◆30 高貴なお方
今日もまた、とある人物のパーティーに出席している。主催者は、レスリス公爵。同じ公爵位の方だからと断れなかった。だが、交流は深めておくに越した事はない。早く親交を深めておかなければ後で不利になったりもするし、今のうちに深めておいたほうがいい。
……また悪戯をされかねないがな。
「公爵は実業家として素晴らしい能力をお持ちだ。次も考えているのかな?」
「レスリス公爵に比べれば私はまだまだ未熟者です。でも、そうですね……今の事業が落ち着いてきましたからそれも悪くないと思います」
「もしや、今目を付けているのは真珠かな?」
「それも面白そうな話ですね、検討してみる価値がありそうです」
「はっはっはっはっ、公爵様は容赦ないな!」
ルアニスト侯爵は、シリル殿下の援助で今新しい事業の準備をしている。俺が収入源を潰したのだからそうなるのは自然だ。今度は真珠を扱うようだが、実を言うとそのつもりで準備は整っている。レスリス公爵も鋭いな。それも分かっていてこの話を出したのだろう。
事業を始める為には大金が必要不可欠。今回はシリル殿下の援助で十分に準備が出来ただろうが、あの後、これ以上の援助はしないと殿下は脅したそうだ。これも、俺の指示。
今のルアニスト侯爵は焦りを見せているはずだ。これが成功しなければ領地経営も立ち行かなくなり生活に支障をきたす事になるのだから。
また殿下に援助してもらえると甘い考えでいたからそうなるんだ。
もし上手くいかなければ、最悪借金をしないといけなくなる。だが、それは一番避けなくてはいけない事だろう。高位貴族である侯爵という階級を持つ、歴史の長い由緒正しい家だ。借金したという事が世間に知られるのは屈辱でしかない。
「ご安心ください、貿易業に手を出す程の馬鹿ではありませんから」
「ははっ、ブルフォード卿は敵に回したくはないな」
「私もですよ、今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ブルフォード公爵」
レスリス公爵の行っている貿易業は、多数の大国と契約を結んでいるからこの大陸一といえるほどの規模だ。こんな業界を牛耳る大物と対立してみろ、ひとたまりもない。仲良くしておくのが妥当だ。子供でも分かる。
「ほら、ご令嬢達が心待ちにしているようだ。私が独占してしまって申し訳ないな」
「……そんな事はございませんよ」
こうしてレスリス公爵と話していても、ご令嬢達の視線が痛く刺さってくる。この話が終わってしまうと雪崩のように来るのは分かり切っている。もうすでに女性達の恐ろしさを嫌というほど味わってきたから、その事態を避けたいところではある。
何とかしなくては、と思っていた矢先に「ではまた」と離れていってしまった。分かっていて離れたのは分かっているぞ。勿論それを待っていたご令嬢達が俺の所にやって来……
「ブルフォード公爵様」
……たところで使用人に声をかけられた。小さな声で耳打ちされて。
「高貴なお方がお呼びです」
と。高貴なお方、か。これは、使用人に付いていく選択肢のみが用意されているという事だろう。俺に向かって『高貴なお方』という言葉を使ったのだから。
俺はその使用人に付いていった。ご令嬢達の餌食になるつもりもなかったからな。助かった。
会場を離れ、長い廊下を進む。こちらにどうぞ、と部屋に通された。
「あら、早かったじゃない」
「……お久しぶりでございます、皇女殿下」
この部屋で待ち構えていた人物、俺を呼んだのはこの方だ。貴族の中で最上位である公爵という爵位を持ち、皇族の血も受け継ぐ俺に向かって『高貴なお方』と言うのであれば、皇族しかいないという事だ。
ここに参加されているという事は、皇太子、第二皇子であるシリル殿下、第一皇女のみ。とはいえ、シリル殿下は論外、皇太子か第一皇女どちらかとなる。
さ、隣に座って。と言う皇女殿下に口元をゆるませ、向かいに座った。皇族の隣に座るのは無礼に値する。シリル殿下は別だがな。
だが、座り直してきた。俺の隣に、皇女殿下が。今まで、ダンテは皇女殿下とは挨拶程度しか接してこなかった。ダンテの記憶しか持っていない俺だと、彼女がどんな性格なのか分からなかったが、こういう性格の方らしい。
