第58話 クリア
「私がタゲを取った奴には攻撃しないで下さいねー」
着地と同時に勇気がそう言い、追いかけて来るラーテルの群れに突っ込んだ。
「分かった」
攻撃をすると、ターゲットが移ってしまう可能性がある。
だから勇気は俺に、受け持つ魔物を攻撃するなと言ってきたのだ。
……カード、それにスカンクバスターは使用禁止だな。
遠距離攻撃は外した時の流れ弾が。
そしてスカンクバスターは広範囲攻撃(?)だからな。
特にオナラからの放火は火力も高めなので、絶対に使うのは駄目だ。
「しかし、どうやってターゲット取るつもりなんだ?」
バーサカー・ラーテルには既に攻撃やデバフを掛けているため、結構な攻撃欲求を俺は稼いでしまっている。
それを剥がして自分に向けるだけでも一苦労だろうに。
「いち!に!さん!し!ご!ろく!なな!」
ラーテルのヘイトは現在俺に向いていた。
そのため、勇気を無視してそのまま突っ込んでくる。
そのラーテル達の体を、勇気は通り過ぎる際にカウントしながら手で触れてしていく。
そして――
「縛!」
ラーテルの群れを通り抜けたところで振り返り、両掌で何か形を作って叫んだ。
『『『『『『『キシャアアアアア!!』』』』』』』
その瞬間、ラーテルの体の周りに光る何かが纏わりついた。
「敵を縛るスキルか」
先程、勇気が触れた7体のラーテルが光のエネルギーに拘束され動きを止める。
拘束系のスキルだ。
しかもボスに通用するレベルの、とんでもなく強力な。
どうやって7体のターゲットを奪うのかと思っていたが、なるほど、こんなスキルがあるなら簡単だ。
この手のスキルは、異常に敵のヘイトを稼ぐって言うからな。
ボス相手に長時間の拘束は通用しないだろう。
直ぐに解除されてしまうだろうが、それでもターゲットは全て勇気へと移ったはずである。
「って、感心してる場合じゃないな」
3体のラーテルが俺の眼前に迫る。
そいつらの突進攻撃を横に飛んで躱し、俺は短剣を構えた。
『『『キシャアアアア!!』』』
「動きがハッキリ見えるってのはデカいな」
ラーテルが俺を囲むように動いてから攻撃してくる。
俺はそれを、ある程度余裕を持って躱す。
先程までなら、大きく逃げる事しかできなかっただろう。
だが今は違う。
バフが増えたというのもあるが、魔眼によって相手の動きが容易く予測できるのが大きい。
「これなら!」
ラーテル3体を相手に、その攻撃を無理なく回避しつつ堅実に本体へとダメージを与えていく。
相手の耐久力が飛びぬけているので時間はかかるだろうが、これならきっと勝てるはずだ。
勇気の方は……
ワイヤーを使ってラーテル達から間合いを離す様に動きつつ、俺は視線を勇気の方へと向ける。
様子を確認するために。
「すげぇな……」
7体のラーテルの拘束は既に解除されており、それらの相手を勇気は一人で行っていた。
それもいとも容易く。
「ラーテルをまるで子ども扱いしてやがる」
スピードが速い訳ではない。
たぶん俺と同じか、それより遅いぐらいだろう。
にもかかわらず、勇気はラーテル7体を容易く手玉に取っていた。
唯々上手いのだ。
身のこなしや、敵を捌く際の立ち回りが。
流れる様な無駄のない見事な動き。
その姿は美しいと言ってさえいい。
……熟練、いや、もう達人レベルの動きだ。
勇気の戦いぶりなら、10体同時に相手する事も出来そうにすら見える。
「こんな動きが出来るんなら、ボス以外全部相手にしてくれれば楽に――」
その時、勇気と目が合う――お互いマスクをかぶっているが、それが何となく感覚で分かった。
そしてあいつの目が、こう俺に語り掛けてくる。
『たった3匹ごときで手間取ってるんですか?しかも出来たら他の2体も私に任せたいとか……情けないですねぇ』
と。
ただの幻聴ではない。
被害妄想でも。
間違いなく勇気はそう目で語っている。
それが分かるのは、恐らく召喚との繋がりによるものだろう。
「言ってくれるぜ」
ここまで言われて、出来たら追加で相手お願いとは言えない。
たった3体ぐらい、相手してやるさ。
まあボス3体をたった呼ばわりするのもあれな気もするけど……
『『『キシャアアアア!』』』
「テメーが喰らえ!」
追いつき、ラーテル3体が同時に俺に攻撃を仕掛けて来た。
俺はそれをラッキースケベで本体を引き寄せ、残り2体の攻撃への壁とする。
『キシャアアアアアア!』
本体が悲鳴を上げる。
「隙だらけだ!」
ただ引き寄せただけなら、2度目なので直ぐに対応して来ただろう。
だが、今回は引き寄せると同時に、背中に分身からの強烈な攻撃を喰らったのだ。
隙が出来ない訳がない。
他2体も、本体が邪魔になってか動きを止めている――物体越しにもエネルギーが見えるので、背後の2体の動きも手に取る様に分かる。
絶好の攻撃チャンスだ。
一気にダメージを稼がせて貰う。
「オラオラオラ!」
右手の短剣で素早く切りつけつつ、左手でカードを叩きつけてやる。
至近距離からならカード投げも外す心配はない。
『キシャアアアア!!』
「ちっ、もっと殴らせろよ」
残念ながら、攻撃チャンスは長くは続かない。
本体が精神的なショックから立ち直り、反撃して来た。
今の俺なら正面から打ち合う事も可能だが、当然残り2匹も回り込んで攻撃してくるので、それは諦め引いて間合いを開ける。
どうすれば素早く処理できるか?
