第9話 ユウキの危機
■ユウキの危機
「でも、なんで今、こんな光景が?」リョウが震えながら尋ねた。
カレンはデータを解析しながら答えた。「時計塔の異変と関係があるはず。時間の流れが乱れて、過去の強い感情を持った瞬間が、現在に漏れ出している」
そのとき、幻影の中の一人がこちらを向いた。復員兵らしき若い男性が、まっすぐにカレンたちを見つめている。その瞳は、幻影とは思えないほど生々しく、何かを訴えかけているようだった。「助けて……家に帰りたい……」かすかな声が聞こえた。
すると、すべての幻影が一斉にこちらを向いた。「帰りたい」「家に帰りたい」「母さんに会いたい」無数の声が重なり合い、駅全体に響き渡った。それは嘆きであり、願いであり、80年以上も前の想いが、今まさに蘇ったかのようだった。
ユウキが突然、ふらふらと線路に向かって歩き始めた。彼の瞳は虚ろで、まるで何かに呼ばれているかのようだった。「聞こえる……誰かが呼んでる……」
「ユウキ!?」カレンは慌てて彼の腕を掴んだ。ユウキの体は熱を帯び、汗が滲んでいた。「ダメ!それは幻影よ!」
しかし、ユウキの力は異常に強く、カレンは引きずられそうになった。「みんな、手伝って!」ミカとタケシが駆け寄り、一緒にユウキを押さえた。しかし、他のメンバーも同じような状態に陥り始めている。
リョウも呆然とした表情で、幻影の列車に向かって歩いていた。過去の想いが、現在の人間を引き込もうとしているのだ。カレンの焦燥がピークに達する。SIDのレンズには、制御不能な赤いノイズが渦巻いていた。
■SIDの限界と決断
カレンは咄嗟にSIDのドローンを操作し、高周波音を発生させた。「みんな、耳を塞いで!」
キーンという音が駅に響き渡ると、幻影が一瞬揺らいだ。その隙に、カレンはユウキを後ろに引っ張った。「今だ!逃げて!」サークルのメンバーは、我に返ったように駅舎から飛び出した。
外に出ると、幻影は薄れていった。しかし、ユウキはまだ朦朧としている。「ユウキ、しっかり!」カレンは彼の頬を軽く叩いた。
「あれ?俺、何を……」ユウキは混乱した様子で周りを見回した。
「危なかった」ミカが安堵のため息をついた。「あのまま列車に乗ったら、どうなってたか」
「データによると」カレンはスマートフォンを確認した。「あの列車は、時空の狭間に向かっていた。乗ったら、二度と戻れない」全員が青ざめた。カレンの胸に、冷たい「影」が落ちた。SIDは幻影を退けることはできたが、その根本的な原因を解決できたわけではない。彼女の技術への信頼が、微かに揺らぐ。
■撤退と新たな謎
「もう無理」アヤが泣きそうな顔で言った。「こんな危険な調査、やめよう」
「でも」タケシが反論しようとしたが、言葉が続かなかった。彼も恐怖で震えている。
カレンは仲間たちを見回した。初めて、本当の危険に直面した彼ら。これ以上、巻き込むわけにはいかない。「分かった。今日はここまで。みんな、先に帰って」カレンは決断した。
「カレンは?」ミカが心配そうに尋ねた。
「私は、もう少しデータを取ってから」
「一人は危険だ」ユウキが即座に言った。「俺も残る」
「でも」
「さっき助けてもらった。今度は俺が、カレンを守る番だ」ユウキは真剣な眼差しでカレンを見つめた。その言葉に、カレンの胸が熱くなった。デジタルでは測れない感情が、彼女の心を満たしていく。
結局、他のメンバーは先に帰り、カレンとユウキだけが残った。霧の中に二人きり。