◆34 ストーカー女
元婚約者の、俺に対する執着っぷりは呆れたものだった。何度も何度もウチに来ては騒ぎ出し、俺と接触した令嬢に接触してはいじめを働いたりと困り果てていた。
周りは、以前との変わりように困惑していると言ったところか。だが、俺が注意したところで、彼女の耳には何も入っていかない。会話が全くかみ合わない。
俺が外出する時も、ストーカーじみた行動を取ってくる。待ち伏せして同じ馬車に乗ろうとしてくるようにまで激化してしまった。
実の娘の悪行を、父であるルアニスト侯爵の耳には入っていのだろうか。
「辞めろと言ったはずですが」
「ダンテ! 私の為に出てきてくれたの? 嬉しいわ!」
「聞いてますか、やめろと言ったのです。この前ミレイ嬢のお茶会に無断で入って暴れたと聞いています」
「他の女の名前は聞きたくないわ。早くそっちから出てきて!」
屋敷の門の鉄格子越しで話をしているが、彼女とは全く話が通じない。本当に困ったな。
この前も、使用人に渡した手紙を奪おうとしてきたそうだ。ウチの衛兵達によって取り押さえられ、その後使用人に護衛を付けた。案の定また繰り返して取り押さえられた。
意地でも屋敷に入ろうと使用人や仕入れの業者達を脅していたようだが、俺が読んでいたから未然に防げている。
以前は、婚約者という事で屋敷に入れていたが、もうそうはいかない。何としてでも入りたいようだが、俺はもう婚約者ではないし、彼女本人にも新しい婚約者がいる。
今まで、彼女のこんな悪行はダンテの記憶上なかった。だからここまで激化するとは思いもしなかった。危険レベルの異常者だ。
「あのね、ダンテ。お金を貸してほしいの。少しでいいの、ねぇ、お願い」
「婚約者でも何でもない私がどうしてご令嬢にお金を貸すのですか。そんな筋合いはありませんよ」
「小さい頃からの付き合いだったでしょ? ならいいじゃない。それに、前みたいにセピアって呼んで? ご令嬢だなんて、私寂しいわ」
「一度も呼んだことがないでしょう。他人になったのだから名前で呼ぶ理由はありません。貴方もどうぞブルフォード公爵とお呼びください」
「そんな照れ隠しはいらないわ、大丈夫よ、私は貴方の私に対する想いは受け取ってるわ。だから、素直になって?」
「……はぁ、もうどうしようもないですね」
「ねぇお願いダンテ」
「会話もままならないとはね」
頭までイカレたか、この女。一体何がどうなってこの人を狂わせたんだ。俺が原因……いや、追いつめられてご令嬢の本性が表に出た、という事なのか。
衛兵。そう呼び令嬢を押さえて馬車に押し込んだ。侯爵家の御者に金貨を握らせ、そのまま発車させた。
どうせ、また明日も来るんだろうなと呆れた。
第二皇子殿下の成人の儀が終われば首都を離れられる。だが、この様子では領地まで付いてくる事だろう。女という生き物は時に恐ろしい姿に豹変するらしい。いや、あの女が異常なだけだな。
彼女はお金を貸してほしい、と俺に懇願してきた。ルアニスト侯爵家は今お金にだいぶ困っているという事だ。借金までいったか? 彼女の婚約者であるシリル殿下からの援助を切られ、本格的に追い詰められているしな。
「毎回毎回悪いな、カーチェス。あのストーカー女、大変だったろ」
「いえ、仕事ですから」
「優秀でこちらも助かってるよ。だが、これ以上は目をつぶっていられないな。手紙を用意してくれ」
「畏まりました」
仕方なく、俺は侯爵に訴える事にした。乗り気はしなかったが。ちゃんと賠償金も請求するつもりだが、果たしていつ支払われるのだろうか。だが、こっちとしては金に困っていないから気長に待つとしよう。
とはいえ、この屋敷に奴らを迎え入れるのは癪に障る。仕方なくこちらが侯爵家に赴いた。俺が赴くことを許すだろうかと思っていたが、案外すんなりと迎え入れた。一体何を思って俺の来訪を許可したのか気になるところだが。
「お久しぶりですね、ルアニスト侯爵」
「……あぁ、そうだな」
客に対する対応とは言い難い、歓迎されているようには見えない態度だ。俺を睨みつけているが、その心境は分からなくもない。足を組みつつ侯爵を見下した目で挑発した。その行動に侯爵は、怒りを爆発させる寸前まで来ていると容易に理解出来た。
「さて、本題に入りましょうか」
その言葉で、後ろに立つカーチェスが口を開き代わりに説明づけた。それを聞く侯爵の様子だと、知ってはいたがそこまでだとは思っていなかった、といったところか。
困惑したのか、証拠はないなどと反抗してきたが、ちゃんと用意してある。まさか証拠なく訴えるわけがないだろう。
「娘はお前に騙されているだけだ。こちらが被害者なのだから賠償金を請求する」
「どこをどう取って被害者となるのですか。こちらは、屋敷の者達にまで危害を加えられそうになっていたというのに」
「娘がそんな事をするわけがない。大方そちらの使用人達が変に煽ったのだろう! 言いがかりやめてくれ」
「……娘のみならず、侯爵まで聞く耳持たずですか。ではこの証拠の理由はどうするつもりですか」
「っ……お前が私の事業を台無しにしたからだろうっ!!」
はぁ、何を言い出すかと思えば。全然会話になっていないじゃないか。
「それは今関係ないのでは?」
「しらばっくれるなっ!! この若造がっ!!」
「その若造に追い詰められているのは貴方でしょう」
「このっ!!」
胸ぐらを掴まれそうになったが、カーチェスが動いた。だいぶご高齢ではあるが、いとも簡単に侯爵の拳を掴み牽制してみせたのだ。流石の俺もここまでかと感心してしまう。有能な執事が近くにいると安心出来るな。心強い。
「また何か問題を起こせば、今度は皇室に訴えます。あぁ、貴族裁判を起こそうというのでしたら受けて立ちましょう。ですが……果たしてどちらが勝つでしょうね」
「っ……詐欺だっ!!」
詐欺ではない。侯爵を騙した覚えなど微塵もないのだから。そもそも、俺はストーカー行為をやめるよう訴えるために赴いたのだ。今の話は関係ない。話をすり替えないでほしい。
では、と客間を出た。ルアニスト侯爵には、ストーカー行為について以外の要件など微塵もない。それに、ここにいては気分が悪くなる。早急にこの屋敷を出るに限る。
「ダンテ!」
俺が侯爵邸に来ている事を耳にしたのか、俺の元にやってきた元婚約者、いや、ストーカー女。俺の機嫌を悪くする張本人だ。彼女の家なのだから当然出くわすことは分かっていた。だから早くこの家を出たかったのだが……勘弁してくれ。
彼女は俺の手を掴もうとしたが、力強く払った。
「――俺は、許可なく触られるのが大嫌いだ」
「っあ……ご、ごめんね、ごめんねダンテ。もうしないから、触らないから安心して?」
恐縮するストーカー女をよそに、急いで屋敷を後にした。
ダンテ、ダンテと何度も俺の名前を呼んでは付いてきて、俺の馬車に乗ろうとしていたが、連れてきていた衛兵達によって取り押さえられた。
「皇室に訴えるぞ」
「っ……」
はぁ……非常に、頭にくる。




