第6話:優しき森の魔女と、初めての嘘
最近、ナナの様子がおかしい。
「なんか……からだが重い……」
ユキの肩に乗っていたスライム――ナナが、ぐったりとした声でつぶやいた。
「えっ、大丈夫? どこか痛い?」
「ううん、違うの。なんだか中からじんじんする感じ……」
ユキは慌てて村の長老に相談しに行った。
「魔力の循環が滞っておるな。放っておくと《魔核》が不安定になり、やがて……消えてしまうやもしれん」
「……そんな!」
「だが方法はある。“森の魔女”に頼めば、癒やせる可能性がある」
「森の魔女……?」
長老は神妙な顔で頷いた。
「森の奥にひとりで住む《魔女》じゃ。腕は確かだが、人間嫌いでな……」
村の者は誰も近づかないという。だがユキは迷わなかった。
「行きます。ナナを……助けたいんです!」
その夜、ユキはナナとともに森の奥へと足を踏み入れた。
* * *
森は、深く、静かで、冷たい。
「ユキ……前から何か来る……!」
ナナの声に反応したその瞬間、茂みから魔獣が飛び出した。
爪がユキを切り裂こうとしたそのとき――
《ピキィン!》
ユキの周囲に淡い光が走り、空間が歪む。
「これは……また能力が発現したのか……!」
敵の攻撃がユキのすぐ横をすり抜ける。視界がずれるように、位置がズレた。
《幻身の歩法》――敵の視線と接触軌道をずらす“回避系”のスキルだった。
さらに、魔獣が毒の霧を吐いた瞬間、ユキの全身を光の膜が包み込む。
《魔力障壁》――魔法や毒を打ち消すバリアが、自動で展開されていた。
「……ナナ、大丈夫?」
「……うん。ユキ、強い……!」
そう言ってナナが笑うと、ユキの胸がじんわりと温かくなった。
* * *
森の奥深く。霧が晴れた先に、小さな家がぽつんと建っていた。
「ここか……」
トントンと扉をノックすると、すぐに応答があった。
「誰だい?」
出てきたのは白髪混じりの、冷たい目をした女性。だがその声には疲れと優しさが滲んでいた。
ユキは意を決して頭を下げた。
「ナナを助けてください!」
魔女は、ナナを見るなり一瞬だけ目を見開いた。
「……あの子は、かつて私が造った《魔性核》の残り……忘れたはずの過去が、まだ生きていたのね」
そして、ぽつりとつぶやいた。
「私は……もう、癒やす力を手放してしまった。だが、あなたなら……届くかもしれない」
魔女はユキの手を取り、光を託す。
「これは“受け渡しの術”。心で想いを繋げば、あの子の魔核を安定させられる」
ユキは目を閉じ、ナナにそっと手を添えた。
「大丈夫……ぼくがそばにいる。ずっと一緒だよ」
光が優しく包み込み、ナナの体から霧が晴れていった。
「ユキ……ありがとう」
安堵したその時、魔女がぽつりと聞いた。
「……あんた、いったい何者なの?」
――その問いに、ユキは少しだけ目を伏せて、笑った。
「ぼくは……“ユキ”です。ただの村にいる、普通の子です」
それは、初めてついた――けれど、優しい《嘘》だった。




