第25話 クリスマス前の遊園地
「……どしたの?」
上目づかいで首を傾げる片原さん。
「いや、その……」
僕は思い付きの言葉で誤魔化した。
「学校、行かなかったのか」
彼女は舌を出して笑った。
「えへへ、バレた?」
こうやって笑顔の彼女と顔を合わせた今、僕は最初からここに来ることを決めていたんじゃないかって思えてくる。実は答えは最初から出ていたのに、パフォーマンスとして悩まざるを得なかったんじゃないかって。
「バレバレだよ君は目立つから」
「うーん、たしかに君よりかは目立つかも」
ふは……と僕が小さく笑うと、彼女もあは……と歯を見せた。
住宅街の真ん中にある公園は、まだ夕方前だというのに人っ子ひとりおらず、静寂に包まれていた。少子化のせいもあるのだろうか、子どもの姿すら見かけない。まるでこの町にふたりきりみたいだと、漫画みたいなことをかなり真面目に思った。
「ちょっと、お話していこっか」
「ああ」
僕は隣りのブランコに腰掛けた。
それから僕たちは何時間も喋った。
他愛もない話がゴボゴボと湯水のごとくに湧き上がってきて、まるで僕が僕じゃないみたいに、会話というものに没頭した。1時間、2時間、3時間、とまるで分刻みのように時が過ぎた。それは、あの頃の僕たちのよう――所詮買ってきた後付けの記憶だけれど――でどこか懐かしい時の感覚に思えた。
「もうこんな時間なんだ」
片原さんがスマホを見て何気ない口調で言った。
そのスマホには20時34分と表示されていた。
空気はいつの間にかキンと冷たくなっていて、例えるならば冷蔵庫から冷凍庫に身を移したみたいだった。
「もうそろそろ帰るか?」
「うーん」腕をわざとらしく組んだ彼女「そしたら、あと5分だけ喋ろっか」
わざとらしい考える素振りが、やけに可愛くて胸がこんがり焼けてしまいそうだった。
「なんせあと1ヶ月したらたいちゃんは私を拒絶するかもだからね」
「そうなんだよな」
「だからたいちゃんも今のうちに喋っておきなさい」
僕は鼻で笑うようなふりをして、普通に笑った。
「悪いな未来の僕が不義理なやつで」
途中から片原さんと僕は、こういった具合で互いの立場を決めつけるようにして言葉を交わしていた。メモリーズの記憶が失われた時、どうせ僕のほうが彼女から離れていくんだろう、と。
だが僕にとっては、当然だけど僕自身ではなくて彼女のほうが心配なわけだ。記憶が切れたときには、ほぼ間違いなく彼女のほうが離れていくんだろうと、失礼な話だが僕はそう思うようにしている。期待する隙間を作ってしまわぬよう全力で蓋をしているのだ。
言ってしまえば、だからこそ、この立場を決めつけるような会話に甘んじた。
仮にこちらが『君のほうが心配だぞ』と言い返したとして、彼女に甘い文句を言い返されようものなら、いとも簡単に決意の蓋がこじ開けられてしまいそうだからだ。
それならば僕が不安要素だということを受け入れ続ければいい。
いずれはメモリーズの期限が切れ、幼馴染だった僕たちは粉々に消える。そうしたとき、彼女は僕から去っていく最中で今日の発言を後悔するのだろう。『なんであんな男に言い寄ったりしていたんだろう』と。
それでいいんだ。
先の恐怖に勝るものなんて何もない。
この時の僕はそんなふうにこれから先のことを考えていた。
<Episode 11>
11月初旬、電車のなかの中づり広告に、いよいよクリスマスケーキの予約が現れた。少しばかり気が早いんじゃないかって思う。1ヶ月半も前からケーキを予約してたら、届くころになったら注文していたことも忘れてしまうんじゃないか。
「クリスマスケーキ?」
ぼくの視線を辿ったのか、あっくんがそう呟くようにいった。
「そうそう。気が早いだろって思った」
「ふふ、たしかにまだ1ヶ月も先だね」
あっくんとぼくはとなりの市にある遊園地に向かっていた。さきほど電車を乗り換え、もう目的の駅までは1本だ。
休日の電車は7人掛けがすべて埋まるぐらいには混んでいた。スーツを着る大人はどこにもいなくて、ほとんどが休日にどこかへ出かけるような砕けた格好だった。
パーカーだったり、薄手のダウンを羽織る人もいたり、そうやって人々の格好を眺めていることがなんだか新鮮で、ぼくがいかに世界から遠ざかっていたのかを痛感した。
学校に行ってないせいで、季節の流れにひとり取り残されている。
だって、ついこの前まで夏だったはずなんだ。ところが車窓には葉をオレンジ色に染めた木々が、早送りのように過ぎていっていた。
「久しぶりだな」
言葉がぽつりと落ちる。
「外に出るのが、ってこと?」
「うん……というよりか、こんなに多くの人を見かけることが」
彼女はぼくを撫でるような口調で「そっか」と呟いた。
胸の奥にじわっと熱が広がっていく。
電車はカーブに差しかかり、脱線するんじゃないかって勢いで横に揺れた。慌てて近くにあるつり革を掴んでいる人は居るが、それでもほとんどの客がいつものことのように目を瞑っていたり隣りの人と談笑を続けていたりしていた。
「次が大きい駅だよね」
「え?」
彼女が路線図を指差す。目を凝らしてみると、確かに次の駅は他の駅よりもフォントが大きくて、急行を示している赤のラインで囲まれていた。
