第29話 やるしかねぇ
「く……」
どうする?
余計な事さえしなければこいつは攻撃してこない。
だから、こいつを避ける様に進めばいずれ出口へと辿り着けるだろう。
だが、それには大きな問題があった。
それは他の魔物の存在だ。
ダンジョン内である以上、魔物は他にいる。
だがミスリルスライムを引き連れたままでは、他の魔物と遭遇しても対処できない。
何故なら、攻撃は勿論の事、スキルやアイテム使用さえもミスリルスライムの攻撃トリガーになってしまうためだ。
「せめてここが……ウッドスライムゾーンだったら……」
ウッドスライムの攻撃なら、幸運ガードでほぼノーダメージに抑え込む事が出来た。
だが、ここはストーンスライムの出るエリアだ。
奴らの攻撃は、とても無視できるものではない。
「やっぱり……そうだよな……」
一度回り込んできはしたが、それを避けて進めば見逃して貰えないだろうか?
そんな一縷の期待を胸にミスリルスライムの横を通り抜けようとしたが、奴は素早く俺の目の前に回り込んできた。
それを避けてもう一度進むも、結局、三度同じ形になる。
徹底的に付き纏ってきやがるな……
「覚悟を……決めるしかないよな……」
――命を賭けて戦う覚悟を。
――だが、果たして本当に倒せるのか?
ミスリルスライムには、体の3分の1にまで達する大きな切り傷があった。
俺のつけた物だ。
ボス化しているとはいえ、高耐久、低生命力である事には変わりないはず。
なら、何度かダブルクリティカルが出れば……
切れ込みの量的には、3発あれば倒せそうに思えた。
その希望的観測で行くならあと2発。
「……」
ダブルクリティカルの発動率は66%程で、2回発動する期待値は約3発だ。
そしてその場合、俺は2発の反撃に堪える必要が出て来る。
俺に堪えられるか?
無理だ。
ここまで左手、左足と順番に攻撃されている。
もし都合よく次の攻撃が右足だったとして、その後、右手に喰らえばもう戦闘不能だし、頭に喰らってしまえば、そのまま戦闘を続行できるとは到底思えない。
胴体なら辛うじて耐えられる可能性もあるが……いや、無理と考えていた方が無難か。
だから反撃は1回まで。
つまり、俺が勝つにはダブルクリティカル2連続が絶対条件である。
それも、本当にあと2発で死んでくれれば、ではあるが。
「分が悪いにも……程があるな……」
いや、待てよ。
反撃は1発で済むんじゃないか?
そもそもダブルクリティカルが出なければ、ミスリルスライムにはダメージが通らないのだ。
そして最初の一発目が反撃されなかった事から、反撃が来るのはダブルクリティカルが発生してダメージを与えた時だけと俺は推測している。
まあ、あくまでも、推測の域を出ていないが。
単に、不意打ちに近い形だったから反撃が来なかっただけって可能性もある。
「それでも……まあ、多少はな……」
確率が上がると考えた方が、気持ちは楽になる。
「そういや……ドロップ……」
さっき見た時はレベルと星に気を取られていたが、確か通常とは違うドロップだったはず。
俺はそれを確認するため、再び鑑定を発動させる。
何故そんな真似をするのか?
