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第36話 余計なことするんじゃねえよ




 <Episode 13>


 熊みたいな体格をした不良少年は、ぼくの背中に座り、そして頭を踏みつけていた。


「なあ、教えてくれよ」


「教えろ」加勢する仲間たち。


「片原あゆみとどういうカンケーなんだよ」


 床すれすれの視界に映る3組の足、背中に乗っている熊。つまり合計4人の不良から、ぼくは尋問を受けている。


 白昼堂々と教室で繰り広げられている暴力にクラスメイトは、見て見ぬふりをしている。とりあえずこの昼休みさえ終わってくれればいいと思うのだが、生憎まだ始まったばかり。冷めたお弁当の香りが教室じゅうに漂っている。


「答えろよ」


 ドスン、とふたり目が背中に乗る。

 内臓が圧迫されて吐気がこみ上がった。


 こいつらは多分馬鹿だと思う。

 こんな体勢を強いられたんじゃあ、いくら話す気になってもまともに喋ることができないじゃないか。息をするのでさえ苦しいってのに。


 ゴツンーー拳骨を食らい瞬く間に全身へと耐えがたい痛みが広がっていった。悶えたいのに、背中に乗っている熊たちのせいでうまく体が動かせない。


「おいこら動くなよ」


 どうしてこんなことになったんだろうか。その疑問に意味なんて無くて、ぼくはただただこうなってしまった現実を嘆いていた。


「早く言えって」


 実はあっくんと牧場のイルミネーションを訪れたあの日、この背中に乗っている熊が同じところにいたらしい。


 そりゃあぼくなんかが不良グループを差し置いて、あの片原あゆみと遊んでいたんだ。可愛くて、大人っぽくて、明るくて優しくて、それなのにどこか釣れない、そんな片原あゆみと見方によっては休日デートをしていたんだ。嫉妬の矛先を向けられるのが当然だ。まったくどこまでぼくは要領が悪いんだろうか。


「別に……ちがう」


 声を振り絞る。


「あ?」


「ぼくは、そういうの、じゃない」


「お前さ、質問の意味分かってる? 俺たちはお前に『片原あゆみとどういう関係なのか』って聞いてんの。お前がそういうのじゃないとか聞いてねえから」


「……たまたまだ」


 一瞬の間ができる。


「たまたま牧場で会って……それで一緒に……」


 ゴツンーー脳天に拳がめり込んだ。熱い液体が中枢を駆け巡るように痛みが回っていく。


「手を繋いだのもたまたまだって言うのか?」


 不良少年は声を裏返らせて驚いた。


「えっ、まじ!?」


「はあ? 手まで繋いでんのかよ! 死ね!」


「殺す? こいつ」


 なんだよ、手繋いだところまで見てるのかよちくしょう。もう終わりだよ。


「答えないとマジで殺すぞ」


 髪を掴む力がぐいっと強くなった。すべての毛が引きちぎられそうなほどの強さだった。


「手は……手はぼくが、ぼくが勝手に、握っただけだ」


「あ?」


「本当だ。彼女は多分、驚いたと思う」


 咄嗟に出た言い分は自分でもびっくりするぐらいしっくりくる言葉だった。


「前のカップルが、手を繋いだ。だから、なんか、ぼくは勘違いをしてその気になって手を握ったりした、そんな感じだ」


「なんだよお前気持ちわりいな」


 ああそうだ。ぼくは気持ち悪いんだ。

 ぼくは補足情報をつけ足す。


「彼女の顔は嫌そうだった。たぶん振り払わなかったのは優しさだと思う。本当は今すぐにでも、帰りたかったと思う」


「そういう仲かと思ったけど違うんだな?」


「ぼくが勝手に手を握っただけで、彼女はぼくにそういう感情はないよ」


 彼女を庇っているつもりはなかった。多分、ぼくは事実をただ彼らに伝えているだけだった。彼女はぼくに対してなんの感情も抱いていないし、恐らく孤独でいる姿を見て可哀想に思って接してくれていただけなんだと思う。


