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第24話 僕はどうやら彼女との思い出を作りたいらしい



 帰ってからも僕はずっと考えることが止められなかった。


 彼女の提案を整理すると『幼馴染としての思い出が消失したときのために、今の僕たちも思い出を作っておこう』ということである。それは無になってしまう関係に対しての対応策だ。つまりは、彼女は僕との関係を続けていきたいと思っていることになる。願ってもない最高な話だろう。


 きっと何日か前までの僕だったら、どうせ何かを企んでるんだとか、悪い夢でも見ているかもしれないだとか、適当な難癖をつけて彼女の提案を突っぱねていたんだと思う。彼女からしてみればひどい話なのだが、それぐらい本当に僕の性根は腐っているのだ。


 しかし恥ずかしい話、彼女の前では強がったものの片原さんに対しては心の壁がなくなりつつある。あっくん張本人である事実が少なからずそうさせているのかもしれないが、それ以上に彼女が理解者であることが大きい。


 自分が素でいられている稀有な感覚は、これまで抱くことはなかった。それは素のままの、この捻くれた面倒な男を、彼女が受け入れてくれているということでもあるのだ。

 だから、僕は心のどこかで彼女をひっそりと信頼しているんだきっと。

 だから、今回彼女がしてくれた提案は願ってもない最高な話のはず。


 ――じゃあ何故悩むんだ?


 ……また同じだ。

 思考はずうっと同じところを旋回している。多少寄り道をしたり勾配がついたりするけれど、まるで道しるべが付いているかのように、循環するレールから外れることができない。もう何周したのか数えきれないほど同じ景色を巡っていた。


 カレンダーを見る。

 今日が土曜日であることに軽く絶望した。


 まるでハムスターの回し車のように、同じ軌道で回り続ける思考が明日も明後日も続くんだ。そのうち僕の脳も疲れ果てて動けなくなってしまうんじゃないか? 


 いや……むしろそのほうが良いのかもしれない。限界突破した状態の自然的な思考のほうが、却って最適な答えが出せるものだ。


「いやいや……」


 ひとり苦笑した。

 一生懸命になって答えを探している自分が、馬鹿馬鹿しいと思った。


 何が『最適な答え』だ。そんな答えが思ったように出せる人間ならば、もっとマシな人生を送ってるはずだろう。普段からできていないことが、こういった大事な局面で出来るはずがない。むしろ緊迫した場面であればあるほど普通じゃあり得ないミスを起こすものなんだ。スポーツを見ればそれは明らかなように。


 僕はそのうち、寝支度を整えてベッドに入り、電気を消した。布団に包まって目を瞑れば眠気が訪れてくれるかもしれない、そう思ったし願ったのだ。


 でも堂々巡りは留まることを知らない。睡眠の世界に入り込むタイミングを完全に見失った僕は、ひたすら考え、のどが乾いたら水を台所で飲み干して、それからまた生ぬるい布団に入って、またひたすら考えた。そんなことを繰り返している間にカーテンの隙間から光が漏れはじめる。


 眠ることを諦めてカーテンを開ける。嫌味のように綺麗な青空が、遠くのほうから滲むように広がっていた。


 



 結局生活のリズムが戻らないまま、月曜日の僕は鉛のように重い体を引きずって学校に向かっていた。

 まだ朝露の残る町は、いつも以上に寒くて痛い。風がまるで刃のように鋭く感じるのは、寝不足で肌がパキパキなせいなのかもしれない。


 駅から電車に乗って、見慣れた車窓をまるで義務のように眺め、学校の最寄り駅に着く。

 そこで降りる大人たちは皆、とても憂鬱そうにシートから立ち上がっていた。心なしかその人たちが全員猫背に見えるのは、寒さのせいか月曜日のせいかどっちだろうか。いや、どちらも当てはまるのかもしれないな。


 僕は乗客たちに妙なシンパシーを抱きながら電車を降り、階段を上がった。


 駅を抜けて大通りに出ると、見慣れた制服たちが同じ方向へ向かって歩いていた。まるでそれしか道がないみたいに。

 目の前で制服を着崩している男女が、バカみたいに笑いながら千鳥足で歩いている。男子が冗談を言いながら肘で小突き、女子は道路の横いっぱいによろけたのち、彼の元へ抱きつくように戻った。


 その情景が脳のどこかに触れた。強い不快感を覚え、思わず舌打ちが飛び出しそうになった。僕はなんとか堪え、すぐさま小道に逃げた。


 ひとつ裏の通りを歩いて学校を目指した。

 昔からあるような住宅街で華のない裏通りだ。20メートルくらい先を白猫が横断していた。

 あたりを見渡しても、ここを歩いている学生は僕だけだった。


「はあ」


 なんで僕はこんなにも捻くれているんだろう。

 悲観してしまうんだろう。

 怖くなってしまうんだろう。


 人と関わることができないのに、僕はなんで人間なんかになってしまったのだろう。神様は意地悪だ。どうせなら昆虫とか魚とか、プランクトンとかにしてくれれば良かったのに。なんで難易度の高い人間なんかに……。


 僕は完膚なきまでに前を歩いていた男女の楽しそうな姿に打ちのめされてしまった。

 普段だったらどうってことない、ありふれた光景だ。だって別の世界に生きる人たちだから、そもそも比べようがない。豚は空を飛べないし鳩は草原を駆けまわれない。僕にとって青春を謳歌している所謂“陽キャ”と呼ばれる人たちは、それぐらい別の世界に生きる存在なのだ


 何故今になって気になりはじめたのかは分からないが、しかし僕の思考は同じテーブルに彼らと自分を置いていた。だからまざまざと自分の不甲斐なさを見せつけられている気がして、僕は気が付けば胃を悪くするような自己嫌悪に苛まれていた。


 もしも今、片原さんに会えばこの軟な頭はパンクしてしまうだろう。


 僕は小さくなった体でなるべく時間をかけて歩き、程々なところで大通りに戻って、猫背なまま校門をくぐった。幸いなことに片原さんに会うことはなかった。もしかしたらどこかで追い越されていたのかもしれないが。


 そのころには激しかった自己嫌悪もいくらか落ち着いていた。

 だが、結論は当然のようにまだ出ていない。

 僕はもう、半分以上は諦めていた。


 考えてみればこれまでの人生で何かを決断したことなんて無いのだから、今だけ最良な選択などできる訳がないのだ。僕は僕らしく、無計画に無様な選択をして後悔をすればいい。


 もうハムスターはとっくに倒れている。

 それなのに空回りを続ける回し車に、僕はそうやって折り合いをつけていた。





「来てくれたんだね」


 なんで来たんだおまえは。

 ブランコに腰掛けたままこちらを見上げる片原さんを前に、僕は自分を責めていた。






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