「次の駅で人がいっぱい降りていったのを思い出したの。あの時はもうちょっと混んでたから」
「そうか」
それは川西さんと来た時のことだろう。上手に反応できない自分が情けなかった。
「あのときは混んでたから座れなくてさ、つり革も掴んでなかったから私飛ばされたんだよ。それでドアに頭ぶつけたの」
「それは、痛かったな」
「痛かったよ。おっきなたんこぶできたんだもん」
ケタケタと自虐的に笑う彼女を、ぼくは笑えなかった。
川西さんの爽やかな笑顔が頭上に浮かんできて、黒い炎が胸の中をちりちりと焦がしていく。それは彼女が川西さんに告白されたという噂を聞いたときから、ずっと付きまとっている苦手な症状だ。
不快極まりないし、これがどういった感情から訪れるものなのかは、ぼくみたいな人間でもなんとなく想像ができた。だからこの、胸を刺激する炎が嫌いなのだ。身の程知らずも甚だしい、この黒い炎が。
ややあって、ぼくたちは電車を降りてしばらく歩き、目的地の遊園地にたどり着いた。
最寄駅から30分以上も歩いてきてヘトヘトだったから、まずは入口ゲートを潜ってすぐのところにあるカフェに入った。あっくんもぼくもアイスカフェオレを頼んだのだが、あまりに喉が渇いていたからふたりして一気に飲み干した。
「もったいない使いかただったね」
「間違いない」
遊園地は思っていたよりも狭かった。単に散策するだけなら半日もあれば時間を持て余すだろう。ぼくたちは乗り物を選り好みしている間に、園内の中心部まで足を進めてしまっていた。
ニット帽を被ったあっくんが、宝物でも見つけたかのような笑顔でこちらを振り向いた。
「ねえ、あれ」
そういってピンと伸ばした指の先を見る。そこには青空に向かって聳え立った鉄骨の塊があった。その鉄骨は空に向かう途中で捻じ曲げられたかのように地面へ落ちていって、今度は蛇のようにうねりながら地を這っている。
全身の血の気がザーッと引いていく。
「あれ、乗りたいな」
視界が彼女に戻ってくる。
笑顔はさらに輝きを増している。
手足の指先に氷のような寒気が走った。
ぼくは絶叫系が大の苦手なのだ。
いくらあっくんの要望とはいえ、無理なものは仕方がない。
「実はぼくさ……」
「川西さんがだめだったんだよね。だから前回は乗れなくて」
あー……。
「あっでも無理なら全然だよ! たいちゃん苦手だった?」
「……苦手じゃない」
「ほんと? じゃあいこいこ!」
「あ、ああ」
ぼくはほんとうに救いようのない馬鹿らしい。そんなことで張り合って何になるというんだ。
案の定、終わった。
「うわああああああああああああああああ」
「きゃーはははははは」
「うぎゃああああああああああああ」
「うっひょーい」
「うべあばあああばああああああ」
「あーはははは」
結論。もう絶対二度と乗らない。
ジェットコースターから降りて、ヘロヘロの足で無事地上へ生きて戻った。
三半規管がおかしくなったんだろうか。気分はまるで宇宙からの帰還だ。心臓がまだ動いているのが奇跡だと思った。
お前よく乗り切ったな――生まれて初めて自分のことを褒めてやった。それと同時に、改めて誓う。あんなものは人間が乗るものじゃない、だから二度と近付かないと。
「後半飽きちゃったあ」
「あ……そう」
「ここの絶叫系は大したことないね」
まったく人の気も知らないで。君が大したことあり過ぎるんだろう。
それからもぼくたちは、ごく普通に遊園地という場所を楽しんだ。
コーヒーカップで互いに目を回したり、ふたり乗りのゴーカートで運転を交代し合ったり、池に浮かんだスワンの上で昼寝をしたり。傍から見れば肩を並べて笑い合う姿は、カップルにはさすがに見えなくとも仲が良い同級生ぐらいには見えていたのかもしれない。
それが嬉しかった。
彼女のカバンにぶら下がった雪だるまも、心なしか花火大会のときより弾んでいるように見えた。
――お前は楽しんでるか?
ショルダーバッグに付けた雪だるまを左手に持ち、ぼくは問いかける。当然ながら手に持った雪だるまが弾むことはないし、表情も一切動かない。彼女が描いた渾身の雪だるまは皺ひとつなく綺麗な顔をしていた。
「お化け屋敷いこうよ」
園の端っこまで行くと、ひっそりと佇む手作り感あふれるお化け屋敷があった。
なんだか、なんとなくあっくんの趣味が分かってきた。普通人が怖がったり避けて通ったりするようなものが好きなんだろう。
「なんとなくあっくんの趣味が分かったよ」
「なに?」
「例えばグロテスクな映画とか好きだろう」
「はずれだよ。なにそれ」
あっくんは吐き捨てるように言って、先におどろおどろしい看板の下を潜っていく。軽い足取りのうしろ姿はやっぱり楽しんでいるようにしか見えなかった。
それでも意外なことに、受付を済ませてお化け屋敷に入るや否や、あっくんはぼくの右腕にしがみついてきた。久しく感じることのなかった人肌の感触が頭のなかを真っ白にさせるのは一瞬だった。
「なにをしてるんだ」
「ねえ……たいちゃん」
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