身体は小さな子供へと若返っている。色々可能性はあるけどもっとも考えられるのは……ここが僕の知っている世界じゃない。


 魔法が使えない僕だって、仮にも時空間魔法を操る一族なのだ。当然自分の家の魔法くらい死ぬほど調べた。それを踏まえて僕はこう結論付けた。


 僕は時空間魔法によって並行世界へと飛ばされのだ。しかもこの若返った身体を見る限り、本来の時間軸よりかなり昔の並行世界に転移している。


「なに押し黙ってんのよ……。お母さんとはぐれたのは辛いかも知れないけど、そうやって俯いてたらドンドン苦しくなるだけよ」


 とつぜん何言ってるんだ? この人。というか僕の母上は僕が生まれた時に既に亡くなっている。別にはぐれたわけじゃない。


 キョトンとして、彼女の顔を見上げると彼女もキョトンとした表情を返してきた。ころころ表情を変えて本当に猫みたいな人だな。


 ……そうか。考え事をしている僕の様子を変に勘違いして心配してくれたのか。案外いい人なのかもしれない。そう思った僕は少し彼女とちゃんと話をする気になった。せっかく勘違いしているようなので、哀れな男の子を装いながら呟くように口を開く。


「僕を買って、どうする気なんですか?」


「ムーンドール語を勉強するの」


「どうして?」


「それは言えないわ」


「どうしてもですか?」


 牢屋越しにうるうると目を潤ませて上目遣いに彼女の顔を見上げる。正直幼少期の可愛さには自信があるのだ。小さい頃は、それはそれはマリアに可愛がられたものだ。


 まだ小さかったシェリルと並んでお人形のようだともいわれていた。まさか小さくなることでこんなメリットがあるとは。しめしめ。


「……ムーンドールに用があるのよ」


「どんな用があるんですか?」


「だからそれは言えないって言ってるでしょ」


「母上……」


 母親をなくして悲しむ声に、一瞬たじろいたのを感じた。あともう一押しな気がする。


「あんたあざといわね。でもこのアタシにそんなのは通用しないわ」


「ママ……どこ?」


「……大事な任務なのよ。詳細は誰にも話せないの」


 なるほど。大事な任務。言えない内容。ムーンドール、つまり敵国の情報を知っている奴隷が欲しい。諜報活動か?


 もしそうなら諜報先は恐らくボーズドウフかアスピアになるだろう。なぜならムーンドール帝国は広大な上に、結界に覆われている為に円形の形をしている。極東のフェルゼーンから侵入するのに、北東のボーズドウフか南東のアスピア以外を選ぶのはあまりに時間がかかる。


 結界外には魔獣がいることも踏まえると、いつまでも結界の外をうろつきたくないはず。そしてその二択からなら、先の戦争で混乱しているはずのボーズドウフが最も侵入しやすい。


 並行世界と言えど、ただでさえ戦争の傷を負っているボーズドウフに余計な火種は持ち込ませない。でもひとまずこの牢屋から出る必要があるな。


「……分かりました。そんなに大事な用事があるなら僕、手伝います!」


「え?あ、ありがと……突然態度変えて気持ち悪いわね。まあいいやじゃあよろしく」


 取り敢えずはここを出ないと話にならない。一度は従ったふりをして出るしかない。僕は彼女が奴隷商を呼びつけながら、腰の巾着袋から小指の先くらいの小さな水晶玉を差し出す様子を眺めた。


 水晶は赤、青、緑色と様々あるようだがそれがどの順番で価値があるのかは分からない。赤を手渡した。つまり赤の水晶は奴隷一人分程度の価値はあるのか。


 逃走するには資金がいる。この人から逃げ出して道端にいる誰かの財布を盗みだしたところで、恐らく大した金額は入っていない。街中にそんな大金を持って出かける人などいないからだ。


 でも彼女は奴隷を買いに来たのだ。つまりある程度の金を持ってきているということ。あの巾着袋を盗み、逃走する。僕は何としてでもこの並行世界を脱出し、元の世界へと帰らなければならない。ギル爺のためにも。そして僕を信じてくれている人のためにも。


「ほら今日からアタシがあんたのご主人様よ。アタシはシュナ。あんたは?」


「僕の名前はリオンです。よろしくお願いしますシュナ様」


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