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第14話 垢抜けていった幼馴染



<Episode 7>


 このつまらない中学生活も、夏の入口までやってきた。

 教室のなかも夏模様で、腕まくりをしている男子や手持ちの扇風機で涼をとる女子が目立つ。昨日は日中の気温が28度を記録して、もうあとは蝉の登場を待つのみといった具合だ。


 あっくんはどうやら告白されたらしいぞ――。


 今日、教室で男子が喋っている会話が耳に入った。

 告白してきた相手は部活の先輩。ふたつ上のイケメンで、成績優秀で、優しくて誰からも好かれるタイプで、ふつうに考えたら断る理由がないと。しかし彼女は返事を待たせている。十中八九付き合うだろうが展開はいかに……といった内容だった。


 男子たちはまるで自分のことのように盛り上がっていた。くだらない。

 でも盛り上がるのも無理はなかった。彼女は最近、この学校において注目の的になりつつあった。


 少し離れてみて分かったことだが、中学に上がってからの数か月で、彼女は一段と垢抜けていった。子どもの皮からの脱皮に成功して、そのへんの男子と比べて1歩や2歩先を歩き出している。


 可愛さのなかに美しさを足したような目に、血色がクリアなうすい唇、すり抜けてしまいそうな肌、それだけ整っているにも関わらず、中肉中背でどこかとっつきやすい雰囲気を纏っている。


 それもこれも離れてみて気付いたことだった。

 本当、つくづく思う。離れて良かったと。


 時は昼休みを迎えた。

 あっくんんもことを無意識に考えちゃっている自分が嫌だった。それもこれも余計な情報を聞いてしまったからだ。何度頭から振り落としても、あっくんと部活の先輩――川西さんは浮かんできて脳内をかき乱した。


 付き合うって……つまりそういうことだろう。

 ああゆうことして、こういうことをされて、つまりはそういうことなんだろう。経験値が永遠にゼロであろうぼくにも、付き合うということはなんとなく想像できた。でも、だからすんごく嫌だった。


 もう手の届かない場所に行ってしまうような気がして、目の前から消えてしまう気がして、これまでのことが全て無かったことになってしまう気がして……見えない恐怖に押し潰されそうになっていた。


 だから、階段で彼女と出くわした時、ぼくはまるで悪魔に操られているかのように言い放った。


「はやく付き合っちゃえよ」


 彼女は立ち尽くして、何も言わなかった。

 ぼくは吐き捨ててすぐ、ひと思いに彼女の横を通り抜けていった。



******



 屋上に通じる重厚な扉には曇りガラスが張ってあり、なんとなくそのシルエットで空模様が分かる。今日はというと淀んだ灰色であり、扉を開けなくても十分に寒さは伝わってきた。


「どうしたの外なんか見て」


 僕は振り返った顔を戻す。


「なんとなく、寒そうだなって」


「夜、雪降るらしいよ」


「ふうん」


 会話、終了。


 沈黙が時の支配を始めると、若干だけどこの階段の気温がさらに下がった気がした。しいんと静まり返った空間は時々遠くの反響をひろう。それが却って静寂を際立たせる。まるで真夜中に秒を刻む時計の針のように。


 僕たちが会ってる意味って、なんなんだろうか。

 そもそも彼女はなんで毎回、僕を呼び出すんだろう。何を期待して現在の僕にコンタクトを取っているんだ。


「あのさ……すごく気持ち悪いこと聞くんだけど……」


「うん?」


 出しかけた言葉を止める。


「やっぱりなんでもない」


「あっそう」


 彼女はそっけない返事をして前を向きなおす。頬杖を膝についていて、どこか覇気がない様子だった。

 数秒ほど間をおいてから、片原さんは言った。


「僕たちが会ってる意味はなに?」


「は?」


 彼女は首を若干傾げながら、僕に向かって微笑んだ。


「そんなこと聞くのが気持ち悪いから、聞くのやめたの?」


「……なにいってんだ」


「相変わらず、嘘が下手だね」


「うるせー」


 彼女はため息をつきながら呟く。「意味ってなんだろう」それから間もなく、ひとり言のように力なく続けた。「きっと意味なんて考えてないんだと思う」


 それは僕に向けた言葉なのか、ちょっと分からなかった。


「ここに来た理由だって分からないでしょ?」


「……それ僕に聞いてる?」


「うん」


「僕は呼ばれたから来ただけだ」


「断ればいいじゃん」


「たしかにそうだけど」


 その時、スマホが鳴った。聞き覚えのあるメロディは、もちろんのことだけど彼女のスマホだった。

 また、胸がチクリと痛んだ。


「もしもしー?」


 彼女の話し声がワントーン高くなり、声色にも覇気が蘇る。

 一体誰と話しているのか、どんな内容の話をしているのかはなんとなく分かった。


「行ってきなよ」


 電話を切って早々、彼女にそう言った。


「私まだ何も言ってないじゃん」


「行ってきていいよ」


「君は変わらないね」


 彼女はそう素っ気なく返してから、おもむろに立って、階段を下りていった。

 君は変わり過ぎだ。僕は胸の内でそう呟いて仰向けに転がった。


 人の手が触れた痕跡のない、古びた天井と向かい合い、僕はあっくんの姿を浮かべた。君と一緒なら、この時間はどれほど素敵なものだったんだろうか。





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