「あらあら、いつの間にこんなハンサムになったわけ? 素敵じゃな~い!」
「……お褒めいただき光栄です」
「そんな表情が出来るのね、貴方」
「今まで表情を出さなかっただけですよ」
「ふふっ、確かにそうかもね」
今まで、とは元婚約者と婚約を結んでいた期間という事になる。元婚約者がいなくなったから表情を出すようになった、という事だ。
「それで、今日はこんなところで夜遊びですか?」
「そうね~、こんなにカッコいい人見つけちゃったから、ちょっと火遊びしてもいいかな~?」
「婚約者は如何しました?」
「ふふ、嘘よ嘘よ」
この方には、隣国の皇太子という婚約者がいらっしゃる。婚約式を終えてそろそろ隣国に嫁ぐことになる。
「婚約者はもっと大切にしたほうがいいですよ」
「貴方が言っていいの? それ」
「私に問題があると?」
「ふふ、それもそうね」
まぁ、俺が言っていい立場じゃないがな。誰かの婚約者に手を出したし。
「それで、ちょ~っと公爵とお話したいなぁ~って思って呼んだの。ほら、貴方の元婚約者。私の弟の婚約者になった女がいるじゃない?」
「あぁ、いましたね」
女、と言ったな。第一皇女殿下にはそう思われているという事か。
「公爵位の中での未婚の令嬢はいないし、侯爵位の中で一番由緒ある家はその女の家。だからシリルも彼女を選んだのだと思うんだけど……どうも私は気に入らなくてね」
「気に入らない?」
「そ。今、あのブルフォード公爵との婚約を破棄して乗り移った第二皇子の次期夫人って周りの国から見られているのよ」
「まぁ、確かにそうでしょうね」
この国の皇室に入る事、すなわちこの国の代表の内の一人となる事。だから、皇室に入る者は経歴に問題があってはならないのだ。
今回は、まぁギリギリと言ったところか。彼女の家は由緒ある、皇室に長年貢献してきた家だからな。
「あの子は、第二皇子とあってあまり良い立場じゃないわ。兄上が皇帝となればシリルは大公という立場になるけれど、後ろ盾がないから危うい立ち位置となってしまう。だからこそ一番立場が上のあの女を選んだのだと思うんだけど……もう少し考える時間はあったと思うの」
「……」
「焦りは禁物と言うけれど、成人の儀もそろそろだし、周りも結婚話を出してはシリルに催促している事も私は知ってるわ。でも、まだ嫁いでいない私なら何とか出来る。国内にいないのであれば国外から王女をもらい受ければいい話だしね」
「……もうそろそろで嫁ぐ事になる皇女殿下には頼りたくなかった、が本音でしょうね」
「そう、でしょうね」
皇女殿下の言う通り、国内にちょうどいいご令嬢がいなければ他国から貰い受ければいい話だった。だが、そうなってくると国が絡んでくるため簡単に事は進まない。今シリル殿下は第二皇子とあって立場が危ういため見つけるのは困難だろう。そのため、悩んだ末にルアニスト侯爵の話を吞んだ。
「それで、何故私にそんな話を? 始末しろとでもいうのですか?」
「しようとしているのはどこのどなた?」
「一体何の事でしょうか?」
「しらばっくれないで。分かってるんだから。今、皇族派の者達が彼女を非難し始まっているのよ。そして、中立派の者達は貴方が何とかしてくれるのではないかと聞き耳を立てている」
「えぇ。そのためルアニスト侯爵家も危うくなってきている。周りも離れ始めている事でしょう」
そう。だから、俺の今の行動に文句をつける者達が出てこないのだ。
これまでルアニスト侯爵家を支持していた者達は、今の現状を見て、巻き込まれるのを避けるために黙っているのだろう。貴族の者達は本当に正直だ。
侯爵はきっと、殿下に脅迫された後、縁のある貴族達に助けを求めたのだろうが……助けてもらえなかった事だろうな。
「それで? 皇女様も期待されているのですか?」
「そりゃそうよ。だからよろしくね」
「……はぁ、そうですか」
よろしくね……軽く言ってくれるな。
だが、シリル殿下が度々城を抜け出していることはバレていないようだ。それはよかった。
ではそろそろ戻りますね、そう腰を上げた時、彼女は俺を止めた。
「今日、気を付けなさいよ」
「え?」
「レスリス公爵がどんな人なのか、貴方も知ってるでしょ?」
そう言われ、返事をしてからその部屋を後にした。いやな予感を抱きつつ会場に戻ったのだ。