もちろん……自分を奮い立たせるためだ。
命を賭けた勝負に、そんなスパッと挑めるほど俺のメンタルは強くない。
だから、少しでもより良い未来を妄想してテンションを上げるのだ。
「エクスポーションに……レアはクラスアップポーションか……スティールも一緒だな」
スティールは勿論しない。
自殺行為になるから。
エクスポーションは、ポーション類における最強の効果を持つポーションだ。
骨折なんかは勿論の事、内臓破裂や脳挫傷ですら瞬時に回復すると言われている。
単純にダメージの回復という点だけなら、エリクサーにも匹敵する超絶アイテムだ。
なので、その売却額は数千万円ととんでもなく高い。
「こいつを倒せば……一気に金持ちだな……装備も、一新できる……」
ミスリルスライムのノーマル品は100万程する魔石で、そのドロップ率は100%と言われている。
だからエクスポーションも100%に違いない。
だから倒せば手に入る。
まあ現実的に考えて、魔石とエクスポーションのドロップ率が同じになるとは考えづらい。
そもそも、ボス化したミスリルスライムと通常の物とで、同じ魔物と考えること自体ナンセンスだ。
だが、俺は絶対に出ると思い込む。
でないとやってられん。
「クラスアップポーションは……」
レアドロップの方は、名前からしてこう……なんというかクラスがランクアップしそうな名前をしているな。
もちろん、聞いた事のないアイテムだ。
通常の方のレアドロップはミスリル合金で、その売却額は一千万程。
ドロップ率は、レアにしては高く、10%以上と言われている。
レアもドロップ率が一緒だと仮定するなら、俺の場合は55%以上の確率になる。
「シーフは、あんまり強くないから……クラスが強化できるなら……おいしすぎ」
シーフはノーマルクラスだ。
しかもそのノーマルのクラスの中でも、戦闘力は低い方に分類される。
スティールという、金銭効率最強スキルがあるために。
そのため【幸運】という規格外のユニークスキルを得ても、そこそこレベルのユニークスキル持ちレアクラスレベル程度が関の山である。
だが、更なる高ランクのクラスになる事が出来れば、より上を目指せるようになるはず。
「こいつは、夢が広がる……俄然やる気が出るって……もんだ」
倒せば大金星。
レアドロップさえ手に入れば、新たなステージが見えてくる。
しかも、ボスは経験値が普通の魔物よりはるかに多いらしいので、レベルも一気に上がる事だろう。
つまり……このミスリルスライムを倒せば、大躍進が待っているという事だ。
「もうどうせ引けねぇんだ。なら……ここでテメーを倒して!俺は上に上がる!!」
気合を入れ、短剣を振るう。
ダブルクリティカル!
攻撃は入った。
後は、奴の反撃に――
「は、ははは……」
右手に痛みがあったが、それは大したものではなかった。
「幸運の……ダブルガードを引き当てたぞ!」
11%を引き当てる。
たいして期待できない数字だったが、まさかここで引き当てられるとは。
俺はついてる。
「あともう一発……それで終わってくれれば……」
俺の勝ちだ。
正確に同じところを狙ったため、ミスリルスライムの切り傷は倍近くになっている。
つまり、3分の1で繋がっている状態だ。
最後はそこを切り裂いて終わらせる。
「くそ……一々……遠くに離れんなよな……」
俺の右手を攻撃したミスリルスライムは、遠く離れた背後に移動していた。
追いかけるよりも、回り込ませる方が楽だ。
そう判断した俺は、奴から離れる様に動く。
「わざわざ死にに来てくれるんだから……有難いぜ……」
スライムが俺の前に回り込んでくる。
そこに俺は手にした魔力短剣を振るう。
ダブルクリティカル!
正確に切り口を切り裂いたその一撃で、ミスリルスライムの体が二つに分かれる。
俺の勝ち――
「がっ!?あああああぁぁぁぁぁ!!」
右腕に激痛が走った。
握っていた魔力短剣を落とし、その場で転倒する。
なんだ!?
何が起こった!?
「スライムは……倒せたのに……」
まるで水溜まりの様に、目の前のミスリルスライムは液化していた。
間違いなく倒せてい……ちょっと待て?
なんで消えてない?
死ねば魔物は消えるはず。
なんで消えてない?
まさかこの状態でも生きているのか?
後方から気配のような物を感じ、俺は無理やり姿勢を変えてそちらに視線を向ける。
そこには――
「あ……」
――小さくなったミスリルスライムがいた。
「半分になっても……死なねぇのかよ……」
ミスリルスライムは何事もないかの様に揺れている。
終わった。
両手が使えなくなった以上、もう攻撃する手段はない。
そう、何もかも全て終わりだ。
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