第28話 誘いを断れなかった
昼休みの終わりかけ、僕はジュンヤと焼却炉の裏で地べたに座っていた。もちろん僕から声を掛けたわけではない。
「わりーな付き合ってもらって」
「ありがとう」
彼は自販機で買った缶コーヒーを僕によこした。それから彼はポケットからソフトケースを取り出して、煙草を咥えて火を点ける。
苦い煙のにおいが鼻にまとわりつく。ひと言でいえば、こんなものを好き好んで吸っている人間の気持ちが分からない。それぐらい不快な香りなのに、目の前でジュンヤがあまりにに美味しそうな顔で吸うもんだから、ひょっとしたら美味しいものなんじゃないかって思いそうになる。
僕は、乾燥で傷だらけになった手指を丸め、吐息を送り込む。暖かいのはほんの一瞬で、気休めにしかならない。学生服の薄っぺらい生地ではなかなか無理がある、そんな冷たい空気に僕の体はマナーモードのように震えていた。
「もし先公に見つかったら無理やり俺が誘ったって言うから」
「ああ、別に大丈夫」そう適当に返してすぐ、疑問が浮かんだ。「そもそも、なんで僕を誘ったんだ?」
煙草を吸いに抜け出すのなら沢井とかで良いじゃないか、急にそんなことを思った。
ジュンヤはまるで予め答えを決めていたみたいに即答した。
「別に理由なんてねーよ。たまたま廊下で会ったから声掛けただけじゃん」
「そっか」
「まあ、でも俺おまえのこと嫌いじゃねーよ」
彼の爽やかなクシャっとした笑顔に一瞬、心が揺さぶられる。こんなに優しい声も表情も、男友達に向けられたことなんて初めてだった。
「……なんで?」
「一匹狼じゃん? 俺と被るじゃん」
「一匹狼なんてそんな」僕の場合はそんなカッコいいものじゃない。
「俺さ、この学校嫌いなんだよ」
彼は吐き捨てるようにそういって、煙草を咥える。先端の炎が真っ赤に踊って、すぐさま灰色に朽ち果てていく。物体のように濃い副流煙が真っすぐ寒空へ向かって立ち昇っていく。
「何かあっとすぐに揉めんだろ? 喧嘩やいじめばっかりでくだらねーよ」
「ジュンヤも、そういうこと思うんだ」
「たりめーだろ」
やっぱり僕はこの人が、好きなのかもしれない。
「俺はな、くだらない連中と群れるのが嫌いなんだわ」
「くだらない基準は分からないけど、言いたいことは分かるかも」
「なあっ」
ジュンヤは気持ちの良い同意を挟んだ。
「人間関係ってマジめんどいよな」
「うん。分かる」
「だからじゃないかな。俺、お前によく絡むの。俺たちもしかしたら似た者同士なのかもしれないな」
「そうかな、はは……」
こそばゆくって寒気がした。
似た者同士なんて言葉をジュンヤから言われるなんて。
背が高くて顔のパーツも整っていて、出で立ちには独特の威圧感があって、きっと喧嘩も強いんだろう。敢えて一匹狼の生き方を選択できるのは強者の証だ。僕は敢えてこの立ち位置を選んで訳ではない。なるべくしてここに居るだけなのだ。
そんな彼と僕が似た者同士なんて、僕の口からは口が裂けても言えない。
前触れなくチャイムが頭上で鳴った。もう聞き慣れてしまった日常のそれは、役目を終えると鼠色の空に吸い込まれるように消えた。確かに始業のチャイムが鳴ったはずなのに、ジュンヤは何も聞こえてないような雰囲気で2本目のたばこに火を点けた。まあでもいいかと、僕は思っていた。
「そういえばハラちゃんとどうなったん?」
「えっ」
「ははっ。聞こえんのに聞き返すのはナシだぜ」
「あ、うん。えっと」
何も隠す必要はないだろう。
真っすぐこちらを見つめるジュンヤに僕は言った。
「仲直りしたよ。週末も会ってきた」
「へえ。いいじゃん」
「おかげさまで」
一瞬、口にするのも躊躇うぐらいの小さな違和感を覚えた。
それがなんだったのか再確認しようとしても、時は既に遅く、目の前には変わらず爽やかな笑顔を見せるジュンヤが居るだけだった。
「さすがひっそりと付き合ってるだけはあるな」
「いや、だから付き合ってなんかないよ」
「いやいやそういう風にしか見えねーよ。夜にファミレスで喧嘩して、そんで泣かして、仲直りに休日デートだろ」
「いや」
うまく言葉が返せなかった。
確かにジュンヤのいう通りだ。仮に僕が第三者でこの関係を見ても、他ではない恋仲を疑っているだろう。渦中にいて気が付いていなかったけれど、僕たちの関係は普通のクラスのお友達にしてはちょっと密度が濃すぎるような気がする。
改めて考えてみると、片原さんがどういうつもりなのか分からなくなってきた。
彼女は純粋にひとりの友として、幼馴染として、期限が訪れることを憂いていたのだろうか。僕たちの関係性は今、どの位置にあるのだろう。これから先どの方向へ向かっていくのだろう。そして僕自身、彼女と本当はどういう関係になりたいんだろう?
