第6話 初デートは、こぶ付きで
数日後、歩は黒岩と近場の遊園地へ行くことになった。小学生の頃からリトル・リーグで野球三昧だった黒岩は、幼稚園の遠足以来、行ったことがないという。
所謂、初デートとなったわけだが、歩には、黒岩に謝らなければならない事態が発生していた。
「ごめん。母が親戚の法事に出かけてて。たぶん、迷惑かける。ふたりとも元気あり余ってるから」
伊織と梨花も一緒だった。幼い弟妹を家に残すわけにもいかず、連れて来ざるを得なかったのだ。しかも、行く先が遊園地ということもあり、ふたりの喜びようといったら半端なものではなかった。
「わぁ~、可愛いな。どっちも歩にそっくりだな。おまえが産んだのか?」
歩が連れて来た小さな弟妹を見るや、黒岩は目を輝かせた。迷惑そうな顔をするどころか、むしろ嬉しそうに笑顔で迎えた。明らかにテンションが上がっている。彼は感情がそのまま正直に顔に出るタイプなので、あながち愛想笑いでもなさそうだ。歩はひとまず安堵した。
「俺が産むわけないだろ。黒岩、頭いいのにバカだな」
思わずそう突っ込んでしまった歩だが、弟妹を連れて来た負い目もあり、今日ばかりは黒岩の軽口を寛容に受け流そうと決めていた。
「俺、一人っ子だから、兄弟ってのに憧れてんだ」
黒岩は弟妹たちの目の高さまで屈んで自己紹介を始めた。
「今日はよろしく。俺は黒岩健斗」
「ワタシ、梨花よ。ケントくん、よろしくね」
花の蕾が開く瞬間のような可憐な笑顔を見せて梨花が自己紹介した。女の子は小さくても自分の魅せ方を知っている。
「梨花ちゃんか。よろしく」
「ボクは伊織。クロイワ、今日はよろしく頼む」
微かな緊張を漂わせながら伊織が名乗った。何処か挑戦的な態度が窺える。
「よろ……よろしく、伊織くん。……ふたりともしっかりしてるね。伊織くんは俺のこと、いきなり呼び捨てなんだね。は、ははっ……」
小さな子どもの扱いに慣れているはずもない黒岩が早くも苦戦していた。
「ほんと、ごめん。今のうちに謝っとく。このふたり、けっこうマセてるところがあるから。時々、俺でもびっくりするんだ」
「長兄が一番幼かったりして。今日は楽しくなりそうだ」
「そう言ってくれてありがとな。……黒岩、汗出てるぞ」
「な、夏だからな」
さほど広い園内ではないものの、迷子にならないようにと伊織と梨花を挟んで四人でしっかりと手を繋いだ一行は、意気揚々とアトラクション巡りを始めた。
「なあ、歩、俺たちって、傍から見たらどんなふうに映るかな?」
「どんなふうって? 歳の離れた兄弟とその友だちだろ。まんまじゃないか」
「おまえ、想像力がないなぁ。このパーティーはどう見ても若い夫婦とその子どもたちだろ」
「誰が夫婦だ」
「もちろん、俺と歩」
「訊いた俺がバカだった。俺たちが親子だとしたら相当無理があるぞ。伊織は俺たちが小学生の時の子ってことになる。小学生で親になるのはいくらなんでも……って、どっちが産むんだよ!」
「当然」
と言って黒岩は歩を指した。
「俺、将来たくさん子ども欲しい。野球のチームができるくらいに。ねっ、歩、俺の子九人産んで」
「はぁ~、黒岩……頭いいのにバカだな」
やはり黒岩の軽口には寛容になれそうもないと、歩はため息をついた。
「クロイワ、頭いいのにバカなのか?」
軽蔑の色を浮かべた眼差しで伊織が黒岩を見上げた。
「でも、ケントくん、カッコイイからオッケー」
梨花がすかさずそう言って、可愛く両目ウインクを送った。彼女は黒岩擁護派のようだ。
弟妹が二派に分れた瞬間だった。
「梨花、男は外見だけじゃないぞ。中身が大事だ。まぁ、黒岩の場合は中身も一級品だからいいけど。それから伊織、黒岩を呼び捨てにしていいのはお兄ちゃんだけだ。同級生だからな。だけど、年下のおまえが呼び捨てにするのは良くない」
歩は弟妹たちの躾に厳しいのだ。
「いやぁ、そんな、一級品だなんて。歩が俺のことをそんなふうに言ってくれて嬉しいっていうか、照れるじゃないか。それに、呼び捨てだって俺は構わないんだけど」
そして、デレる黒岩。
