第90話 不穏
―—Aランクダンジョンの隠し通路。
「むう……」
宝箱を鑑定し、その内容に俺は唸り声を上げる。
何故なら――
『宝箱を開けた個人。もしくはパーティーは、討伐しなければ脱出不可能なボス空間へと転移』
―—と出たからだ。
「ボスか……Sランクのボスが出そうだな」
通常の魔物だったとはいえ、Cランクで特殊なAランクの魔物が。
そしてBランクで特殊なSランクの魔物が出たのだ。
Aランクダンジョンの罠で出るボスが、Sランクである可能性は十分考えられる。
「Sランクのボスって、Aランクより圧倒的に強いんだよな?」
「そうですね。まあどのボスかにもよりますけど……ざっくりで答えるなら、Sランク下位で10倍ぐらいは強いと思いますよ」
「10倍か……うん、むり」
隠し通路探しの合間に、実は一体だけAランクボスを狩っている。
その際かかった時間が3時間程だ。
その10倍。
うんまあ無理。
なにせそのAランクボスとの戦いですら、途中で撤退を考えた位だからな。
仮にある程度戦えたとしても、長時間過ぎると絶対に集中力が持たない。
「まあ先送りだな。逃げられないみたいだし」
「それが正解ですね」
「じゃあ隠し通路探しはここまでだな」
Sランクダンジョンの分は既に見つけてあるが、宝箱のチェックはしていない。
どう考えても今あけるのは無理だからな。
「とりあえず、90まではAランクダンジョンで上げるとするか」
Sランクでソロ狩りをするには火力不足だしな。
神出鬼没で逃走できるとは言え、乱入が来るたび逃げる羽目になるとかストレスが半端なさそうなので、Aランクで堅実に上げるのが正解だろう。
Sランクに行くなら、せめてレベル90で装備できるようになるSランクの短剣――月光で火力を底上げしてからでないと。
何らかのスキルも覚えるだろうし。
「目指せレベル93ですよ。マスター」
「ああ、そうだな」
レベル93には2つ意味がある。
一つは、俺の幸運が100になる。
つまりカンストだ。
ああいや、上限アップさせてるからカンストではないか。
ただまあ、【幸運】はレベル7に上がるからな。
レベル7で増える効果が楽しみだ。
で、もう一つは――勇気のレベルが70になる。
俺のレベルの75%が勇気のレベルだ。
端数は繰り上げらしいので、俺が93になれば勇気のレベルは70になるっぽい。
レベル70のスキルは、勇気が凄いってハッキリ言う位だからな。
それをスキルリンクで俺も使えるようになれば、間違いなく戦力爆増待ったなしである。
たぶん。
あ、因みに、例のスキルブックは既にキャッスルギルドに売却済みだ。
勇気がシーカー協会を通して、上手い事聖の手に渡る様交渉してくれたお陰である。
売値は300億。
結構なお値段である。
オークション無しでこの価格だからな。
【鉄壁】の評価は、俺が思っているより高かった様だ。
後、値段からも分かる通り、スキルブックは鑑定してる扱いとなっている。
鑑定に出したのか?
いいえ。
勇気を通すと、何故か登録していない俺の鑑定でも正式な物としてシーカー協会は扱ってくれるので、それでです。
勇気マジ便利。
「じゃあ頑張って狩りするか」
俺は取り敢えず90。
そしてその次に93を目指して狩りを頑張る。
―—この時の俺は知りもしなかった。
俺が聖用にキャッスルギルドに売ったスキルが、彼の所属するギルドに亀裂を入れる事を。
そしてその事から、聖が危機的な状況に陥ることも。
◆◇
「くそっ!ふざけやがって!!」
キャッスルギルドが所有するビルの一つ。
その中にあるバーの様な施設で、大柄な男が手にしたグラスをカウンターに叩きつけた。
彼はキャッスルギルドに所属するシーカー、鬼頭剛二。
レベルは95のレアクラスで、ギルドの中核を担う人物となっている。
「まったく、ふざけた話だよな。300億もするスキルを、神木の野郎にポンとくれてやるなんてよ。何が新世代のエースだよ」
「俺らあってのキャッスルギルドだろうによ」
「こんなふざけた真似されたら、俺らのメンツ丸つぶれだぜ」
「神木のファンが、神木の為に安く譲ってくれた?誰がそんな話信じるかよ」
「俺ら完全に舐められてるよな」
「若い奴らばっかり優遇しやがってよ」
「おっさんの俺らはどうでもいいってか」
鬼頭の周りで不平の声を上げたのは、鬼頭と同じくレベル90台のシーカー連中だ。
年齢は全て30代以上で、高レベル帯のレイド討伐の主要メンバーの一部である。
彼らは鬼頭を中心としたグループと言って良いだろう。
「まだ光や恵は良いさ。あいつらはマスターやサブマスの身内だからな。優遇されるのも分かる。けど神木の奴は違う」
「神木の奴なんて顔がいいだけだろ?映えるからギルドの看板?シーカーが大衆に媚びてどうするんだっての」
この場にいる者達は、今のギルドの方針に不満を持っていた。
神木聖を中心とした、新世代をギルドの柱に据えようとする方針に。
