第64話 脱走
「隙あり!」
「ありませんよ!」
俺の振るった短剣を、勇気が短剣でそれを受け止める。
隙を作って打ち込んだ会心の一撃のつもりだったが、勇気の手にした短剣で防がれてしまった。
ほんと、こいつ強いよな。
勇気の指導の下、訓練を初めて既に1年近くたつ。
それでもまだ、手合わせ中に掠り傷一つ負わせられないぐらい、俺と勇気との間には差があった。
「ま、今のは悪くありませんでしたね。これなら十分卒業と言えるでしょう」
「え?マジ?」
「ええ。基礎は……まあ100点とは言えませんけど。ここからは、実践の中で自分流に伸ばしていくのがいいかと。という訳で……今日を持って八咫烏式ブートキャンプ卒業です!」
「やっとかぁ……」
俺は地面に大の字に寝転がる。
まだまだ勇気には届いていないし、訓練自体も別に嫌って訳ではなかった。
だがまあ、やっぱシーカーはダンジョンに籠ってなんぼだからな。
活動再開は純粋に嬉しい。
「腕試しがてら、アニマルダンジョンに行ってみましょうか。マスターがどれぐらい成長したのかの対比には丁度いいでしょう」
「確かに、戦った事のあるやつで確かめた方が実感はでるかもな。まあでも……その前にちょっと休憩を」
「しょうがないですねぇ」
勇気の謎空間から出た俺は、変身を解いてベッドに身を投げ出す。
小一時間程休憩だ。
「なんかニュースは……え?」
スマホを手に取って、ネットニュースを見て仰天する。
とんでもないニュースがあったからだ。
それは――
「神凪メイデンの脱走……」
―—半年ほど前、殺人教唆などの罪で捕まった裁判中のシーカーが、拘置所から脱走したという物だ。
「逃げても直ぐに補足されるってのに、何考えてるんだ?」
魔力によって追跡されてしまう。
それはもはや一般常識だ。
そのため、拘置所から逃げ出しても直ぐに足がついてしまう。
一応、ダンジョンに入れば、内部は魔力だらけで正確な追跡が出来なくなると言われているが……
結局それも、ダンジョンごと封鎖されて逃げ場がなくなってしまうだけだ。
そんな場所に封じ込められるぐらいなら、拘置所で生活したほうがよっぽど快適という物である。
なので逃げだした意味がない。
神凪もそれぐらい承知しているはず……
それでも逃走したのは、逃げ切れる自信がある。
もしくは、目的があって捕まるまでに何かしたい事があるか。
後者が大量殺人だった日には、目も当てられないな……
「俺は神出鬼没があるから逃げ切れるけど……レベル90超えたユニークスキル持ちのヒーロークラスが本気で暴れた日には、被害がとんでもない事になっちまうぞ」
機動隊や政府と契約してるギルドがいるので鎮圧自体は出来るだろうが、それまでにどれ程の被害が出るのか……人口密集地で暴れられたら、冗談抜きで数百人どころじゃない被害が出かねない。
「さっさと捕まってくれるといいんだけど」
自分は安全圏だからと、とても呑気に構える気にはならない。
1年前にあった、ダンジョン内の大量殺人に巻き込まれて死んでた可能性があった事を思い出すと、とても他人事には思えないからな。
俺は運に恵まれて助かったけど……ほんと、何かしでかす前にさっさと捕まって欲しい物である。
さっさと捕まって欲しい。
そんな俺の思いとは裏腹に、その後、神凪メイデンが捕まる事はなかった。
次に俺がその名を聞く事になるのは……4年後、ゲームマスターGによって世界の命運を賭けたラストダンジョンが発生した後となる。
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