鉄の眼
廊下はすでに地獄だった。
泣き叫びながら走る生徒たち、倒れた教師、壁をえぐる銃弾の跡。
火薬の匂いと鉄の臭いが、学校という日常を容赦なく塗り潰していく。
「こっちだ! 非常階段に逃げろ!」
誰かの叫びが聞こえる。
その声に従おうとした瞬間――。
廊下の奥から、重い足音が響いた。
金属が床を叩く、不気味なリズム。
赤い光を放つ目が、煙の中にぼんやりと浮かび上がる。
「……うそだろ」
人間の形をした鉄の兵士が、廊下を埋め尽くしていた。
鋭利な指先、銃口のような腕。無機質な動き。
一歩ごとに振動が伝わり、生徒たちの悲鳴が重なる。
悠真の体は勝手に動いていた。
隣で硬直していた同級生の腕を引き、教室の扉を蹴破る。
次の瞬間、ロボットの腕から放たれた弾丸がさっきまで彼らが立っていた廊下を粉砕した。
「いっ……たくねえな!」
床を転がりながら、悠真は舌打ちする。
息が荒い。心臓は跳ね上がっている。
だが――頭の奥が静かに囁く。
――左に飛べ。
――天井が崩れる。
――あの隙間に潜り込め。
考える暇もないのに、なぜか正解が見えていた。
彼はその声に従い、寸前で弾丸を避け、崩れ落ちた梁の影に身を滑り込ませる。
「……なにこれ。俺、やべぇ?」
目の前でロボットが壁を破り、生徒たちを追い詰める。
泣き声が響く。教師の怒鳴り声も虚しく掻き消える。
その時だった。
ロボットの群れの中に、一体だけ違う影が見えた。
滑らかな装甲、わずかに人間的な輪郭。
そして、悠真の記憶に焼き付いた「声」が、電子音に混ざって漏れた。
《……ユウマ?》
――アーク。
昔、毎日のように遊んでいたロボット。
唯一「友達」と呼べた存在。
だが今、その眼は冷たく赤く、銃口をこちらに向けていた。
「……は?」
悠真の口から、ただ呆然とした声が漏れた。
戦場と化した廊下で、かつての友との最初の再会が始まった。