第五章 最後の切り札
私は地下に潜った。
タリンの旧市街には、中世から続く地下通路の網がある。かつては商人たちが密輸品を運ぶために使い、第二次大戦中には市民の防空壕として機能した。ソビエト時代には反体制活動家たちの隠れ家となり、現在は観光客向けの地下ツアーが行われている。
だが観光客が知らない秘密の通路もある。私はそこを隠れ家とした。
タムは私に最後の通告を突きつけてきた。プライベートな使者を通じて。バルト海に浮かぶ彼のプライベートな島で、二人きりで会おうと。
「ゲームを終わらせよう」というメッセージが添えられていた。
これは最後のゲーム。敗者に与えられる報酬は死。
しかし、私には最後の切り札があった。長い調査の末に発見した、タムの最大の秘密。それは彼の過去に隠されていた。
タムの若き日の写真を見つけたのは、エストニア国立図書館のアーカイブだった。1970年代の大学生時代の写真。そこには若いタムと一人の美しい女性が写っていた。
女性の名前はエレン・ヴァサラ。ラウルの母親だった。
古い新聞記事を調べていくうちに、真実が明らかになった。タムとエレンは大学時代に恋人同士だった。だが彼女は海洋生物学者のミハエル・ラウルスを選んだ。ラウルの父親を。
そして、さらなる調査で驚くべき事実が判明した。エレンの旧姓ヴァサラは、私の母方の家系と繋がっていたのだ。私の祖母アンナ・ヴァサラの従妹がエレンだった。血縁的には遠い関係だが、バルト海沿岸の小さな共同体では、こうした繋がりは珍しくない。
だがそれだけではない。私の母がエストニア系だったため、私には生まれつきエレンと似た特徴があった。頬骨の線、眉の形、そして何より、海を見つめる時の憂いを帯びた表情。母から聞かされていたヴァサラ家の女性たちの特徴が、私にも受け継がれていたのだ。
タムの復讐はそこから始まっていた。個人的な嫉妬が、長年にわたる憎しみに変わっていた。ミハエルが船舶事故で死んだのも、おそらく偶然ではない。そしてその息子ラウルに対する執拗な攻撃も、全ては愛する女性を奪われた男の歪んだ復讐だったのだ。
だが私にはもう一つの発見があった。タムが私を殺さなかった理由。この回りくどいゲームを続けた理由。
彼は私を愛していたのだ。エレンの面影を私の中に見ていた。
私は一人で、その島に乗り込んだ。