◆27 最近、来訪者が多くないか……?
最近、殿下がブルフォード公爵邸を訪れるようになった。と言っても、俺達の関係を悟られないようにお忍びで、本邸から少し離れた別邸にお呼びしている。
「ルアニスト侯爵家に援助したそうですね、殿下」
「別に、援助をしたところでお前の方に支障はきたさないだろう」
「えぇ、問題ありません」
「悪いやつだな」
別邸に使用人は一人も配置していないから、これを知るのはカーチェス一人だけだ。
これも、俺が何とか口実を作って皇城に行くことに痺れを切らした殿下が勝手に手紙を寄こして本人が直接来たのが始まりだ。もちろん、手紙の差出人の名前は偽造だが。一体何を理由に外出しているのか気になるところだな。
だが、こう何度も何度も別邸に来ては俺をベッドに押し倒す殿下に付き合わされるのはたまったもんじゃない。だから手加減をしてくれと何度も何度も釘を刺している。まぁ、俺のお願いでルアニスト嬢に付き合わされている殿下の身になれば、不機嫌になるのは分からなくもないが。
だが、そのおかげで向こうは油断しているようだ。
「ダンテ……」
「……どうしましたか、殿下」
「嫌だ」
「はいはい、シリル」
ベッドの上で上半身を起こしている俺の首に、腕を回して抱きしめてくる。そのまま、俺ごと倒れ込んだ。こんなに寂しがり屋のわんちゃんだっただろうか。一昨日だって会っただろ、ここで。だいぶ構ってやったのに、それでも足りないと言うのか。
何度も会ったが、殿下のこの早変わりに俺はだいぶ驚いている。まぁ、俺の早変わりに殿下も驚いているだろうが、それは中身が変わったからという理由だ。殿下の場合、中身が変わったというわけではないはずだ。ダンテの容姿は花であり、時には毒になる、という事だろうか。
「婚約者を放ったらかしにしてここにいていいんですか?」
「意地悪か」
「そうです、意地悪です」
「そうか。なら、意地悪するような奴には仕置きをしないとな」
先ほどとは違った様子で、俺と密着していた上半身を浮かせてきた。そして、口づけが……
と、いうところでこの部屋のドアがノックされた。これは、カーチェスだろうな。仕方ない、と近づいてきていた殿下の額を手で押し、ドアの向こう側に立つカーチェスに返事をした。
「なんだ」
「お客様です」
「……今日はいなかっただろ」
「公爵様が昨日来訪を許可されたご令嬢がお見えになりました」
昨日……と記憶を呼び起こすと、思い出した。そういえば、カーチェスに指示したな。ここのところご令嬢からの手紙がわんさか届くため、全部読むのに結構苦労していた。まだ社交界に出たてだから、どこのどいつだとカーチェスに説明してもらわないといけないしで結構苦労しているところだ。
「今日じゃなかっただろ」
「早くお話をしたいとのことでした」
……はぁ、確か約束は明日だったような気がするんだが。一日も待てなかったとは、ただの駄々っ子か?
そんな会話を横で聞いていた殿下は、不機嫌顔で俺に口づけをしてきた。まだ話し中だというのに、嫉妬でもしたのか。
「はぁ……本邸の客間に通してくれ」
「かしこまりました」
カーチェスに出したその指示に、殿下は不満を持ったような表情を見せてくる。まぁ、中断させられたのだからそうだろうな。だが、休憩は必要だ。俺にとっては休憩になるのかどうかは分からないが。
「はぁ、すみません。すぐに話を終わらせて戻ります」
「……会うのか」
「すぐ戻りますから、離してください」
「……」
……嫌らしい。押し倒されているから、殿下が降りてくれないと俺は起き上がれない。これではどうにもならないのだが。
仕方ないな。ため息交じりに殿下の首に腕を回して引き寄せ、俺の方から口づけをした。唇を吸い、隙間から舌を差し込み絡ませる。
「はぁ……大人しく、いい子で待っていてください」
「……」
頭をなでてやると、ふくれっ面ではあるが渋々俺の上から横にずれた。ため息をつきつつも、脱ぎ散らかした俺の服を引っ張り身に付ける。後ろから痛い視線を感じるが無視だ。
では、と部屋を出た。
「この後、殿下にアールグレイとダークチョコの菓子を出してくれ」
「かしこまりました」
戻った後にどうなるか不安ではあるが、出来るだけ早く事を片付けて戻ろう。
小さくため息をつき、カーチェスと共にお客様の元へ向かった。
今日も、俺より年下の未婚のご令嬢だ。心なしかしょぼーんとしたメイドが紅茶を淹れてくれたが、心境は分かる。
「それで、どういったご用件でしょう」
「あ、の……」
やはりこのご令嬢ももじもじしている。以前ここに来訪してきたご令嬢と目的は同じだろうか。違った方が俺にとっては助かるんだが。