 それなのにこの勘違い男は手を握った。恥ずかしいにも程があるだろ。

 結果、あの苦い笑顔だ。


 ほんと馬鹿だ。

 なんでこんなにも簡単な答えが分からなかったんだろう。


「お前、スマホかせ」


 返事もしていないのに、熊はぼくのポケットからスマホを抜き取った。


「お前さ、これ以上片原あゆみに付きまとったら迷惑じゃん? だから俺が代わりに送ってやるよ」彼はこう補足する。「もう二度とあなたとは遊びません。さようなら」って。


「……」


 ぼくの背中でスマホをいじる熊に、それを覗き込むその他3人。

 抵抗する気は起きなかった。


 きっとぼくが悪者になって収めておくことが、登場人物全員にとって都合が良い。彼女が失うものも何もない訳で、不良たちの憤りも収まって、ぼく自身もこれ以上尋問を受けずに済む。それに、そもそもぼくが勘違いしていただけで、無かったはずの関係なのだ。


「お前ラインの友達片原あゆみひとりかよ。本当気持ち悪いな」


 だから、もういい。どうせならとびっきり嫌われる文章でも作ってくれ。背中のうえでクスクスと笑い合う彼らにそう願った。


 しかし、最悪の事態が訪れた。


「何してるの」


 すらりとした足は、上履きからふくらはぎまでしか見えない。でも、その声が誰なのか、ぼくには分かった。


「やめなよっ」


 彼女は彼らに詰め寄った。

 その声は強いんだけれど、少しだけ震えてるように聞こえた。

 教室の中は消音機能のように一気に静寂が訪れ、視線はぼくたちに集中していた。


 なんてことをしてくれたんだーー。

 ヤバい。このままじゃぼくたちの関係に茶々が入ってしまう。


 なおも唖然とし続ける不良たちより先に、ぼくが声を絞り出した。ぼくの声も心拍のせいで震えていた。


「あっちへ、いけ」


 彼女の足首がわずかにびくっと反応した。


「あっちへいけっつってんだよ、片原」


「たい……ちゃん?」


 ぼくはなにも反応をしない。

 それは“たいちゃん”なんてあだ名で呼ばれてなどいないという、ひとつの表示だ。もうこれ以上話すつもりはない。


 さあ、早く去れ。

 頼むから。


 彼女の足はそっとした動きで、音も立てずに踵を返した。視界から見切れて少し経った頃、教室に喧騒が蘇る。ちょうど彼女が教室から出ていったのだろう。すると試合再開のゴングが鳴ったかのように、熊が言った。


「お前生意気なんだよ」


 というわけで、暴力暴言も再開。教室じゅうの喧騒もより加熱していった。ぼくはうつ伏せのまま頭を叩かれ、わき腹を蹴られ、横から頬をはたかれる。


「何様だ?」「あっちへいけとか言えた分際か?」「あーあ片原かわいそ」「女子にだけ強く出るタイプか?」「クソだな」「DV男」


 もっと言え。

 もっと言ってくれ。


「お前、手ぇ無理矢理握ったろ」熊はそう聞いた。そしてぼくは間髪入れずに「そうだ」と答えた。


「全部ぼくが勝手にやったことだ」


「驚かせやがってよ」 


 頭を上履きで踏まれる。


「ごめん」


 でも、ぼくは胸を撫で下ろしている。最悪の展開だけは免れたから。あとはこのまま昼休みを終え、それから今日という日も終える。そうしたら、これから先もぼくは堂々と暴力を受け、彼女も堂々と素通りすればいい。


 それが誰も傷つかない、もっとも良い未来なのだ。


「こら何してんだ!」


 突然の怒号が教室に響き渡った。


「やばい!」「逃げろ!」


 不良たちが散り散りになっていく。

 何が起こったのか分からなかった。

 顔を上げるとあまり見慣れない中年の教師がぼくを見下ろしていた。


「おい大丈夫か」


 教師の声の声を受けて、ぼくはようやく節々が痛んだ体を起こしてみる。話したこともない、恐らく他の学年の教師だった。なぜ彼がこの教室にーー疑問がわき起こったが彼のうしろを見た瞬間に解決した。


 彼女ーーあっくんがいたのだ。


 慌ててその辺にいた教師へ見境なく声をかけたんだろう。

 ぼくはひと思いに言う。


「余計なことするんじゃねえよ」ひとつ浅い呼吸を挟み「あっち行けよ馬鹿」ぼくはできる限りの冷たい口調で言い切った。


 それは表示だ。

 この教室にいるすべての生徒に向けた、ぼくらの関係性の表示。


「……」


 彼女は踵を返して、この険悪な空気が立ち込めている教室を出ていった。

 男性教師は唖然とした顔でぼくのことを見るが、その瞳には侮蔑の色が混じっていた。


「おまえは助けてくれた人になんてことを!」


 それから先にそれくらい、どんな説教を受けたのか、ぼくはまったく覚えていない。



******



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