何故僕は、期限が訪れることをこんなにも恐れ、頑なに彼女が去っていくと決めつけてしまうんだろう。何故こんなにも、彼女との未来を思い描くことが怖いんだろう?
「あのさ、頼みがあんだけどさ」
「……えっ?」
はっと顔を上げると、ジュンヤが申し訳なさそうに顔の前で手を合わせていた。
「もし良かったら今度俺も誘ってくんね?」
「誘う?」まさか「片原さんと会う時にってこと?」
「そうそう。俺さ、実はもともと仲良かったんだよ。隣りの中学校出身だし。それにお前とも仲良くなれそうだしな。1回くらい遊ぼうぜ」
僕は一瞬の間であれこれ思考を巡らせる。
彼から誘ってもらえたことは素直に嬉しい。でも一緒に遊ぶのはちょっと違う。だいぶ違うと思う。彼だって本当の本当は、彼女とあそびたいだけなんじゃないか?
そうだとするならば、断わるべきだろう。
「……別に、いいよ」
「マジ? お前サイコーだな。そんじゃ早速ラインな」
ジュンヤが咥えたばこのまま、スマホにコードを表示してこちらに差し出し、僕はそれをぎこちなく読み取った。無事友達追加が済むと彼は「また連絡するわ」といって、そそくさとたばこの火をアスファルトで消す。
「あ、そういえばさ」
去り際に彼は振り向いた。逆光のせいで表情が影で読み取れない。
「驚かしたいからハラちゃんに内緒な」
「驚かす?」
うん、と単調な返事をして彼は続ける。
「サプライズってことよ。俺さ、実は親同士仲良い、ってぐらいの仲。だから急に現れて驚かしたいんだ」
「わかったよ」
「サンキューな」
そういって今度こそジュンヤは校舎へ戻っていった。
僕はひとりきりになっても授業に向かう気になれず、焼却炉を背もたれにして寄りかかりながら、無感情に空を見上げた。さっきの副流煙で出来あがったような、もくもくとした鼠色の雲に空は覆われていた。
僕はなんで断らなかったんだろう。
別にジュンヤが怖くて断れなかったわけじゃない。かといって3人で遊ぶことに気乗りしているのかと聞かれたら、決して気乗りしているわけではないと思う。現にこれから先の調整やら何やらを考えると億劫だ。
僕はどんよりとした空に、片原さんとジュンヤと僕の3人を映し出してみる。笑って言葉は交わしているんだけれど、その空想はやっぱりぎこちなくて、無理やり作り出している感じが否めない。きっと多分だけど、3人では会うべきじゃない。
でもそう思っている傍ら、もしかしたらとっても楽しい1日になるんじゃないかと思っている自分も居る。いやむしろ、僕はその未来に期待しているのかもしれない。腹の底のほんの隙間から小さなワクワクが湧きだしているいる気がする。
だって友達に誘われるなんて、滅多にないことだったから。
――1回くらい遊ぼうぜ。
ジュンヤに誘われた言葉が、胸の中でこだましていた。
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