そんな事を頭の隅で考える。
勇気に馬鹿にされたままだと腹立たしい。
なので素早く本体を処理し、少しでも見返したい気持ちがあったからだ。
「よし!カードをガンガン使っていこう!」
出した結論が、カードを使っていく事だ。
外した場合、流れ弾が敵に当たって4体目を引き寄せるんじゃないか?
その心配はない。
何故なら、カードは投げないからだ。
投げさえしなければ、外れて別の敵に当たる心配はない。
「まずはこれだ!」
それにあたって、俺はあるアイテムをミスティックホールから取り出す。
取り出したのは……スキルブック【マジックブースト】だ。
これは魔法の消費MPを増やす代わりに、増やした%の半分の%分だけ威力が上がるスキルとなっている。
消費増は最大200%なので、威力アップの限界は100%だ。
そんな物使ってどうする?
もちろん、カードの追加効果の威力を上げるのだ。
カードクリエイトが魔法扱いじゃない場合完全に無駄になるが、その時はその時である。
後で高値で売ろうとしてたけど、俺は自らのプライドの為だけにこれを使う。
「カードクリエイト!」
消費200%増で生み出してみたら――
「よし!成功した!」
―—見事に成功。
これで威力100%アップだ。
「はっ!」
カードを更に何枚も作り、それを自らの足元にばら撒く。
『『『キシャアアアアア!』』』
そこに突っ込んでくる、ラーテル達。
「喰らえ!」
俺は後ろに下がりながら、地面に落としたカードを発動させる。
『『『キシャアアアアア!』』』
カードが雷と変わり、ラーテル達を直撃する。
「流石威力2倍!」
強化前とは明らかに違う雷に感心しつつも、俺は間合いを詰め、魔法ダメージで硬直した本体へと攻撃する。
因みに、雷に敵を硬直させる特殊な追加効果などはないぞ。
あくまでも痛みや衝撃で動きが止まってるだけだ。
『キシャアアアア!』
「カウンターブロー!」
本体が怒りに任せて反撃してくる。
俺はそれを躱さず、敢えてカウンターブローで迎え撃つ。
カウンター時にダメージが大幅に上がる攻撃スキルなので、ダメージを取るにはこういう回避したくなるタイミングで反撃を狙うのが、ダメージ効率が一番よくなる。
「ぐ、つぅ……」
カウンターブローは決まったが、俺も奴の爪が掠ってしまった。
とは言え、この程度なら問題ない。
バフのお陰で防御力も上がってるし、何より、多重幸運ガードのお陰でダメージ反射も入るからな。
なのでむしろ狙い通りだ。
「おっと!囲まれるのは勘弁だぜ!」
残り2体に囲まれそうになったので間合いを取る。
そして再びカードトラップを周囲にまき散らしつつ、穴から取り出したポーションで念のためダメージを回復しておく。
因みに、敵がばら撒いたカードを避けた場合は回収――自動回収可能――して再度ばら撒くだけである。
カードばら撒きトラップによる魔法ダメージ。
ラッキースケベを使った、ラーテル本体の肉壁によるフレンドリーファイヤ。
そしてその隙に生じた際の連続攻撃と、カウンター攻撃と反射ダメージ。
それらが積み重なっていき――
『ギシャ……アアァァ……』
「俺の……勝ちだ!」
―—ラーテルの本体が崩れ落ち、その体が消えてなくなる。
そしてコピー品達も消えていく。
「おおー、随分早く終わりましたねぇ。私の予想の半分ぐらいの時間ですよ。さっすが、私のマスターだけはあります」
ラーテル共が消えたので、勇気が俺の所へやって来る。
こいつの予想を超えれたのは純粋に嬉しくはあるが、7体相手に余裕しゃくしゃくだったこいつに言われてもって感じではある。
「お前に言われてもなぁ……全然本気出して無かっただろ?」
「おっと、非難気な眼差しですね。まあ確かに、私がその気になれば10匹全部相手にする事も出来ましたよ。でも、それじゃあマスターの為にならないじゃないですか。強敵と戦ってこそ、シーカーは強くなるもんです。少年漫画なんかの定番ですよ」
「漫画と一緒にすんなよ。いやまあ、確かに良い経験にはなった気もするが……」
良い経験にはなったが、進んでしたくないってのが本音である。
「にしても……なんでドロップがないんだ?」
ボスは討伐時は、アイテムが複数落ちるのが常識だ。
だが消えた分身たちは元より、本体すら何も落としていない。
「って、経験値も入ってねぇじゃねぇか!」
違和感を覚えレベルを確認したら、レベルも上がっていなかった。
経験値が入る範囲内のボスをソロで倒して、レベルが上がらないとは到底思えないので、経験値自体取得できていないのだろうと思われる。
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんだ?」
『特殊条件下でのボス討伐の、評価査定が終了しました』
女性の声が場に流れる。
俺がここに連れて来られた時の声と一緒だ。
『報酬を配布します』
「ほらね」
どうやら、何らかの報酬が貰える様だ。
何もなしではないみたいだけど……この声の主は一体誰だ?
連れてこられた時はパニくっていて考えもしなかったが、謎もいい所である。
ひょっとしたら勇気が何か知ってるかもと、彼の方を見ると――
「禁則事項です」
俺の考えを読んだのか、勇気が顔の前に人差し指を立ててそう言う。
どうやら、教えてくれる気はないみたいである。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
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