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第12話 アヒル隊長 その②

「なあ、歩、風呂に入る前に売店に行ってみないか? 見舞いに来てくれたやつらにお土産買っときたいんだ。伊織くんや梨花ちゃんにも」

「それもそうだな。よし、行こう」


 歩もちょうど、黒岩の父母、真吾と彩へのお土産品を選びたいと思っていたところだった。着いた早々ではあるが、ぎりぎりになって焦って買うよりは、時間に余裕のあるうちに吟味しておきたいと。


 


 ゆったりとした純和風の売店は結構な賑わいだった。

 多くの客を捌きながら忙しいにも拘わらず、店員は笑顔で丁寧な応対をしている。接遇の教育が隅々まで行き届いていると感じるのは、ここが老舗旅館である所以か。

 特産品や銘菓が所狭しと並ぶ中、定番の商品もある。


「やっぱ、木刀とペナントは外せないよな」

「昔の中学生の修学旅行か」


 黒岩は木刀を手にし、野球のバットを構えるようなポーズをとった。『長い物=バット』の概念が黒岩の身体には染み着いているようだ。


「高校の修学旅行の時も買ったぞ」

「どんだけ好きなんだよ」


 そんな会話をしていると、何処からか『アヒル隊長』というワードが耳に飛び込んで来た。

 歩と黒岩はすぐに反応し、声のする方に目を遣った。



「置いてないんですか?」

「はい。アヒル隊長はご自宅のお風呂場で小さなお子様が遊ぶ玩具であるとの認識のため、当店では扱っておりません。ご要望に添えず、誠に申し訳ございません」


 レジカウンター付近で、着物姿の女店員が二人の男性を前にして深々と頭を下げていた。

 ボディビルダーのようなマッチョな体格。齢の頃なら二十代半ば。そこはかとなく世紀末的兄弟の雰囲気が漂う金髪ソフトモヒカンと黒髪ロン毛のふたりだった。

 主に店員と話しているのは金髪モヒカンの方で、いでたちは黒いタンクトップに迷彩ズボン、腰には太い粗目のチェーンがぶら下がっている。その日焼けした逞しい肉体と精悍な面構えは百戦錬磨の傭兵を彷彿とさせた。

 その傍らには、残念そうにうなだれるロン毛の男性。こちらは肩に届くほどの艶やかな黒髪、白いTシャツにブルージーンズといった無難な格好だが、衣服を隔ててさえも窺える筋肉量は金髪モヒカンに負けず劣らずムキムキな上に、顔はかなりのイケメンであった。


「しょうがない。諦めるか」

「う~ん……」


 

 世紀末的兄弟のそんな会話が聞こえて来た。

 さしずめ、彼らはアヒル隊長を求めて売店に来たものの、売られていなかったのでがっかりしている、といったところか。


「アヒル隊長って、そんなに人気なのかな?」


 歩は首を傾げた。いい歳の大人の男性に需要があるとも思えなかった。


「知らんけど。彼らがそれを欲しがっているのは事実だ」


 そう言うと黒岩は、その二人連れに近づいて行った。


「失礼します」

 物怖じする様子もなく、黒岩は世紀末的兄弟に話しかけた。

「アヒル隊長がどうのと聞こえたもので。……もしかしたら、自分がお役に立てるのではないかと思い、声をかけさせていただきました」


「「 おおっ! 」」


 驚いたように世紀末的兄弟が同時に振り向いた。


「助けてくれるのか。君は天使か何かか?」


 感動の眼差しで金髪モヒカンが黒岩を見つめて尋ねた。


「ただの学生です」


 黒岩は苦笑しながら頭を掻いた。


「実は、こいつがアヒル隊長と一緒じゃなきゃ風呂に入りたくないってブンむくれちゃって。うっかり持って来るのを忘れたもんで。それで、ここに買いに来たけど売ってなくて……どうしようかって途方に暮れてたところなんですよ」


 意外にも柔らかな語り口調の金髪モヒカンは、連れを指してそう説明した。


「湯船にはアヒル隊長がいなきゃ楽しくないでしょう」


 と、黒岩に同意を求めるような目で黒髪ロン毛が言った。


「だったら……!」

 黒岩は歩の方を向いて、ズボンのポケットを指した。

「歩、いいよな、これ使ってもらっても」


「えっ、それは……」


 黒岩のズボンのポケットに入っているのは、真吾が愛息子の身体の回復状況を観察するために仕込んだ超小型カメラ内蔵のアヒル隊長だ。しかし、自分の貧弱な裸体が映り込む事故が起こり得る可能性を憂慮し、真吾に不快な思いをさないために、敢えて封印することに決めたものである。

 黒岩にカメラの件を知らせても良かったのだが、ただでさえ実家暮らしで窮屈さを感じている彼が、旅先まで監視の目が光っていることを知れば、父子関係に亀裂が入らないとも限らない。だからこそ、カメラの件は黙っておくことにしたのだ。したがって、そのことを今ここで明かすわけにもいかない。

 一方、助けられる手立てがありながら、目の前の困っている人を見捨てられないという道義的責任が生じている。しかも、黒岩は助ける気満々だ。

 ならば! と歩も腹を括った。カメラは見なかったことにしよう、と。


「いいよな? 歩、許可は?」


 黒岩が念を押す。一応、歩から『許可なくそのアヒル隊長をポケットから出すんじゃないぞ』と言われていたことを律儀に守っている。


「許可する!」


 歩はきっぱりと首を縦に振った。

 それを確認して、黒岩は件のアヒル隊長を取り出してふたりの前に差し出した。

 おそらく黒岩は歩の許可がなくともアヒル隊長を渡しただろうが、それ以前に、歩が了承しないはずはないと信じていたに違いない。


「これをどうぞ。ちょうど一つ余ってたんで。よかったら差し上げますよ」

「えっ、いいのかい?」


 黒髪ロン毛が目を丸くしながら、金髪モヒカンと顔を見合わせた。


「旅は道連れ世は情け、って言うじゃないですか。お役に立てれば何よりです」

「ありがとうございます! じゃあ、借ります。大事に遊びます。帰る時にはお返ししますので」


 満面の笑みで黒髪ロン毛の男性がアヒル隊長を受け取った。


「返さなくてもいいですよ」

「いいえ、それじゃ悪いですから」


 かくして、超小型カメラ内蔵のアヒル隊長は、この二日後、イチゴ味のプロテイン1ダースと共に黒岩の元に戻って来ることになるのだった。



「さあ、買い物再開だ」

 黒岩は善いことをしたという満足感でいっぱいの晴れやかな笑顔だ。

「見舞いに来てくれたみんなにはペナントでいいよな」


「それ、もらって嬉しいかな?」

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