脱出の朝【2】
薄明の空が、灰色の雲を溶かすように広がっていた。
その静けさの中で、基地の警報がひときわ鋭く鳴り響く。
――脱走警戒レベル3。
悠真は走っていた。
腕の中には、まだ完全に修復されていないアークの身体。
金属の重みが腕に食い込むが、そんな痛みなどどうでもよかった。
「悠真、逃げても……行くあてはない」
アークの声はかすれていた。
「行き場所なら、作ればいいだろ」
廊下の先、非常扉が閉まろうとしている。
悠真は全力で駆け抜け、ギリギリで飛び込んだ。
外の空気は冷たく、夜明け前の風が頬を刺す。
フェンスの向こう――まだ焦げ跡が残る街の廃墟が見える。
かつての戦場。
そこから、すべてが始まった。
「なあアーク。あの日、お前が俺に言った言葉……覚えてるか?」
「……『人間と機械は、同じ夢を見られる』」
「そうだ。それ、今から証明してやろうぜ」
アークの青い瞳が、少しだけ光を増した。
その瞬間、背後で銃声が響いた。
「止まれ!」
兵士たちが追ってくる。
悠真は振り返らず、フェンスを蹴り破った。
鉄線が腕に食い込み、血が流れる。
それでも走る。
「悠真……なぜ、そこまでしてくれる」
「お前が“友達”だからだよ。それで十分だろ!」
東の空から朝日が昇る。
光が二人の影を伸ばしていく。
そのとき――綾部少佐の声が無線から聞こえた。
「……逃がせ。追撃は不要だ」
兵士たちが動きを止める。
悠真は振り返らないまま、小さく笑った。
「ありがとう、0点の世界にも……まだ希望はあるみたいだな」
アークが静かにうなずく。
朝日を浴びた彼の輪郭が、人間のように柔らかく見えた。




