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夢写師カレンと刻の万華鏡  作者: 大西さん
第10章 千年前の記憶
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第50話 クロミカゲの誕生

霧の奥、秘められし血の誓い。

人と妖、二つの魂の融合。

千年の刻を超え、番人の孤独が今、語られる。


■クロミカゲの誕生——チヨとクロの融合


影向稲荷の鳥居をくぐった瞬間、カレンの夢写機が激しく反応した。画面に、見たことのない古い記憶が流れ込んでくる。それは、まるで時空の糸が解け、失われた「写しの対象」が鮮明に現れたかのようだった。


「これは……」カレンは息を呑んだ。


周囲の景色が一変した。現代の風景が薄れ、平安時代末期の光景が重なって見える。時は千年前、霧梁の地はまだ「霧郷」と呼ばれていた時代。


幻影の中で、一人の巫女が社の奥に座していた。年の頃は十六、七。長い黒髪を背に流し、清楚な白い小袖に緋袴を身につけている。その瞳は、現代のチヨと同じ金色をしていた。「クロ、また村に異変が」巫女のチヨ——現代のチヨとは別人だが、同じ名を持つ少女——は、不安そうに告げた。時間の流れが不安定になり、村人が急速に老いたり、若返ったりする現象が頻発していた。


『承知しております、チヨ様』声と共に、美しい女性が姿を現した。銀と黒が混じり合った長い髪、金色と青のオッドアイ。人間の姿を取っても、その妖艶さは隠せない。九尾の狐の化身、クロだった。


「このままでは、村が時の流れから外れてしまう」チヨは決意を秘めた表情で立ち上がった。社の奥から、封印された巻物を取り出す。それは、禁忌とされる術式が記されたものだった。


『チヨ様、それは……人と妖が融合する禁術。成功した例はございません』クロの表情が曇った。


「分かってる。でも、他に方法がない」チヨは振り返った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


時の流れを安定させるには、強大な力を持つ「時の番人」が必要だった。人間にも妖怪にも、その資格を持つ者はいない。人間には力が足りず、妖怪には人の心が理解できない。ならば——人と妖が一つになればいい。


『私は構いません』クロは静かに言った。その瞳に、深い感情が宿る。『チヨ様と一つになれるなら、それも本望』


「クロ……」二人の間には、主従を超えた深い絆があった。幼い頃から共に育ち、喜びも悲しみも分かち合ってきた。それは、種族を超えた愛情だった。


儀式の準備が整った。満月の夜、村の中心にある古い井戸の前で、二人は向かい合った。井戸は、時の流れが交差する特別な場所。ここでなら、不可能も可能になる。「これで、私たちは永遠に一つ」チヨは優しく微笑んだ。


『ええ、永遠に』クロも微笑みを返した。『どんな苦難があっても、共に乗り越えましょう』


二人は手を取り合い、古い呪文を唱え始めた。すると、井戸から不思議な光が立ち上る。それは、時間そのものが物質化したかのような、透明で美しい光だった。


光は二人を包み込み、その姿を一つに溶け合わせていく。チヨの清純さとクロの妖艶さ、人間の温かさと妖怪の力、すべてが混ざり合い、新たな存在が生まれようとしていた。


しかし、融合は想像以上に苦痛を伴った。「ああああっ!」二つの魂が一つになる痛み、異なる存在が混ざり合う違和感。それは、言葉では表現できない苦しみだった。二つの「写しの対象」が、激しく干渉し合い、互いを「写し損ね」ながら、それでも一つになろうとする。


村人たちは、遠巻きに儀式を見守っていた。彼らは祈った。巫女とその従者が、村を救ってくれることを。


そして——光が収まった時、そこに立っていたのは、一人の存在だった。チヨでもなく、クロでもない。しかし、両方の特徴を持つ者。銀と黒が混じり合った髪、金色と青のオッドアイ、人間と狐の特徴を併せ持つ姿。クロミカゲが誕生した瞬間だった。


『我は、時を守る者』新たに生まれた存在は、重なり合った声で宣言した。チヨの優しさとクロの厳格さが混ざった、不思議な響きを持つ声。


『これより、この地の時間を管理する。過去も現在も未来も、すべて我が見守ろう』その瞬間、村全体の時間が安定した。老化していた者は元に戻り、若返っていた者も適切な年齢に戻った。時の流れは、クロミカゲの制御下に置かれたのだ。


しかし、クロミカゲの内部では、二つの意識が対話を続けていた。これは、クロミカゲの「語られなかった記憶」であり、その孤独の本質だった。(クロ、聞こえる?)チヨの意識が問いかける。(はい、チヨ様。私はここにおります)クロの意識が答える。(もう『様』はいらないよ。私たちは一つなんだから)(それでも、私にとってあなたは特別な存在です)


二人で一つ、しかし心は二つ。それが、クロミカゲという存在の本質だった。


村人たちは、新たな守護者を畏れと感謝の念を持って受け入れた。そして、クロミカゲは、千年にわたる孤独な使命を始めることになる。その孤独は、永遠に「写し残される」運命だった。

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