第8話 1945年の遺物
■1945年の遺物
駅舎の中に入ると、時代が止まったような光景が広がっていた。
「見て、これ。新聞が残ってる」アヤが埃まみれの棚を指差した。1945年8月15日付けの新聞。玉音放送を伝える見出しが、かすれながらも読み取れた。「終戦の日だ」ミカが息を呑んだ。
待合室の片隅には、忘れられた荷物が積み重なっていた。カレンは慎重に一枚の写真を手に取った。セピア色に変色しているが、若い兵士とその家族が写っている。裏には「昭和20年8月 無事に帰る日を願って」と記されていた。「この人たち、あの消えた列車に……」ユウキが呟いた。
その時、突然気温が下がった。夏だというのに、白い息が見えるほどだった。カレンの肌に、ひんやりとした空気がまとわりつく。
■過去の記憶
ドローンが駅の上空を旋回し始めた。カレンのゴーグルには、リアルタイムで解析されたデータが次々と表示されていく。
「ちょっと待って……これは……」カレンの表情が変わった。ゴーグルに映る映像に、説明のつかない現象が映し出されていた。
駅のホームに、半透明の人影が立っている。十人、二十人……数えきれないほどの人々が、まるで列車を待っているかのように整然と並んでいた。
「どうしたの、カレン?」ユウキが心配そうに声をかけた。
カレンは震える手でゴーグルを外し、ユウキに手渡した。「これを見て」
ユウキがゴーグルを装着すると、息を呑む音が聞こえた。「なんだこれ……人が、いる」
「私にも見せて!」ミカが順番を待った。他のメンバーも順番にゴーグルを覗き、一様に青ざめていく。
「幽霊……?」リョウが震え声で呟いた。
「違う」カレンは首を振った。「これは……過去の記憶だ」カレンの瞳の奥に、彼女がこれまで見てきたデータでは説明できない「影」が、確かな輪郭を持って映り込んだ。
■終戦の日の幻影
SIDの解析によれば、これらの人影は通常の霊的現象とは異なっていた。彼らは特定の時間――1945年8月15日の正午に固定されており、その瞬間の感情や想いが、場所に刻印されているようだった。
「見て。列車が来る」タケシが震え声で指差した。確かに、線路の向こうから蒸気機関車の幻影が近づいてくる。
突然、駅に変化が起きた。錆びついていたはずの線路が新しくなり、崩れた駅舎が元の姿を取り戻し、ホームには駅員が立っている。遠くから、汽笛が響いてきた。「列車が来る!」サークルのメンバーが悲鳴を上げて後ずさった。
黒い煙を吐きながら、蒸気機関車がホームに滑り込んできた。車両には「臨時列車」の表示があり、窓からは大勢の人々の顔が見えた。「待って。これ、過去の再現だ。私たちには害はない……はず」ミカが気づいた。しかし、その言葉とは裏腹に、幻影はどんどんリアルになっていく。
■感情の奔流
列車から人々が降り始めた。復員兵たちの表情は複雑だった。生きて帰れた安堵、戦友を失った悲しみ、そして未来への不安。
「お父さん!」幻影の中で、少女が父親らしき兵士に駆け寄った。兵士の表情は暗い。片腕を失い、包帯に巻かれた姿。少女は一瞬たじろいだが、すぐに父親に抱きついた。「生きて帰ってくれただけで、嬉しい」
その光景に、アヤが涙を流した。「こんなの、見てられない」幻影たちの感情が、波のように押し寄せてくる。喜び、悲しみ、不安、希望――すべてが混ざり合って、見ている者の心を揺さぶった。カレンの脳裏に、これまでSIDでは計測できなかった「感情の波形」が、鮮烈な色で描かれていく。