第41話 最終回の思い出<メモリーズ>
<Episode 14>
いよいよクリスマスが目前となり、街は浮き立っていた。
コンビニに行けばケーキの広告がしつこいぐらいに貼られているし、日が暮れた商店街は色彩乏しいイルミネーションが光った。テレビを点ければクリスマス仕様のコマーシャルが流れ、歌番組もクリスマスソングしか流れない。
何がそんなにめでたいのか分からないから、正直うんざりしてきていた。
恐らく彼女と行った牧場のイルミネーションも、今が最盛期なのだろう。そう考えるとあの時期で良かったのかもしれない。
いや……良くは、ないか。
結局あの日に行ったから、クラスメイトにバレてしまったんだから。
あれから、ぼくとあっくんは1度も言葉を交わしていない。
彼女は廊下でぼくとすれ違う時、目を伏せて早歩きで通り抜けるようになった。おかげさまでこちらは姿勢そのままにしてすれ違うのだが。とにかく、もうぼくと彼女が喋るようなことは無いだろうし、出かけることなんて当然ない。
しかしこれだけの代償を払っているにもかかわらず、ぼくらに関する変なうわさ話は各所をてんてんと飛んでいた。付き合っているんだとか、ぼくが一方的に気持ち悪いアプローチをかけているんだとか、彼女が実は尻軽なんだとか、あとは昔からの幼馴染なんだという的を得た噂なんかも耳にした。
正直、こんなに自分が注目されることが初めてだから奇妙な感覚を抱いていたのだけれど、冷静に考えてみんな興味があるのは“あっくん”であってぼくではない。つくづく思う。服にひっついた虫のように邪魔な人間なんだなあと。
ということもあって、彼女をちやほやするような連中はいつの間にか居なくなり、実際に彼女の周りから人はだいぶ去っていったようだった。悪口を聞く機会も生まれ、クラスの人気者というラベルはもう失った。ここ最近は元々仲が良かったであろう数人と一緒に居る姿しか見ていない。
だからだろう。彼女は表情から明るさが無くなっていたし、ひとりで行動をしている姿を見かけることが増えた気がする。
失墜だ、と思った。学校ヒエラルキーにおける失墜。
何か悪いことをしたわけではなく、誰かと仲違いしたわけでもない。輪を乱すような行動をしたわけでもなければ、著しく素行を悪くしたわけでもない。誰かを貶めたわけでもなく、傷つけたわけでもない。彼女が唯一したことと言えば、この、つまはじき者と仲良くしていたぐらいだ。
そう考えるとひどく理不尽だと思う。
でも怒る気にはもうなれない。
理不尽というものはなにも変わったっことじゃないということを、ぼくはこの学校で良く学ばせてもらった。それに対処できず彼女を巻き込んでしまった自分が悪い。ぼくが、すべて悪いんだ。
だからもう、これ以上彼女を巻き込まないで欲しい。
だって嫌いなのもムカつくのもぼくだけなんだろう?
だったらぼくだけ気が済むまで罵ればいいし殴ればいい。
ぼくはそう望んでいたし願っていた。
ところが現実はとことん理不尽だった。
放課後の体育倉庫室で、熊はぼくの背中に乗っていた。
「片原あゆみ呼んでこい」
彼は下っ端にそうやって指示をする。
「呼ばなくて、いい……」
「確認しなきゃなんねえだろバカ野郎」
熊はぼくの頭を踏みつけながら落ち着いた声で言った。
彼の右手には小さな雪だるまがある。
ぼくがカバンに忍ばせていた雪だるまだ。
カツアゲ目的でカバンを漁ったクラスメイトがこれを見て、片原あゆみが同じようなものを持っていたと告げ口した次第だ。間抜けだろう。この期に及んでまだ懲りず、彼女との繋がりに縋って、その結果周囲に知らせてしまったんだ。
「た、たまたま……同じものを持ってることだって」
「そんなことねえだろバカ」
「……うん」
たしかに。あまりに納得してしまい言い返す気力も失ってしまった。ペットボトルキャップで作った雪だるま。こんなものをふたり揃って持っていたら、偶然のひとことで片付けるのは難しいだろう。
ぼくは彼女がここに来ないことを祈った。
祈ることしかできなかった。
つまりそれは、なす術がないということだ。
「おう連れてきたぞ!」
重厚な扉が開くと、下っ端と、そのうしろに隠れるように立つあっくんが姿を見せた。彼女は肩にかけたスクールバッグを不安そうに両手で握って、強張った顔で俯いていた。それはまるで悪いことをした後の子供のようで、これから起こる仕打ちに怯えているように見えた。
そして、スクールバッグには雪だるまがぶら下がっていた。
君もバカなのか? なんでそれを持っているんだ?
下っ端が彼女の腕を引っ張って倉庫室に連れ込もうとする。
彼女は体を反対方向に向けて抵抗する。
熊がぼくの背中から離れ、彼女のほうへ向かう。
衝動に駆られ、ぼくは起き上がり、そして熊を追いかけて両手で突き飛ばした。
彼は転がった拍子に雪だるまを落とし、床に転がった。
今しかない――そう思った。
ぐしゃ、と紙粘土が潰れる鈍い音がした。
まるでコンサートホールで鳴ったかのように、その音だけが鼓膜に響いた。怯んでしまわぬよう、一気にぼくはその紙粘土を踏みつけ、踏みにじった。無感情に、一心不乱に、まるでロボットかのように。粉々になるまで、原形が無くなってしまうまで、彼女の雪だるまと比べられなくなるまで、限界まで破壊しつづけた。
突き飛ばされた熊も、下っ端の不良も、狂ったように笑っていた。ぼくは彼らにとって他の何よりも道化だったのかもしれない。
「狂ったぞ狂ったぞ」「やべーサイコだぞコイツ」
途中から、あっくんもちぎれた断片を踏みにじってくれた。
聞いたこともないような高笑いをしながら。
「きゃははははは」
「あはははは」
ぼくも呼応するかのように笑う。
可笑しかった。力いっぱい笑えるのが不思議だった。
こんなに楽しくないことをしているのに、涙が出るほど笑ってる自分が可笑しくて、ぼくはさらに力を込めて大きな声で笑った。
******
目が覚める。
瞼を開けたはずなのに視界は真っ暗のままだった。エアコンのせいか喉が酷く渇いていて、それなのに体はうっすらと寒さを感じていた。掛布団に籠るように体を丸くする。次第に目が慣れていって、部屋の輪郭がぼんやりと浮かんできた。
渇いた口内は不快感でいっぱいだったけど水を飲む気には――というより起き上がる気になれなかった。
僕は枕元のスマホを窮屈に取って、横向きに体勢を変えて画面を点ける。目映いブルーライトが角膜を襲い、涙の気配が奥に引っ込んでいった。反射的に瞼を閉じたあと、おそるおそるゆっくりと小さい瞬きを加えながら瞼を開ける。
0時27分。真夜中だった。
≪メモリーズ 消す 方法≫
検索。
一刻も早く忘れたい。
朝になればタイムリミットは残り2日だ。でもそんな僅かな時間ですら堪え切れなかった。
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