第102話 マナー
「マスター。まずは状況確認からしましょう」
ボスエリアに入ってすぐの場所で勇気がそう言ってくる。
「けど――」
「まだしばらくは持ちそうですから、落ち着きましょう。焦っても良いことはありませんよ」
「……分かった」
視界に映る聖は、ルーンリッチが呼び出す巨体のデスウォーリア達に囲まれていた。
その数9体。
「ご友人は大したものですね。あの状態にも関わらず、敵の攻撃を全て盾で受け切っているんですから。並みのナイトなら、きっとなす術もなくタコ殴りにされてますよ」
「ああ、大した奴だ」
普通なら大ピンチと言って良い状況だが……流石は、大手ギルド期待の聖騎士だけはあると言わざるをえない。
聖はデスウォーリアは元より、ルーンリッチの魔法を含めた全ての攻撃を、巧みな動きで完璧に盾でガードしてみせていた。
凄まじい技術と集中力だ。
悔しいけど、俺にあんな真似は無理だな。
「これなら確かに、勇気の言う通り暫くは持ちそうだな」
ナイト系は敵の攻撃を盾で受けるか受けないかで、被ダメージが劇的に変わる。
そのため、盾ガードが出来ないと存外もろいのだが、逆を言えば、盾できっちりガードできている間は不沈艦とも言える硬さを持つのだ。
「状況は安定してるけど……まあ火力不足のジリ貧だな」
聖騎士には、アンデッドのターゲットを完全固定する範囲スキル、セイントオーラがある。
そのため、他のメンバーには攻撃が一切向かっていない。
通常、魔物には反撃行動が備わっている。
これはタンカーがヘイトを稼いでターゲットを持っていても、自身に攻撃してきた相手に対して確率で反撃をしてくるものだが――そのためナイトがいても、油断していたら手痛い反撃を受ける事に――セイントオーラのアンデッドに対する完全ターゲット固定は、それすらも封じる物だ。
つまり、他のメンバーはノーリスクで攻撃に完全に集中できるわけだが……
ルーンリッチは最初に5体召喚し、その後、1分に1体のペースでデスウォーリアを召喚する仕様だ。
だが今は9体。
数が増えてる事からその、火力不足は火を見るよりも明らかである。
まあだからって、彼らを非力だと言うつもりはない。
本来は4パーティーで当たるボスに1パーティーで戦わされたら、そうなるのも当然だ。
「まずは、デスウォーリアの数減らしだな」
減らしすぎると複数召喚される――最低5匹になる様に――仕様なので、5匹まで数まで減らしてからルーンリッチへの攻撃に取り掛かろう。
「マスター、彼らを助けるに当たって先にすべきことがありますよ」
「先にすべき事?」
「交渉です」
「交渉?」
なにを言ってるんだこいつは?
人助けに交渉とか……
「ダンジョン内での横殴りはマナー違反ですからね。親しき中にも礼儀ありって奴ですよ、マスター」
「いやまあそうだけど……」
ダンジョン内で、戦闘状態にある魔物に手を出すのはご法度だ。
暗黙の了解って奴である。
が、ボス戦でやばいって時に、普通はそんな事を気にする奴はいないだろうと思うんだが……
「状況的に1分1秒を争う訳じゃないですからね。マナーはしっかり守りませんと。なにせ、私達は紳士が……いえ、淑女が売りの怪盗なのですから」
勇気が女体化している事を思い出してか、紳士を淑女へと言い換える。
そこ、気にする必要あるか?
「そもそも淑女は怪盗になんかならないぞ」
聖の様子を見てる感じ、もう2、3体追加された程度なら対処できそうに見える。
ジリ貧で勝ち目がないとはいえ、まだのっぴきならない状況じゃない以上、先に声をかけて許可を取るのは、まあ確かに勇気の言う通りではあるか。
「それに、ドロップなんかの問題もありますし」
「倒してもないのにそっちの心配かよ」
「当然でしょう。せっかっくのSランクボスですよ。ダブル確変でレアを両方手に入れときたいですからね。そこはちゃんと頂けるようにしとかないと」
相変わらず図太い神経してやがる。
「じゃあ、レッツ交渉と行きましょう」
「友人を助けに来てまず最初にやるのが交渉とか……」
若干釈然としない気分だったが、気持ちを切り替え、俺は魔物から離れた位置で回復に専念するヒーラー―—大城恵に近付き声を掛けるのだった。
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