第2話:村の子どもたちと、初めての笑顔
ユキ――もとい、元社畜の山名剛志は、村の入り口までたどり着いていた。
木造の小さな家々が並ぶ、素朴な農村。畑では人々が働き、子どもたちの笑い声があちこちから聞こえてくる。
「なんか……こういうの、憧れてたな……」
都会のビル群、殺伐としたオフィス。ノルマ、プレッシャー、責任、責任、責任。
そんな世界から解き放たれて、彼は今、草の匂いに満ちた村に立っていた。
少し奥に進むと、広場のような場所に子どもたちが集まっていた。木の棒を振り回したり、丸い石を投げ合ったりして、楽しそうに遊んでいる。
「こんにちはー……って、声変わりしてるからか、女の子っぽくなるんだな」
ユキが声をかけると、数人の子どもたちがこちらを振り向いた。
「だれー? 見ない顔だなー」
「旅の子? それとも……迷子?」
警戒されるでもなく、無邪気な声が飛ぶ。ユキは少しほっとしながら微笑んだ。
「んーと……迷子、みたいなもんかな。でも、大丈夫だよ」
その言葉を聞いたひとりの少女が、にこっと笑って手を差し出してきた。
「じゃあ、いっしょにあそぼー!」
その笑顔は、どこか昔の同僚の娘の笑顔に似ていて、胸がきゅんとした。
「うん。遊ぶ!」
気づけば、石を積んで崩す遊びに混ざり、転げ回って笑い、木の棒を振ってチャンバラごっこをしていた。
社畜時代には一度も味わったことのない、子どもたちの輪の中の、やわらかい時間。
「ユキって、なんか不思議な子だね。言葉もきれいで、大人みたい!」
「そ、そうかな……?」
まさか中身が六十歳の社畜とは思うまい。
遊びのあと、ユキは水を飲みに小川に向かった。ふと視線を感じて振り返ると、数人の子どもたちがこっそり後ろからついてきていた。
「なにしてんの?」
「えっとね、ユキが……ほんとにいい子かどうか、見てるの!」
「ええっ!?」
「でもねー、さっき、小さな虫を助けてたの、見ちゃったもん。葉っぱの上に乗せてあげてた!」
「それで合格ー!」
わっ、と子どもたちが抱きついてくる。ユキはたじろぎながらも、その温もりを素直に受け止めた。
「ありがとう……みんな」
その瞬間、胸の奥に何かが宿った気がした。
ふわり、としたあたたかさ。空気が揺れ、光が瞬いたような感覚。
――ピコン、と電子音のような何かが、頭の中で響いた。
『新たな能力が発現しました:〈言語共感〉』
「えっ……?」
それは、《相手の話す意図や感情》を、自然と言葉として受け取れるチート能力だった。
善意は、報われたのだ。
ユキは小さく笑って、子どもたちと手を繋ぎながら、広場へと戻っていった。