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第2話 可愛過ぎる弟妹

「お兄ちゃん、バスケしよ」


 小学二年生になる弟の伊織(いおり)が、バスケットボールを抱えて歩の部屋に来た。


「おっ、伊織、上手くなったか?」


 歩は勉強の手を止めて机から離れ、伊織の視線の高さまで屈んで応えた。

 暫く見ないうちに少年らしい風貌になっている弟の成長に驚く。少し目にかかっている伊織の前髪を指で払うと、黒目がちのキラキラした大きな双眸が現われて、真っ直ぐに歩を射止めた。こんな眼で見つめられたら、たいていの女子はイチコロだろう。この若さで罪作りだ。弟の美貌に感嘆しきりの歩だった。


「ボク、上手くなったよ。シュートはね、左手は添えるだけでいいんだって」

「そうか」


 伊織はアニメの影響からか、バスケがしたいと言い出し、家の庭にバスケットゴールを設置してもらった。歩が進学のために実家を離れた直後のことだ。兄のいない寂しさが紛れるのならという思いもあって、両親はすぐに伊織の願いを叶えてあげたらしい。


 微かな後悔が歩の胸に湧いた。自分も伊織くらいの年齢から日常的にスポーツをしていたら、もっと背が伸びていたかもしれない。例えば、真田理仁亜のように。彼は中学、高校、大学と、部活でバスケットボールをやっていたという。バスケをやれば誰でも彼のような格好の良い男性になるとは限らないだろうが、可能性は否定できないし、希望は持ってもいいはずだと歩は思う。


「バスケやだ。梨花(りんか)、かくれんぼがいい」


 妹の梨花もやって来た。

 幼稚園の年少組の梨花は、四歳になったばかりのおしゃまな妹だ。


「えーっ、バスケしたい~!」


 伊織が喰い下がる。


「やだやだ~。ねぇ、ニィニィ」


 梨花が歩の脚に抱きついて、舌足らずの可愛い声で駄々をこねる。


「よしよし、梨花。大きくなったかな」


 歩は小さな妹を優しく抱き上げた。

 春先より重くなっている気がした。柔らかな栗色の天然パーマの髪をツインテールにして赤い水玉のリボンで結わえてある。何もかも可愛らしく、ほほえましい。


「えへへ、梨花、大きくなった」


 そう言って含羞の笑顔を見せる梨花。こんなに小さくても既に()()()が板に付いている。


「お兄ちゃん、ボクも抱っこ!」


 伊織がボールを放り投げて歩を見上げる。もはやこの時点で、彼の中では『バスケしたい <  抱っこされたい』という不等式が成立しているようだった。


「あーっ、伊織くんは小学生だからダメなんだよ。ねっ、ニィニィ」


 梨花は齢が近い次兄のことは『伊織くん』と名前で呼ぶ。敬意の度合いに差があることは明らかだ。


「お兄ちゃん、小学生になると抱っこしてくれないの?」


 目を潤ませ、寂しげな表情で伊織が訊いた。


「そんなことないよ。伊織もおいで」

「わーい!」


 伊織が途端に笑顔になった。


 歩はふたりを一緒に抱き上げた。さすがに重い。けれど、大きくなった証だ。それが嬉しい。弟も妹も、どちらも無条件に愛おしくて可愛い。ふたりに注ぐ愛情に偏りはない。年の離れた幼い弟妹は、まるで自分の子どものようにも思えるのだった。


 ふたりを抱擁しながら、歩はまたしても理仁亜を想った。こんな風に、自分も抱きしめてもらえないだろうかと。隣に颯也がいてもいい。もう片方の腕で、自分も。


「ニィニィだぁーい好き! 梨花、大きくなったらニィニィと結婚するの」

「何言ってるんだ、梨花! お兄ちゃんはボクのものなんだからな。結婚するのはボクなんだ」


 梨花と伊織が言い合いながら両方からほっぺを寄せ、歩の頬にぴたりとくっ付けてくる。柔らかなすべすべの頬に挟まれて、歩は頭が動かせない。


「違うもん。男同士じゃ結婚できないんだもん。梨花は女の子だからおヨメさんになれるけど、伊織くんはおヨメさんになれないでしょ」

「違うもん。お兄ちゃんがボクのおヨメさんになるんだ。だからね、梨花がお兄ちゃんのおヨメさんになって、ボクがお兄ちゃんのおムコさんになればいいんじゃない?」

「うんっ、それならいい!」


 弟と妹のあやしげな会話を黙って聞いていた歩だったが、さすがに口を挿まずにはいられなくなった。


「ふたりとも間違ってるよ。まず、兄弟妹(きょうだい)では結婚はできません。それから、お兄ちゃんは男だからお嫁さんにはなれません。わかったかな?」

「「 わかんな~い 」」


 見事に弟妹の声がハモる。歩はもはや反論する気も失せた。




 * * *




 かくれんぼの最中に、クローゼットに隠れていた伊織と梨花がそのまま眠ってしまった。ふたりとも昼寝の時間だ。

 歩は弟妹をそれぞれのベッドに寝かせると、高校時代まで頻繁に通っていた近所の書店に足を運んだ。同じ町に国立大学があるおかげで、専門書の品揃えが格段に良いことで定評がある。この夏期休暇中に、前期の試験で芳しくなかったマーケティング理論を重点的に勉強しようと、歩は一応の目標を掲げていた。


「歩……?」


 つま先立ちで上段の棚に手を伸ばしかけた時、不意に声をかけられた。

 振り返ると、懐かしい笑顔を浮かべて佇む男がいた。

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