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夢写師カレンと刻の万華鏡  作者: 大西さん
第1章 霧の中の時計の音
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第2話 霧梁県の朝

■霧梁県の朝


カレンは窓を開けて外を見た。


霧梁県久遠木町は、関東のどこかにある人口3万人ほどの地方都市。表向きは平凡な町だが、住民は皆、この土地の特殊性を理解している。


商店街を見下ろすと、いつもと変わらない朝の風景が広がっていた。パン屋の「ベーカリー田中」は、100年前から同じ場所で営業しているが、最新のIoT技術で在庫管理をしている。隣の「山田電器」は、家電販売と同時に、お祓い用の塩や御札も扱っている。


伝統と最新技術の共存。それが2026年の霧梁県の姿だった。


しかし、今朝は何かが違った。通りを歩く人々の足取りが、どこかぎこちない。まるで、自分がどこに向かっているのか分からないような、不安定な歩き方。そして、時折立ち止まっては、困惑した表情で辺りを見回している。


「やっぱり、何か起きてる」カレンの胸に、冷たい予感がよぎった。


カレンは急いで準備を始めた。SIDを専用のケースに収め、ドローンと予備バッテリーをバックパックに詰め込む。何が起きているのか分からないが、調査する必要がある。


■母と娘


「カレン、準備はどう?」


扉が開き、母ルカが顔を覗かせた。手にはアナログの魂写機が大切そうに抱えられている。祖母から受け継いだという、年代物のカメラ。白髪が数本混じった黒髪が、窓から差し込む霧の光に照らされて銀色に輝いた。


「順調だよ」カレンは画面から目を離さずに答えた。「あと少しでキャリブレーションが終わる。今日の写祓は、SIDで完璧にこなしてみせるから」


写祓うつしばらい——霊的な問題を写真技術で解決する、夢写師の仕事。代々、女系で受け継がれてきた技術だが、カレンはそれをデジタル化しようとしていた。


ルカは娘の強がりを見透かすような優しい微笑みを浮かべ、作業台に近づいた。古い魂写機のレンズに指を滑らせながら、静かに囁く。「魂は心で感じるもの、カレン。データだけじゃ、見えないものもあるのよ」


「そんな古臭いこと」カレンは笑おうとしたが、母の金色の瞳に宿る深い光に、言葉が続かなくなった。その瞳には、カレンがまだ知らない何かが宿っていた。長い年月をかけて積み重ねられた経験と、魂と向き合ってきた者だけが持つ静かな確信。そして、何より——優しさ。


「母さんは、いつも正しい」カレンは小さく呟いた。「でも、私は私のやり方で」


「それでいいのよ」ルカは娘の頭を優しく撫でた。「あなたには、あなたの道がある」


カレンはふと、自身のSIDのレンズの曇りが、まるで自分自身の心の曇りを映し出しているかのように感じた。データだけを追い求めるあまり、本当に大切なものを見落としているのではないか、と。


■時計塔の覚醒


突然、町の中心部から重い金属音が響いてきた。


ゴーン……ゴーン……


「時計塔?」カレンは驚いて窓の方を見た。「でも、あれは何十年も前に止まって」


明治期に建てられ、もう何十年も止まったままだった時計塔が、軋みを上げて動き始めたのだ。カレンとルカは顔を見合わせ、窓へと駆け寄った。


霧の向こうに聳える時計塔の針が、不規則に震えながら回転している。まるで時間そのものが混乱しているかのように、針は前に進んだかと思えば逆回転し、時に止まり、また激しく回り始める。


そして空には、この季節には決して現れないはずの光が揺らめいていた――紫と青のオーロラが、昼間の空に不気味な帯を描いている。


「これは……」ルカの表情が険しくなった。「32年前と同じ」


「32年前?」カレンが聞き返した。


「チヨが消えた日」ルカは呟いた。「あの日も、時計塔が狂ったように動いて、空にオーロラが現れた」


ルカの言葉に、カレンの胸に冷たいものが走った。32年前。行方不明になった大叔母チヨ。そして、今この瞬間の異変。すべてが繋がっていることに、彼女は初めて気づいた。

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