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ごめんなさい、その理想の相手は地球上にはいません~私が結婚相談所で出会った、夢を語るモンスター~

作者: 猫又ノ猫助

 

「白石さん、次のご相談者様です」


 上司の加藤さんが、疲れ切った顔で私に声をかけた。彼の顔には「頑張れ、死ぬなよ」と書いてある。私も心の中で「お互い頑張りましょう」と返事をして、扉の向こうの相談者に笑顔を向ける。


 扉が開く。


「アンタが担当?ずいぶん若いじゃない、大丈夫?」


 椅子にどかりと座ったのは、自称48歳の肥満体型の女性だった。


 フリル付きのブラウスに、レースのスカート。髪はゆるふわに巻かれ、大きな瞳にはつけまつ毛がぎっしり。プロフィール写真のスレンダーで上品な印象と本人がまるで別人だ。それに加えて、写真では隠されていた二重アゴと、ブラウスからこぼれそうな肉付きの良さが、強烈なインパクトを放っている。


「初めまして、白石花音です。本日はようこそお越しくださいました!」


「ええ、まあ。でも、本当はアタシ、こんなところに興味ないのよね。父がさ、退職して年金生活になったから、娘の将来が心配ってうるさくて。仕方ないから来てやったのよ」


(……自分で来てるくせに、何言ってんだこの人)


 私は、ぐっとこみ上げてくる感情を抑え、笑顔の仮面を貼り直す。


「では、早速ですが、理想のタイプを教えていただけますか?」


「理想のタイプっていうか、まぁ私と結婚する上での最低条件ならあるわよ」


 鈴木さんは気だるそうでありながら、その実目を輝かせて口を開いた。


 その様子を見て私は手に持ったペンを強く握りしめる。こういう人は、大抵やばい。


「まず、年齢は30代前半まで。オジサンと一緒に暮らすなんてゾッとするもの。年収は1,000万円以上。都内に高層マンションの一室を持っていて、車も当然持っている方がいいわね。あっ、ちなみに言うまでもないけど低層階や国産車はだめよ。仕事は、できれば医師か弁護士。でも、公務員でも他の条件が良ければギリギリ考えてあげてもいいわ。」


(…年収1,000万以上で30代前半の男性は、東大卒のエリートでも難しいのに…)


「はい、承知いたしました。他にはございますか?」


「外見は、俳優の〇〇さんに似た、爽やかなイケメンがいいわ。逆にガツガツしたタイプは、私の体目当てなんじゃないかって疑っちゃうわよね。身長は180cm以上。チビのホビットとか、人権ないものねそんなのと一緒にいたら笑われちゃうわ」


(……そんな男、この相談所にいたら、とっくに結婚してるわよ)


「……あの、鈴木さんのご職業は『家事手伝い』と拝見しましたが、今後お仕事されるご予定や、これまで就職された経験はございますか?」


「え?ないわよ、別に。だって、アタシみたいな素敵な女性は、おうちで旦那様を支えるのが一番じゃない。そのために、これまでずっと花嫁授業してきたんだから、仕事なんてする暇なんて当然なかったわ」


(…ただのニートじゃん…)


「ちなみに、お料理は家事はお得意ですか?」


「うーん……たまに、親が体調悪い時にインスタントラーメンとか作ってあげるけど。あ、でも、作ってくれたご飯は、美味しく全部食べてあげるわよ!アタシと食事ができるだけでも、男は感謝すべきでしょ?

それ以外の掃除や洗濯は、手が荒れちゃうからした事無いわ。結婚したら、当然旦那さんにお願いするわ」


(…インスタントラーメンしか作れないのに、何様だよ…)


 この人は、結婚相手を探しているのではなく、「理想の家政夫」を探しているのだ。しかも、その対価として提供するのは、48歳の肥満体と、インスタントラーメン。


「承知いたしました。ただ、鈴木様の年齢やご職業、お相手に求める条件から、現実的なお相手をご紹介させていただく必要があるかと……」


 私の言葉を遮って、彼女は顔を真っ赤にした。


「はぁ?何言ってんの、アンタ!馬鹿にしてるの?この若くて可愛らしいアタシに、どんな男を紹介するつもりなのよ!まさか、ハゲたオッサンとか、デブとか、年収低い人とか?」


 彼女の声は、一気にヒステリックに響き渡る。私は感情を悟られないよう、淡々と続ける。


「いえ、そうではなく、鈴木様と同年代の、同じようなご趣味をお持ちの方や……」


「ふざけないで!アンタたちみたいな低レベルな人間と一緒にするんじゃないわよ!アタシは特別なの!学生時代はアタシ、告白されまくって大変だったんだから!街を歩けば、よくモデルにならないかって声かけられたのよ?こんなとこに来てる連中とは格が違うの!それに、周りの同級生が20代でろくな男と結婚しなかった分、アタシが遅れたってことは、その分、もっと良い条件の男と結婚する権利があるってことなのよ!」


(…いや、単に乗り遅れただけでしょ。しかも、学生時代とか何年前だよ)


 彼女がまくしたてたその勢いに、私は呆然とする。


「まともな結婚相手すら紹介できない親のせいでちょっと行き遅れたからって、アタシに責任はないわ!! むしろだからこそ、ここで最高の男を見つけて、成功してやるのよ!」


(……結婚しなかったのは、あんたの意思だろ)


 私は深呼吸をして、静かに資料を片付けた。


「鈴木様、大変申し訳ございませんが、当相談所では、お客様のご希望条件と、現在の婚活市場の状況を鑑み、ご紹介が難しいと判断いたしました。つきましては、ご入会をお断りさせていただきます」


 彼女の顔から、一瞬で笑顔が消えた。


「は……はあ?どういうこと?アタシ、こんなに可愛くて若いのに!」


「はい、お気持ちはわかります。ただ、現在の条件では、ご希望のお相手をご紹介することは極めて困難です。まずはご自身の生活環境と、ご希望条件を見直していただくことをお勧めします」


 私の言葉に、彼女は何も言い返せなかった。


 最後に吐き捨てたのは、私の耳を疑うような言葉だった。


「ひどいわ!こんな酷い相談所、二度と来ないから!どうせ、アンタも一生結婚できないわよ!」


 彼女が去った後、私は深いため息をつく。


 目の前のパソコン画面には、鈴木さんの入力されたプロフィールが映し出されている。


  * 年齢:48歳

  * 趣味:カフェ巡り、高級ブランド店でショッピング

  * 職業:家事手伝い(実質無職)

  * 希望条件:年収1,000万円以上、身長180cm以上、30代前半、家事育児に協力的


 このデータだけ見れば、何もおかしくない。しかし、その裏にある現実を知っている私は、パソコン画面に向かって語りかける。


「ごめんなさい、その理想の相手は、この世には存在しません」


 私の呟きは、誰に聞かれることもなく、静かな部屋に溶けていった。


 私はまた、一つ、結婚の夢を見る人々の、深い闇を知ったのだった。

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