◆32 セピアside
セピア・ルアニストは焦っていた。今まで感じたことのないほどの、困惑、焦り。そんなはずじゃない、そんなわけがない、と。
周りの者達から出てくる元婚約者、ダンテの話は、自分が知らないものばかりだったから。
自分で確認するとしても、私とダンテは婚約を破棄した関係。私達を招待客として参加させれば問題が起きると分かっているのだから、ダンテのいるパーティーに私が招待される事はほぼ無い。よっぽどの変わり者以外なら。
でも、私は見つけた。
「ダンテ!」
皆が言っていた通り、私の知っているダンテではなかった。何よ、毎日黒の服装をしていたのに、髪も長かったのに。どうして私と一緒にいた時とは違ってそんなに生き生きしてるのよ。
「……ご機嫌麗しゅう、第二皇子殿下。ルアニスト嬢」
「……ブルフォード卿も来ていたのか」
「はい」
今までは私を「お前」と呼んでいた。それなのに、婚約破棄した途端に「ルアニスト嬢」と呼ぶようになった。お前と呼ばれるのに不満を抱いていたのに、今では他人行儀なその呼び方をお前に戻してほしいと思ってしまう。
「ダ、ダンテ……! このパーティーに参加していたなんて知らなかったわ、今日会え……」
「そういえば、そろそろ成人の儀ですね、殿下」
「あぁ」
私が話しかけても、まるで聞いていないかのように、空気のように扱われる。待ってよ、どういう事よ。私が一番この中で貴方の事をよく知ってるのに。
私が掴む手も払われて、つい声を荒げた。けれど、隣の殿下がそれを許さなかった。
「――ルアニスト嬢」
以前から、私が元婚約者であるダンテの話を社交界ですることを指摘されていた。だけど、その後下がっていく自分の家の評判を見て援助もしてくれた。今ではようやく会う頻度も多くなってきた。それなのに、この冷たく鋭い視線に驚愕と恐怖心を抱く。
確かに、殿下は私の婚約者。元婚約者に私が話しかけるのはいい気がしないのは分かる。けれど、ここまで怒る事はないじゃない。私とダンテは何年も一緒にいた関係なのに。
このままじゃダメだ。そう思い次の日お父様にも、殿下にも内緒でダンテのいる屋敷に向かった。
「ちょっと!! ダンテに会わせなさいよっ!!」
「公爵様が許可していませんのでお通しする事は出来ません」
「何よ、使用人の分際で。私が誰だか分かって言ってるの?」
「公爵様のご命令です」
「はぁ? ダンテがそんなことする訳ないじゃない」
「こちらを」
ついカッとなってしまった。けれど、使用人が見せてきたとある書類に、言葉を失った。書かれている内容は、【セピア・ルアニスト侯爵令嬢の来訪を禁ずる】との旨だった。
「っ……偽物よ!!」
「この印がお分かりになりませんか」
「っ……」
この印はよく知っている。お父様が持っていたものなのだから。
抗議したけれど、結局入れてもらえなかった。今まで普通に入れていたのに、どうして。
門番も、ダンテの命令だと言っていた。しかも、書類付きで。絶対嘘よ、ダンテは私にそんなこと絶対しないもの!!
それから何度も通ったけど入れてもらえなかった。手紙を送っても読んでもらえず、そのまま送り返されてしまった。
おかしい、明らかにおかしい。だって、私今までそんな事された事なかったのに。
私は、ダンテの事業で作ってるクロール生地のドレスを仕立てに行った。勿論新しいデザインのドレス。ウチの事業を潰した相手のドレスを仕立てるんだから、お父様にはバレないようこっそりとブティックに向かった。
これを着てダンテに会いに行ったら、見てくれるんじゃないかって。そう思ったから。
でも……
「ねぇ、どうして今すぐじゃないのよ」
「他にもご予約された方々がいらっしゃいますので、申し訳ございませんがご令嬢のドレスは4ヶ月後になってしまいます」
「私が誰だか知らないの?」
「いえ、ですが……」
「このクロール生地、私の元婚約者の作ってるものでしょ。だったら私のを先に作るのが筋じゃなくて?」
「それでは困ります、ご令嬢」
「さっさと作りなさいよ!!」
何よ、私は小さい頃からの付き合いであるダンテの作った生地のドレスを着ちゃいけない訳? 私は高位貴族の令嬢でもあるのよ? だったら一番優先して作るのが普通でしょ。
何よ、周りの令嬢達のあの目。ライバルのドレスを着ちゃいけない訳? でもダンテは私の元婚約者なのよ? 別にいいじゃない。
でも結局、このブティックではドレスが出来上がるのは4ヶ月後としか言ってもらえなかった。脅しまでかけてきたのよ、この私に。
どいつもこいつも、そんな事してどうなってもいいわけ?
日に日に減らされていく私のお小遣い。お父様に聞こうとしても、毎日毎日イライラしていて話しかけられない。だから、私の怒りは日に日に蓄積されていった。
「殿下っ! それはあんまりですっ!! そもそも、殿下はセピアの婚約者ではありませんか!!」
「私は言ったはずだ。次はないと」
新しく始めた事業には、私の婚約者であるシリル様が援助をしてくれた。これで侯爵家を立ち直せれば、とお父様は奮闘していた。それなのに……日に日にお父様の顔色が変わりつつあった。それは、上手くいってない証拠。そして、ついには殿下がこの邸宅に赴いた。また助けてくれるのでは、と迎え入れたのに……
「援助はもうしない。あとは自分達で何とかしろ」
「殿下」
「――私の期待を、裏切るな」
また、あの刺々しく鋭い視線に、私達は危機感を覚えた。私の婚約者であるはずなのに。助けてくれるのは当たり前の事なのに。これで見限られてしまったら、私の家はどうなってしまうの?
その後、お父様は私にこう言ってきた。お前は何をしていたのだ、と。殿下の機嫌を損なうな、上手く言いくるめろ、と。そんな事、もうやってるに決まってる。それなのに、日に日に攻撃的な視線を向けてくるシリル様に、自分は何をすればいいのか、分からなくなってきた。
今日も、お父様の言いつけで皇城を訪れた。シリル様にお会いするために。考え直してほしい、そう言ってこいと。
「……ダンテ?」
シリル様の居宅に向かう際中、一瞬視界に入った、元婚約者の姿。待って、行かないで、そう心の叫びと共にダンテの方へ急いだ。廊下を曲がった先にいるはずの彼の姿は、消えていた。
ねぇ、どうして?
私、貴方の元婚約者よね?
私が一番、貴方の事を知ってるのよ?
私が一番の、貴方の理解者なのよ?
ねぇ、どうして?
どうして、私にあんな態度を取って、お父様を苦しめるの……?




