第1話:目覚めたら小さな少女(男)だった件について
ふわり、と温かな風が頬を撫でた。
目を開けると、そこには青空が広がっていた。澄みきった空。雲ひとつない。どこか懐かしく、しかし見知らぬ空。
「……あれ、俺……?」
口から出た声に、自分で驚いた。高い。柔らかい。――女の子の声だ。
慌てて上体を起こすと、白いワンピースのような布が揺れた。髪がサラリと肩にかかる。視界が低い。腕も、手も、小さい。
「な、なんだこれ……俺……縮んでる……?」
鏡がない。だが、手を見ればわかる。自分が今、どう見ても《子供》の姿であることは明らかだった。
……いや、それ以前に。
「生きてる……のか? いや、あれは……死んだよな? 間違いなく……」
確かにあの時、公園で倒れた。おにぎりを鳩にやって、そのまま……。
あの鳩は、どうしただろう。もう食べ終わったろうか。
――いやいや、問題はそこじゃない。
「え、なにこれ、転生ってやつ? 流行りの? 異世界? 俺、異世界に来たの?」
パニックになりかけたその時。
頭の中に、ふわりと声が響いた。
『落ち着いてください。あなたは今、私の加護のもとにいます』
「……誰!?」
『私は《女神レアリア》。あなたが無意識に行った善意の行為――誰も見ていない中で行われた、鳩への食事の施し――あれが、私の心に届きました』
「え、マジで? あれで?」
『あれで、です。誰かの役に立ちたい。見返りなどいらない。ただ、飢えた存在に手を差し伸べたい――そんな想いが、私たちの世界には必要なのです』
声はやさしく、心の奥に染み渡るようだった。
『あなたには、この世界において一つの特典が与えられます』
「特典?」
『それは、“誰にも見られていない状態で善意を行うと、チート能力が発現する”というものです』
「なんか、条件つき……?」
『はい。でも、あなたなら何度でもそれを成し遂げられると、私は信じています』
そこまで言ったところで、声はふわりと消えていった。
「……はあ、夢じゃ……ないよな」
軽くほっぺたをつねってみる。痛い。
立ち上がると、目の前には――
のどかな草原。小川のせせらぎ。遠くに見える森と、小さな村のような集落。
「……なるほど。異世界だ、これ」
空を見上げると、太陽が二つ。もはや疑いようもない。
新しい人生が、今、始まったのだ。
「えーっと……名前、どうしよっか……。山名剛志……じゃなんかアレだし」
考えて、ふと思い出した。
昔、犬を飼っていたことがある。名前は《ユキ》。雪のように白く、やさしい目をした雑種の子だった。
「じゃあ、ユキ……で、いいかな」
そうして、元社畜・山名剛志は《ユキ》として――異世界での第二の人生を歩み始めることになった。