第136話 ライン越え
ブーストの効果が切れた。
その瞬間、俺の動きが劇的に鈍り、相手の動きに対応しきれなくなる。
「くっ……」
俺は慌てて神出鬼没で間合いを離す。
残りの子ネズミの数は14匹。
最初に比べれば数は減ったと言え、敏捷性100ダウンの影響は大きい。
敵が減った事で、LSのバフ効果も減ってるし。
「まあこれだけ数が減ってるなら…」
シヴァティの爆弾が、思ったより火力が高かったのだろう。
予定より敵の数を減らせている。
この数なら、もう勇気を呼び出してまで俺が無理に抱える必要はないだろう。
「残りは一気に殲滅すりゃいい」
「「「ぢゅううううううう!!」」」
転移先に、ネズミ共が殺到してくる。
「イタチじゃないけど、最後っぺだ」
それを味方に連絡して、いや、しようとしたところで――
「ぎゅああああああ!!」
「ぎゅば!?」
「ぢゅるるるる!!」
俺に迫っていたネズミ共がすご勢いで吹っ飛んで行く。
そして俺のすぐ横に姿を現す。
「ブーストが切れたようだな」
―—竜崎守が。
きつくなった瞬間現れるとか、味方のピンチに颯爽と現れる主人公かよ。
「もう少し位なら時間稼ぎは出来たんだがな」
「オナラは臭くて敵わん。だから使う前に駆け付けたんだ」
竜崎が顔を顰めてそう言う。
どうやら事前に鼻を塞いでもきつい様だ。
まあ、魔物が悶絶するレベルの臭いだからな。
臭覚も含めて基礎能力爆上がりの竜崎にはきついか。
ふと……
全身黒衣で鳥の様なマスクをつけた怪しげな俺(雌)と、人型の竜の竜崎(雌)のやり取りは、きっと戦隊ものとかだと悪の組織の幹部のやり取りのシーンとかに見えるんだろうな。
とか、果てしなくどうでもいい事が頭に浮かんだ。
本当に果てしなくどうでもいい。
「では……終わらせるぞ!」
叫ぶと同時に竜崎の姿が消える。
そして吹き飛ぶ、ネズミ共。
「動きがほぼ見えん」
究極スキルを使った竜崎のスピードは、俺がブースト中でも対応しきれない程の物だ。
敏捷性が大幅に下がっている今だと、遠目からでも動きを見定めるのが難しい。
辛うじて魔眼で魔力の痕跡を追うのが精いっぱいである。
「竜崎は武器を持ってなかったな」
彼のクラス、アルティメットプレーンは格闘系ではない。
そのため、素手より武器を持った方が火力は出る――使う武器種は何でもいいっぽい。
だが竜崎は武器を持っていなかった。
「て事は、デーモンハートを使ってるのか」
デーモンハート。
天魔輪廻が回帰前に手に入れたアイテムで、名前からするとマジックアイテムっぽいが、実はこれ、武器だったりする。
見た目はただの黒い玉なんだが、装備すると体内に入り込んで――装備の意思を持った時点で胸から入って来る――心臓と同化し、爆発的な攻撃力を装備者に与える狂武器だ。
装備中は他の武器は一切装備できなくなるが、とにかく攻撃力が凄い。
俺も一度装備した事があるんだが、マスタリーなしでも、Sランク武器を2重装備した状態より遥かに攻撃力が高かった。
たぶん数倍ぐらい。
それ位やばい攻撃力の武器だ。
しかもマスタリーが乗る竜崎が使えば、その攻撃力は更に跳ね上がる。
まさに鬼に金棒だ。
そんなに強いなら、竜崎が装備してるのは当たり前じゃないか?