「わ、私に、チャンスをくださいっ!!」
「……チャンス、ですか」
「その、私、公爵様のお噂は聞き及んでおります。ですが、それは、元婚約者の方が問題だったのではと思っているのです。ですから、私にチャンスをください!!」
あぁ、デジャヴだったな。予測的中。この前来た令嬢も言っていたが、元婚約者の方が問題だと考えているようだ。普通、あんな言い方をされたら非難されるのは俺の方だ。だが、逆に考えるご令嬢達は一体どれだけいるのだろうか。
だが、ダンテは婚約破棄してから劇的に変わった。タイミングを見れば、そう思う者も少なくないという事か。
「お断りします。あの噂はデタラメですから、ご令嬢が気にしなくてもいい事ですよ」
「で、でも……」
「この話はなかった事にしましょう」
さぁ、お帰り下さい。そう言ったのだが……
「う……うぅ……」
「っ……!?」
今度は泣かれてしまった。俺が何をした。ただ断っただけだろう。これでは、俺が泣かせたように見えてしまうではないか。
内心ため息をつきつつ、ハンカチを渡して泣き止んでもらった。
「も、申し訳ありません。取り乱してしまい……」
「構いませんよ、落ち着きましたか」
「は、はい。ありがとうございます。……実は、公爵様の元に来たのには、もう一つ理由があったのです」
もう一つ理由、か。今度はどんな展開だろうか。
「……私には婚約者がいたのです。でも、いきなり婚約破棄を言ってきて……そしたら、次は妹と婚約を結んでしまったんです」
何とも、聞いた事のある話だ。どこかの誰かさんが婚約破棄を告げ、今度はどこかの国の皇子と婚約したという話。これを聞くに、俺は同情されているのか?
「……昔から、妹に私のものを取られてしまう事が当たり前だったのです。でも両親は、私は姉なのだから譲りなさいと何時も言ってきて……でも、今回で決心したのです。もう、妹には自分の物は取られたくないって。だから、今までの事を、仕返しをしたくて……」
仕返し、ね。まぁ、どこかの誰かさんも婚約破棄した小娘に仕返しをしようと現婚約者に手を出して、今別邸にいらっしゃるがな。
「私の事情に公爵様を利用しようとしたことは、謝ります。申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず」
どこかで聞いたような、マンガでありそうな展開だな、これ。あるあるというやつだ。
それで、その……とまたもじもじしている。はぁ、これを聞いてしまったら、そのまま帰すことが出来なくなってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ。早く別邸に戻らないと、今機嫌の悪い殿下が何をするか分からないというのに。
これでは埒が明かない、と仕方なくご令嬢の元婚約者の名前を聞いた。その伯爵子息は確か、剣術が優秀だと聞いた事がある。以前呼ばれたお茶会で、会話に出てきたのを覚えている。
「でしたら、ちょうどいい人物がいます。すぐ連絡を入れますから、それまでお待ちいただけませんか」
「え゙っ」
「どうしました?」
「いえ、でも、公爵様では、ないのですか……?」
「えぇ、私は結婚するつもりはありませんから。その方も剣術に長けた人物です。公爵家の子息ですから元婚約者よりも高い地位にいる人物ですし、最近婚約者を探していると耳にしました」
「で、でも、公爵様だって、婚約者を探すのは、大変では……」
「私の事はお気になさらず」
「あ、あの、利用しようとしてしまった事は謝ります、ですから……」
「それは気にしないでください、気にしていませんから」
「でも……」
「私でないといけない理由は?」
「うっ……」
実に分かりやすく、見え見えだ。もう少し隠したらどうだ?
だが、余程俺と結婚したいようだな。普通に縁談話を持ってきても断られるだろうから、自分の今の現状を利用して結婚しようとはな。
いや、もしかしたらその家の状況も本当なのかどうか分からないな。
話は終わりです、と半強制的にお帰り頂いた。
「シリル」
「遅い」
急いで戻ったというのに、だいぶご立腹だったみたいだ。カーチェスに用意させた紅茶は減っているが、お茶菓子は一口食べただけで残っている。殿下のご機嫌取りではないが、お好きなダークチョコレートの菓子を出したが駄目だったか。
これでも早く終わらせて戻ってきたというのに、これも約束を守らなかったご令嬢が悪いというのに。
視線をテーブルからベッドに腰かけていた殿下に戻し、力強く抱きしめる。
だいぶ不機嫌だな、と思ったんだが……俺を抱きしめて離さない。いきなり襲われる事を覚悟していたんだが……拍子抜けしたな。




