第四章 破綻の始まり
全ては順調に進んでいるように見えた。だがタムは私が考えていた以上に狡猾な狐だった。
彼は私の正体に気づいていたのだ。最初から。
そのことを知ったのは、ある秋の夜だった。バルト海に最初の嵐が到来し、タリンの街は冷たい雨に打たれていた。私はアパートで偽造した財務書類を精査していたとき、ドアがノックされた。
アルトゥールが立っていた。だが彼の表情は、今まで見たことがないほど深刻だった。
「カタリーナ、君は一体何者だ?」彼の声は震えていた。雨に濡れた髪が額にかかり、その下の瞳は混乱と怒りに満ちていた。「父が言うんだ。君の本当の名前はマリアナ・ラウルス。ラウル・ラウルスの恋人だった女だと」
その時、私の心臓が止まったかと思った。タムは私の過去を、全てを知っていた。整形手術も、偽の身分も、全てを見抜いていた。
「アルトゥール、私は……」
「君は僕を利用したのか?父を陥れるために?」
彼の眼には、裏切られた者だけが持つ痛みがあった。ラウルが最後に私を見た時と、同じ眼をしていた。純粋な愛が憎しみに変わる瞬間の、残酷な美しさ。
私は答えることができなかった。何と言えばよいのか。私の愛は嘘だったのか?復讐のためだけだったのか?自分でも分からなかった。
「ラウル・ラウルス」彼は名前を反芻した。「海洋生物学者の。父が罪を着せて自殺に追い込んだ男の」
「あなたも知っていたの?」
「薄々は。父の周りで不審な死を遂げた人間が何人かいることを。でも確証は持てなかった。君に会うまでは」
アルトゥールは窓に歩み寄り、雨に打たれるタリンの街を見下ろした。旧市街の石造りの建物群が、街灯に照らされて幻想的な輝きを放っている。
「僕は父を愛していた」彼は静かに続けた。「同時に軽蔑もしていた。そして君を愛していた。でも君は……」
「アルトゥール」
「いや、分かっている。君にとって僕は復讐の道具だった。父に対する」
その言葉は私の胸を深く傷つけた。なぜなら、それが真実だったから。少なくとも最初はそうだった。
「でも君を愛していた」彼は振り返った。「それだけは本当だ。たとえ君が僕を利用していたとしても」
翌日、贋作事件の真相が暴露された。だが罪を着せられたのはボルコフではなく、私だった。タムは証拠を巧妙に操作し、私を主犯に仕立て上げたのだ。
エストニアの警察が私のアパートを急襲したとき、私はからくも逃げ延びた。だが国際指名手配犯となった。顔写真がインターポールのデータベースに登録され、世界中の警察が私を追うことになった。
そして最も辛かったのは、アルトゥールが父と私の間で引き裂かれ、精神を病んでしまったことだった。純粋すぎる心が現実の残酷さに耐えきれず、彼は自らを閉ざしてしまった。タリン大学の精神科病院に入院し、面会謝絶となった。
私は再び全てを失った。今度は、罪もない青年の心まで破壊して。