第15話 インフォメーション
――アメリカ・シーカー協会本部。
その日、そこに一枚の石板が持ち込まれた。
「アルマイヤ、鑑定の依頼だ」
鑑定部門のオフィスの扉が開かれ、男が入ってくる。
彼の手には布に包まれた四角いものが握られていた。
優美にコーヒーを口にしていた黒人女性、デスクに座る女性が男性へと視線を向ける。
彼女の名はアルマイヤ・クワンガ。
アメリカシーカー協会所属の鑑定士である。
現在、鑑定のユニークスキル持ちは世界に三人しかいないため、彼女の元へ持ち込まれる鑑定の依頼は多い。
「スキルブックかしら?」
彼女に持ち込まれる依頼の大半は、スキルブックであった。
それ以外だと、用途の不明なマジックアイテム類や、効果の分からないユニークスキルなどだ。
スキルブックは、使ってみるまでその効果が分からない仕様となっていた。
一か八かで使ってみる者もいるが、当たりの多い高ランク帯から産出されたものは、比較的鑑定に回される事が多い。
例え当たりでも、クラスにそぐわない物だった場合大損をするからである。
「いや、石板だ」
「あら、石板だなんて珍しいわね」
アルマイヤが少し驚いた顔になる。
石板は、協会ではインフォメーションと呼ばれているのだが、これが鑑定に持ち込まれる事は極稀だったからだ。
石板の産出は高レベルレイド――ダンジョンにいる大ボス――の低確率ドロップだけであり、しかも、普通のシーカーにはほぼ使い道のない物となっている。
アイテムとしての使い道はなく。
防具などの素材にもならず。
ただ、ダンジョンやシーカーについての断片的な情報が手に入るのみ。
しかもその情報にしても、既に分かっている物や、大した価値のない物が大半を占めている。
高い金を出してそんな物を鑑定に出す者が居ないのは、当然と言えば当然の話だろう。
「どこの道楽者が持ち込んだのかしら?」
「ジェネシスのアレックスだ」
ジェネシスはアメリカの大手ギルドであり、アレックスはそのギルドのエースシーカーである。
「ああ、彼ね……」
その実力はアメリカでもトップ10に入るレベルの人物だが、その自由奔放な性格から、トリッキーなトラブルメーカーという事もよくと知られてもいた。
「その石板が気になるから鑑定してくれだとさ」
「気になる……ねぇ。まあいいわ。鑑定しましょう」
アルマイヤが手渡された石板の鑑定を始める。
そしてその結果に――
「あら……これ、アレックスのユニークスキルに関する事がのってるわよ」
――少々驚く。
「なんだって?」
「彼、凄い勘ね。まあ……役に立つ情報ではないでしょうけど」
石板に込められた情報には、アレックスの所持するユニークスキルの事もあった。
だが、それは役に立つようなものではないと、アルマイヤはハッキリと言い切る。
「この石板には、いったいどんな情報がのっていたんだい?」
「ユニークスキルについてよ。この石板の情報によると、ユニークスキルは4段階に区分されてるそうよ」
「4段階?」
「ええ。下から達人級、英雄級、伝説級、そして超越級の4段階よ」
「その区分で言うと、君の鑑定は何級になるんだい?」
「さあ?分からないわ。あくまでも区分がのってるだけで、どういうスキルが該当するかまでは詳しく記されてないもの。まあでも、殆どのユニークスキルがマスター級とはあるわね。それと、レジェンド級以上は全部で6つしかないみたいよ」
「たった6つしかないのかい。それで?アレックスのユニークスキル【敏捷】はどういう風に書かれているのさ?」
アレックスの持つ、ユニークスキル【敏捷】はシーカー協会のデータベースには載っていないスキルである。
それは本人が公開していないためだ。
にもかかわらずアルマイヤたちが知っているのは、彼女達が【敏捷】の鑑定を行ったからに他ならない。
シーカー協会が鑑定をしたのなら、データベースに載るのでは?
鑑定されたものの情報は、許可なしには非公開が原則だ。
態々高い高いお金を払って得た情報を、勝手に周囲に公開されて喜ぶ依頼主はいないのだから当たり前の話である。
因みに、アレックスがスキルの情報を伏せているのは――
『奴のスキルは一体なんだ!?』
そう言わせる為だけに、事前に知られないよう伏せているだけであった。
なので、そこに深い理由はない。
まあ、彼のスキルはあまりにも強力で分かりやすい物であるため、単にデータベースに載ってないだけの、公然の秘密状態ではあったが。
「5つあるレジェンド級の一つが、その【敏捷】よ」
「へぇ……まあ確かに、デタラメに強力なスキルだからね。彼のスキルは」
「ええ。ノーマルクラスでアメリカのトップ10に食い込めるんだから、ユニークスキルの中で上位なのも納得と言えるものよ」
アメリカでトップ10に入るシーカーは、アレックス以外は全員レアクラス以上だ。
ノーマルクラスでランクインしているのは、アレックスただ一人である。
「他のレジェンドスキルは【筋力】【体力】【器用】【魔力】の四つよ」
「名前からして【敏捷】と同じ系統っぽいね」
「恐らくそうでしょうね」
「で……それ以外の【敏捷】に関する情報はないって感じかな?」
「ええ、ないわ。だから何の役にも立たない情報よ」
強力なユニークスキルが強力な分類にある。
この石板から分かるのは、たったそれだけだった。
その活用方法や、取得条件なども一切ない。
正に、知ってどうするという情報。
これだから石板の鑑定は全く持ち込まれないのだ。
「それで、唯一の超越級はなんてスキルなんだい?」
「オーバーロード級は……【幸運】よ」
「幸運?えーっと、名前からして同じ系列っぽいんだけど……幸運で間違いないのかい?」
オーバーロード級が【幸運】と聞かされ、男が眉根を顰める。
アレックスの【敏捷】は、ステータスである敏捷の効果を強化する物だった。
もし同系列なら【幸運】はステータスの幸運を強化する物になる訳だが……幸運はシーカーにとってほぼ死にステータスとなっている。
それを強化するスキルが、他のステータス強化系より上にある事に、男は疑問を感じざるえなかったのだ。
「ええ、間違いないわ」
「ふむ……【幸運】が他スキルの上位に来るのは意味不明だね」
「私はそう思わないわ」
「なぜだい、アルマイヤ」
「テコ入れ、もしくはバランス調整よ」
「それって……幸運が駄目過ぎるから、それを強化するスキルはその分強くなってるって事かい?それじゃまるで、運営の掌で転がされるゲームみたいじゃないか」
「忘れたの?30年前まではダンジョンも、私達シーカーも、ゲームの中にだけ存在するような存在だったのよ」
「まあ確かにそうだけど……ひょっとして、アルマイヤはゲームマスター“G”を信じてる口かい?」
G、それは石板の情報の最後に必ず入っている文字だ。
それは石板の製造者であり、ゲームの様なダンジョンの支配者——ゲームマスターではないかと呼ぶ者もいた。
「Gがゲームマスターかどうかは兎も角、誰かの意図がこの世界に介入しているのは疑いようがないわ。ダンジョンが現れ、人類が覚醒してレベルやスキルを持つなんて、あまりにもゲームに寄った変化でしょ?そんな変化が、自然の流れとして世界に訪れる訳がないもの」
世界を思い通りに作り替える事の出来る、神に等しき存在の介入。
アルマイヤはそれを確信していた。
実際に、それは――
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