まあそれも当然だろう。
それまでは自分達が中核に居座っていたのに、ぽっと出の若手が厚遇されまくっているのだ。
面白い訳もない。
因みに、その事で別に彼らの待遇が冷遇されるようになったりはしていない。
それまで通りの、大手ギルド所属に相応しい物ではあった。
だがそれでも、他の人間が自分達以上の厚遇を受ければ腹が立つ物である。
人間とはそういう生き物だ。
「これまでギルドの為に頑張ってきた俺達は、このまま神木聖さまの引き立て役かよ。むかつくな」
「あのガキの盛り立て役なんざ御免だぜ」
超が付くレベルの強力なレアスキルが与えられた事で、神木聖が今後ボス討伐の柱になる事は疑いようがない。
自力で昇って来たのならともかく、そんな作られたエースが顔になる。
それは彼らのプライドを傷つける事だ。
「……皆さん、不満たらたらですねぇ」
愚痴を漏らしていたメンツの前に、唐突に一人の人物が姿を現し声をかけた。
細身で糸目の中年男性だ。
「猿渡か。気配もなく入ってくんじゃねぇよ」
だが、その事に驚く者はいない。
猿渡が隠密に長けた特殊なレアクラスで、そういった芸当を得意とする事をこの場の全員が知っているからだ。
「ははは。すいません。長年の習性な物で」
「へっ、そうかよ。おめぇは神木達の事をどう思ってるんだ?」
「ハッキリ言って、面白くないですね。ですので……移籍しようかと思っています」
「移籍だぁ?」
猿渡の言葉に、鬼頭が顔を顰める。
「ギルド協定があるのにか?中小に移る気か?」
ギルド協定。
これは日本の大ギルド間で交わされている約束事だ。
ざっくり説明するなら、お互いのギルド員を引き抜く事を禁止するという物である。
そのため、大手ギルドを出た者は3年間、別の大手ギルドでは受け入れて貰えない事に。
この協定は以前あった引き抜き合戦で問題が起きまくったため、大手ギルド同士で結ばれた形になる。
「まさか。私はもうレベル95ですからね。Sランクボスの討伐が現実的じゃない中小ギルドじゃ、居場所がありませんよ」
「じゃあ3年間プラプラする気か?」
「そんな気もありません」
猿渡の掴みどころのない返答に、鬼頭が困惑した顔になる。
「じゃあどうするってんだ?」
「移籍するんですよ。海外に、ね」
「海外か……なるほど、確かにギルド協定は日本だけだからな。海外なら気にする必要はねぇわな」
「ええ、そうなります。で、物は相談なんですけど……鬼頭さん達も、私と一緒に移籍しませんか?」
「一緒に移籍だぁ?」
「皆さんも今のギルドには不満がおありみたいですし……どうです?」
「海外への移籍か……」
鬼頭がどうした物かと、周囲のメンバーへと視線をやる。
現状、彼らの環境は悪くない。
が、不満を募らせ続けたままギルドに残るのは精神的な問題がある。
それならいっそと思うのも無理からぬ事だ。
「海外に渡るのに、戸惑いがあるのは分かります。私もそうですから。でも、だからこそ皆さんを誘ったんですよ。一人では居心地が悪くても……頼もしいメンバーと一緒なら、海外でもやって行けると」
「まあ、そうだな……移るかどうかは条件次第だな。お前らはどうだ?」
「条件は文句なしですよ。私達は全体の上澄みであるSランクなんですから」
「なら、俺は移籍する。お前らはどうだ?」
「鬼頭さんが移るなら、俺も移るぜ」
「まあ、ここで続けてもイライラするだけだしな」
「全員で移って、ギルマス達に目にもの見せてやるのも面白いかもな」
鬼頭が決めた事で、その場にいる全員が海外移籍を決める。
この場にいるメンバーは14人。
彼らが一斉に抜ける事は、キャッスルギルドにとって間違いなく痛手となるだろう。
しかしそうなっても仕方ない事ではあった。
新人にばかり力を入れ、ベテラン勢のケアを怠ったつけである。
―—ただ、それだけでは終わらない。
「皆さん。せっかくなので、抜ける前に一発撃ち上げて行きませんか?」
「一発撃ち上げる?」
「我々を冷遇した、キャッスルギルドへの報復ですよ。もちろん、我々が一気に抜けるだけでもダメージはありますが……折角なので、再起不能な程の痛手を負わせてやりましょう。我々を裏切った代償に」
「再起不能か……まあそうだな。俺らを軽んじた罰には丁度いい。けどよ、どうやってそんな真似をするつもりだ?俺は刑務所行きは御免だぜ」
「それなら心配はいりませんよ。いい手があるんです。来月に予定されている、新人中心のSランクボス討伐がありますよね?」
キャッスルギルドが来月に予定しているボス討伐は、神木聖や、大城姉妹が参加する予定のSランクボス討伐だ。
当然、その討伐の中心は神木聖のパーティーになる。
「それを利用してやるんですよ」
猿渡が細い目をさらに細め、口の端を歪めて笑う。
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