そうだな。
ただただ攻撃力がぶっ飛んでるだけならそうだろう。
だが規格外に強い武器ではあっても、その装備に大きなデメリットがあった。
装備中、とんでもない速度で生命力が減っていくのだ。
しかも減少したHPは、ゲームみたいに数値上のシステマチックな減りではなく、ダメージとしてその反動が体にやって来る。
つまり……くっそ痛いのである。
俺が装備した時は余りの激痛に5秒でギブアップしている。
たぶん、後数秒装備していたら俺は死んでたと思う。
肉体的、もしくは精神的のどちらかで。
まーじ酷かったからな。
ほぼ拷問よ。
「なんで竜崎は装備したまま普通に動けるんだよ……やっぱ最大HPの差か?」
俺と同じ痛みを感じた上で平然としてるなら、もう完全に化け物である。
おそらくだけど、HPの差が感じる痛みの差になっているのだろう。
なのであれが扱えるのは竜崎だからこそ、という訳だ。
アルティメットプレーンは素のステータスが馬鹿みたいに高いクラスだし、竜崎のユニークスキル【ドラグフォーム】はその高いステータスをさらに跳ね上げるからな。
とは言え、だ。
竜崎でも長くは持たないだろう。
だから最後の切り札として、究極スキルの時間制限と合わせて使っているのだろうと思われる。
『ぼーっとしてたら駄目ですよ。ちゃんとスティールしないと』
腕の勇気が振るえ、モニターを見るとそう表示されていた。
「ああいかんいかん。圧倒的過ぎて忘れるところだったわ」
10秒程で、ネズミは半分ぐらいに減っていた。
ぼーっと見てたら、大事な仕事をとちる所である。
「アイテムはちゃんと頂かんとな」
それまで放置していたグレートマザーラットにラッキースケベを掛け。
レア確定のスティールをかます。
レア枠ゲットだぜ。
「ぢゅうううううううう……」
手に入れたアイテムを呑気に鑑定していると、グレートマザーラットがか細い断末魔の声を垂れ流した。
マザーは子ネズミとHPが連動しているので、その全てが消えた時点で死亡する仕様になっている。
竜崎が残りのネズミを全て処理し終わった事で、ボス討伐完了だ。
「ったく、30秒かかってねーじゃねーか」
装備込みとは言え、本当にとんでもない強さだ。
まあシヴァティの爆弾による削りがあったからこそではあるが、それでもとんでもない殲滅力である事には違いない。
こう予想を超える強さを発揮されてしまうと、ギリギリまで頑張って粘ろうとしてた自分が馬鹿らしくなってしまうから困る。
ヒーロークラスに上がって。
装備を揃えて。
更に勇気と二人がかり。
勇気は頑張れば勝てる見込みはあるって言ってたけど……
ヒーロークラスに上がったとして、化け物過ぎて全く勝てる気がしないんだが?
いやまあ、別に戦わないからいいっちゃいいんだけど。
敵じゃなくて味方だし。
「やっぱあいつは別格だな」
その時、全身に寒気が走った。
手や足が震える。
「なんだ……体が……」
『人類の能力が想定ラインを越えた事をお知らせします』
そして唐突に流れるアナウンス。
声が響いたというよりかは、脳内、意識に直接語りかけられたような感じだ。
俺の持つテレパシーに近い。
声はシーカー協会会長の物だ。
つまり、ラーテルの時と同じ……
遠くにいる他のメンバー達も、戸惑う様子を見せていた。
どうやら俺にだけ寄越されたメッセージではない様だ。
『これにより準備が整ったと判断し、偉大なる創造神グヴェル様の恩寵を人類に与えます』
「くっ……」
脳内に何かが入って来る。
その不快感に俺は顔を顰めた。
「これは……」
それは情報だった。
人類の運命を掛けた試練の降臨についての。
期限は最長10年。
その期間内にダンジョンを踏破できなければ、人類は滅びる……か。
天魔輪廻が言っていた情報と完全に一致するな。
けど――
「どういう事!?まだ始まるのに2年以上の期間があったはずなのに!」
天魔輪廻が頭を抱えて叫んでいる。
そう、彼女の説明では、ラストダンジョンが現れるのはまだ先の話だった。
何故早まった?
そういやアナウンスで行っていた。
『人類の能力が想定ラインを越えた』と。
このタイミングでラストダンジョンが出現した事を考えると……
レベル97のボス、グレートマザーラットの討伐を成功できるほどの能力ってのが、トリガーだったと考えるのが妥当だろうな。
つまり、俺達のせいでダンジョン出現が早まった訳だ。
天魔輪廻の努力が裏目に出たか……皮肉な物だな。
とにかく、始まってしまった訳だ。
―—人類の命運を賭けた、ラストダンジョンへの挑戦が。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
『面白い。悪くない』と思われましたら、是非ともブックマークと評価の方をよろしくお願いします。
評価は少し下にスクロールした先にある星マークからになります。




