第77話 敗北
「さて……じゃあ、始めるか」
なにを?
勿論、シーカー協会から発売された仮想現実対戦ゲーム、『ゲームグーベルバトル』をだ。
ランクを上げて、2か月に1度の報酬を貰わないと駄目だからな。
因みに、グーベルバトルはゲームセンターの体感型ゲームの様な馬鹿でかい筐体は不要で、専用のヘッドギアを付けるだけでプレイできる。
お値段は税抜き300万円で、シーカー協会で購入可能だ。
人気のゲーム機の様に品薄なんて事はないし、当然転売とも無縁である。
「おお、似合ってますよ。その手の被り物が本当に似合いますねぇ、マスターは」
ヘッドギアを被ると、勇気がおだてて来る。
……誉め言葉だよな?
コイツが言うと、どうも馬鹿にされている様に感じて仕方ない。
「どれ、キャラメイクは……」
スイッチを入れると、キャラメイクの画面が表示される。
体格や性別は、当たり判定やリーチに影響するので変えられないが、顏の造形や髪型などは自由自在に変更可能だ。
自分の今の姿を取り込む事も出来るが、身バレなどしてもメリットはないので当然そんな真似はしない。
「まあプレーンなのでいいか」
ちょっと考えてからカスタムは面倒くさいという結論に達した俺は、AI生成によるランダムな見た目を選択する。
「名前はどうしようか」
もちろん名前も選択可能だ。
「怪盗ダブルGでいいんじゃないですか?」
「良いわけあるか」
隠したいのに名乗って堪るかよ。
「うーん……一応怪盗にちなんで、シャドーとかでいいかな」
怪盗は日陰者だからな。
ミッドナイトなんかも捨てがたいが、そっちはちょっと呼びにくいのでシャドーで決定する。
因みに、操作方法は念じるだけだ。
ゲームの様にキーボードやコントローラーパッドは使わない。
まだキャラを動かしてはいないが、戦闘時の操作方法も同じだと説明書には書いてある。
「装備は短剣。防具は軽装の基本セット、と」
短剣は基本の攻撃力が低く、武器としては弱めだ。
だが、シーフ時代のマスタリーのお陰で攻撃力が二倍になってるので、俺の場合はこれ一択である。
流石に2倍だと、他の武器を持つよりも強いからな。
防具は軽装備。
重量装備の方が防御力が相当高くなる訳だが、筋力が低いと動きが鈍くなってしまうのと、敏捷性に高い補正のかかるパッシブスキル、【身軽】の条件を満たせなくなるので、俺にその選択肢はない。
耐久だけ考えるなら99%カットと重装でいいやってなるが、動きが遅くなるってのは実質攻撃力もダウンするって事だからな。
「お、おお……すげーなこれ……」
キャラメイクを終えると、対戦の待機所に画面が飛んだ。
軽く体を動かしてみて、その感覚に驚嘆する。
「びっくりするほどリアルだぞ」
キャラを動かしているというより、本当に自分で動いているみたいな感覚だ。
指先から足先まで思い通り動かす事が出来る。
「体が二つある感じだけど、特に混乱はしないし……いやほんと凄い」
流石、シーカー協会が大見栄を切るだけはある。
「ま、こんなもんでいいかな」
待機所はそこそこの広さがあるので、色々と動かして体、というか感覚を慣らす。
まあ殆どいらなかったけど。
「じゃあエントリー、と」
という訳でマッチング開始。
するとほんの5秒程で対戦相手が決まり、対決フィールドに画面が飛ぶ。
レベル80台はかなり数が少ないから、マッチングまで時間がかかるとかと思ってたんだけど、流石初日で50万登録しただけはあるな。
「初めまして」
飛ばされた先にいたのは女性だった。
名前は光で、レベル87の特殊クラスと表示されている。
俺と同じ名前だ。
まあ本名じゃない可能性も高いが。
「あ、どうも初めまして」
お互いの開始位置は20メートルほど離れているが、声はハッキリと聞こえる。
まあそういう仕様なんだろう。
俺も挨拶を返しておいた。
グーベルバトルでは、こういう風に会話も可能となっている。
なんなら、戦いながら喋ったりも出来るそうだ。
まあ本気の戦いで、ペラペラ喋る余裕なんかはないだろうけど。
「シャドーさんも特殊職なんですね。特殊職同士、お手合わせ宜しくお願いします」
「ああ、宜しく頼む」
カウントが0になり、動きを制限する円状のバリアが消える。
戦闘開始だ。
相手は特殊職。
シーフや鍛冶師なんかのゲーム内呼称で、単純な戦闘力以外の能力を持つ代わりに、基本的に戦闘職に比べると弱い傾向にある。
なので戦いやすい相手ではあるのだが、そもそも俺も特殊職だし、相手がレア以上である事も考慮すると、油断は禁物だ。
俺は怪盗化を発動させる。
事前に変身していなかったのは、開始するまではスキルなんかを使えないからだ。
さて……間違ってカードなんかを使ったりしない様、気を付けないとな。
「……」
相手はスタート場所から動かない。
まずは様子見の待ちを選択した様だ。
ユニーククラスではないだろうけど、カウンター狙いの可能性もあるか……
ユニーククラスとかだと、俺の知らないカウンターが得意な特殊クラスがあっても不思議ではない。
全部知ってる訳じゃないから。
けど、名前から察するに相手は日本人だ――会話は同時通信機能で通じる仕様。
世界基準なら兎も角、日本人でユニーククラスがそうぽんぽんいるとは思えないので、彼女はレアクラス以下と考えていいだろう。
そしてレアクラス以下の特殊職で、カウンターを得意とするクラスはない。
なら、カウンター狙いではないのでは?
そうとは限らないさ。
スキルブックで、俺の知らないカウンタースキルを習得している可能性があるからな。
ま、要は……仕掛けて見ないと分からんって事である。
因みに、このゲームの中では鑑定は発動しない。
スキルや特殊なクラスの明確な公開をしたくない者の、個人情報が曝け出されないための措置だそうだ。
俺の鑑定が制限されてしまう訳だが、これに関して文句はない。
もしこれが無かったら、俺も怪盗である事がばれてしまうからな。
情報保護万歳である。
「まあ初戦だし。負けて失う物もないからいっちょ仕掛けるか」
命がかかっているなら兎も角、所詮はゲームである。
なにを恐れる必要があろうか?
……まあ99%カットもあるし、敢えて攻撃を受けるぐらいの気構えで行くとしよう。
そう思って動き出そうとすると――
「あ、あの!怪盗Gさんですよね!」
「は?」
は?
え?
なに?
え?
は?
え?
「私実は――」
「降参します」
混乱した俺は、即座に降参した。
―—初戦LOSE。
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