◆7 高位貴族院会議
屋敷内がようやくお通夜から抜け出せた数日後、俺は皇城に出向く事となった。
その理由は、高位貴族院議会というものが行われる事となってしまったからだ。
と言っても、議題はいつも行われる定期報告。ただ聞くだけの会議だ。
以前のダンテは、ほぼ全部不参加。だからあまり記憶の中には会議の様子は入っていないが……聞いても何にもならない、くだらない報告を永遠と聞かされるという印象しか残っていなかった。
ダンテがしていた通り欠席してもいいんだが、今後のためにもいろいろと把握したいから行かなきゃいけないんだよなぁ。引きこもりだったダンテの記憶だけじゃ把握出来ないところがいくつもあるから。
朝から深~く溜息をつき、仕方なく余所行きの紳士服に手を通した。
「はぅっ、よくお似合いですダンテ様っ!!」
「はぁ、とっても素敵です……!」
最近、やけに使用人達が生き生きしているように見える。ダンテの態度が変わったから不審がられるかと思ったんだが……そうでもないらしい。
皆ダンテの記憶にはなかった事ばかりしてくれている。最初はあんなに委縮していたはずなのに、今ではとても親切で明るくなった。態度を変えたから、というところもあるんだが……
「じゃあ行ってくる」
「はいっ! お気をつけていってらっしゃいませ!」
「いってらっしゃいませ!」
ただ俺が話しかけるだけで目を輝かせてくる。やはりイケメンは得だな。とはいえ、鼻血を出されるのは困りものだが。貧血になるぞ。
とりあえず、貧血にいい牛肉を使用人達の食事に取り入れるようコックに言っておくか。どうせなら高級肉にしよう。
金は有り余っているから雇っている使用人達の為に使ったところで余るんだ。日頃の感謝も込めて、あとでカーチェスに言っておこう。ついでに俺のも、という事で。
そんな事を考えつつ、全身真っ黒の馬車に乗り込んだ。
ダンテの記憶から、数回しか参加したことのない高位貴族院会議の様子を引っ張り出していると、すぐに皇城に着いてしまった。
とりあえず、馬車に乗っているタイミングで言っておこう。
「滅茶苦茶行きたくねぇぇぇえぇぇぇ……」
極力声を小さくしたから、俺の心の叫びは外にもれなかったと思う。
「……」
俺の目の前にある、堂々とそびえ立つお城。俺のイメージ通りの建物だ。俺は今からこの建物に入らないといけないんだが……その一歩がすごく重く感じる。
それもそうだ。ダンテが屈辱を味わった原因の現場に来てしまったのだから。きっとダンテだって来たくなかったはずだ。
……俺とは別の理由で、だろうけどな。面倒くさい、って。いや、そもそも来ないか。
はぁ、会議の会場が皇城だとは、最悪だ。
こんなところに来て、もしあの二人に出くわすなんて事があったらどうするんだ。第二皇子殿下と元婚約者に。こんなに人の多い場所で、だなんて一番最悪なシチュエーションに決まってる。頼むから出てこないでくれよ。頼むから、本当に。
そう願いつつも、ちらり、と周りを見渡した。俺と同じく馬車から降りる貴族がいくつも見える。こちらに気が付くやつらは戸惑った顔で視線を向けてくる。
この馬車に乗る事が許されるのは、今ではダンテ一人のみ。だが、今の俺はいつもと違った姿。あのブティックのセレナ夫人ですら俺を見抜けなかったんだ。一体誰なんだと困惑しているだろうな。
不眠症で疲れ切って目つきの悪いやつが、磨いてみればびっくり仰天、神様も驚く顔の整ったイケメンだったわけだ。
「……あ、あのぉ……」
「ダンテ・ブルフォード公爵様です」
「……え」
御者の声に続けて、懐から会議の招待状を皇城の者に渡す。
いや、驚いていないで早く通してくれ。居心地が悪すぎる、というよりさっさと終わらせて帰りたい。
「……あっもっもうしわけありませんっ! ただいまご案内いたしますっ……!」
先ほどから刺さってくる痛い視線を浴びため息を吐きつつも重い足取りで皇城の敷地内に足を踏み入れた。
外から見ても思ったが、明らかに俺の想像していたお城だ。とんがり屋根のある、背の高い建物。まるでイギリスにありそうな世界遺産みたいだ。
今日はいい天気だし、今は社交界シーズン。だからここには大勢のご令嬢達が足を運んでいる。皇城の庭は金さえ払えばお茶をさせてもらえるらしいから、きっとそういった集まりで来ているのだろう。それか、国王陛下、皇后陛下、皇太子殿下、第二皇子殿下、第一皇女殿下の内の誰かがお茶会を開けば、か。
「あの……」
コソコソ話していたご令嬢3人が、俺に声をかけた。可愛らしい若いご令嬢達だ。いきなり話しかけてきては自分の自己紹介をし始める。
身なりといい作法といい、異世界ではこんな感じなのか。記憶と実際に見るものは感じ方が違うからな。
だが困った。これでは俺も名乗らなくてはいけない。そうですか、では済まされないぞ、これ。
「それで、その、お名前をお聞きしても……よろしいでしょうか?」
思った通り、顔を赤く染めもじもじするご令嬢達。照れた様子も見せてくる。その気持ちは分かるが……俺が今名乗ればその瞬間顔が引きつると予測出来る。きっとご令嬢達も俺の噂を知っていることだろうから。だが、ここで名乗らないのは失礼に値する。仕方ない。
「ダンテ・ブルフォードと申します、レディ」
「……」
「……」
「……」
予想通り、の反応だ。私達は何と言えばいいのかしら、と困惑していることだろう。ご令嬢達の心境はよく分かる。だが、もうそろそろで会議が始まるからここでもたもたしていられないし、周りの目も痛々しい。いや、別にいじめてないのだから勘違いしないでほしい。
仕方ない、この手段を使うとしよう。ここに来るまでに考え抜いた回避方法を。それは、俺が前世で培った営業スマイルだ。それをダンテがすると、どうなるだろうか。
「っ!?」
「あ……」
「すみません、折角素敵なご令嬢方にお声がけしてくださったのですが、生憎と今日は時間がないのです。では、失礼しますね」
「あ、いえいえ!」
「こ、こちらこそ、いきなりお声がけをしてしまって申し訳ありません!」
こうなる。ご令嬢達は先ほどよりも真っ赤に頬を染めていた。顔の整ったイケメンは罪だ。笑った、というより口元をゆるませた、か。まさかそれだけで効果を発揮するとは思わなかった。
実は、外出する前に屋敷で実践をした。顔の整ったダンテが少し口元をゆるませると、先ほどの令嬢達のように顔が真っ赤になるのだが、微笑むのはあまり使わないほうがいいと実験結果が出ている。
もちろん、本気で笑うなんてものは外出中には絶対に使わないほうがいい。収拾がつかなくなる。屋敷でだいぶ被害者が出たからな。恐ろしい。