「礼節はきちんと弁えないといけない。……伊織、わかったな?」
「わかった。じゃ、クロイワくん、でいい?」
「いいよ~♪ 伊織くん」
歩に『中身も一級品』と言われて気を良くしたのか、同級扱いのくん付けにも拘わらず、黒岩は快く了承した。
「なんだか同級みたいで悪いな。ごめんな、黒岩」
「いいよいいよ~♪」
「クロイワくん、ごきげんだな」
園内の至る所に設置してある小さなガーデンテーブルを囲んで、暫し休憩中の四人はソフトクリームや飲み物で一息ついていた。
クリームを鼻に付けた黒岩のお茶目な格好が皆の笑いを誘った。そのクリームを拭き取ろうとした歩より早く、梨花が身を乗り出してペロッと舐めた。小さな妹は長兄の同級生を殊のほか気に入っていた。
「ケントくん、梨花ね、大きくなったらニィニィと結婚するつもりだったけど、ケントくんと結婚してあげてもいいよ」
「ほんと? 梨花ちゃん、お兄ちゃんに似てとっても美人だから嬉しいな」
「えへへ、梨花、美人」
美人と言われて梨花はご満悦の様子だ。
「黒岩、二十年後な」
すかさず歩が釘を刺した。
「マジか」
「それまで清く正しく生きろ。でなきゃ、可愛い妹は渡せん」
「兄者! 殺生な」
黒岩がそっと歩の肩を抱き寄せた。
「……でも、歩が俺のお義兄さんになったら、家族としてずっと一緒にいられるわけだな」
「おまえこそマジかよ」
歩は肩に置かれた黒岩の手をやんわりと外した。
「歩、いっそこのまま家族にならないか?」
黒岩は外された手を今度は歩の腰にゆっくりと回した。
「待て! クロイワ! くん、お兄……歩くんはボクのものだからな。この手を放せ!」
歩と黒岩の会話に伊織が割って入った。そして、兄の腰に回された黒岩の手を激しく攻撃した。
「痛っ! 伊織くん、目がマジ!」
伊織が黒岩をライバル視していることは、もはや明白だった。小学生といえども侮れない。
アトラクションでは、歩と伊織、黒岩と梨花がペアになった。四人で乗った観覧車以外では、この組み合わせが悉く嵌まった。メリーゴーランド、コーヒーカップ、ゴーカート、お化け屋敷などで、相性の良さが功を奏した。ぺアになったふたりは、テンションが上がるポイントが同じだった。
遊園地のメインアトラクションとも言うべき空中ブランコとジェットコースターには、年齢制限で梨花が乗れず、黒岩が意外にも刺激のある浮遊感がNGで乗れなかった。『おへそが飛んで行く』というのが苦手の理由だ。それを尻目に、歩と伊織はスリルに満ちた刺激的な疾走感を存分に堪能した。
伊織は梨花が黒岩にべったりなのをいいことに、久しぶりに兄を独占できて上機嫌だった。梨花も長兄とはタイプの違うイケメンが新鮮だったらしく、これまた上機嫌だった。
「黒岩、今日はありがとう、伊織と梨花と遊んでくれて。疲れただろう?」
遊び疲れた様子の幼い弟妹は陥落寸前だった。梨花は目がとろ~んとして今にも眠りに落ちそうだ。伊織も睡魔には敵わず、観念したように黒岩の背におぶさり、すぐに寝息を立て始めた。
歩が梨花を背負い、黒岩が伊織を背負って四人は帰路に着いた。すっかり陽も傾き、凹凸の影がふたりの前に長く伸びていた。
黒岩が歩たちを家まで送ってくれた。ふたりの家は数ブロックしか離れていないが、住所がちょうど校区の境目で隔てられ、中学までは学校も別々だったため接点がなく、互いに知らない仲だった。高校で初めて一緒になった当時、黒岩はそのことをひどく悔しがったものだ。
「久しぶりに楽しかったよ。俺、梨花ちゃんに気に入られたみたいだし、伊織くんにはライバル視された……ってことは、裏を返せば認められたってことだろう」
「おまえのポジティブさに感謝しかない。ほんと、ありがとう。この埋め合わせはするから」
「埋め合わせなんていいよ。俺もマジで楽しかったんだし。でも、歩がせっかくそう言ってくれるなら……今度は、何処かに遠出するってのはどうだ? もちろん、お泊りで」
「なんでわざわざ『お』を付けるんだ?」
「決まってるだろ」
「何が?」
「ええィ、Hするんだ!」
「なら、行かない」




