◆25 スリルを味わうにもほどがある
今日もまた、皇城に赴いた。セレナ夫人と共に、皇后陛下にお会いすることとなったのだ。
「あらまぁ、とっても軽いドレスだわ。繊細なレースも素敵ねぇ」
「そう言っていただけて光栄です。今回のドレスは重さを可能な限り軽減したので、長時間着用しても今までより疲労が減ると思いますわ。着心地はいかがでしょう?」
「とってもいいわぁ。確かに、これなら疲れないわね。気に入ったわ」
「ありがとうございます」
セレナ夫人と生み出した新しいドレスを大層気に入っていらっしゃる皇后陛下のおかげで、売り上げもだいぶ上がっている。皇族御用達のロイヤルワラント認定をされたセレナ夫人のブティックは今やルアニスト侯爵と契約しているブティックをしのぐほどとなっただろう。
今、ルアニスト侯爵令嬢はシリル殿下と共にパーティーにたびたび顔を出しているそうだ。もちろん、着用しているのは絹糸で作られたドレスと紳士服。それを見た周りの貴族達は、分かりやすい程に分かれた。
クロール生地を生み出した俺を支持する者。対して、絹糸紡績業を手掛けるルアニスト侯爵と、娘の婚約者であるシリル殿下を支持する者。とはいえ、俺には皇后陛下という心強い後ろ盾がいるため俺の方が優勢だがな。
これからどういう展開になっていくのか見ものである。場合によってはまた手を打つことになるが……今のところこの計画をそのまま進められるだろう。
だが、問題が一つ。
「……セレナ夫人、話し合いは後日にしましょうか」
「分かりました。では公爵様、お先に失礼します」
「えぇ、お気をつけて」
一緒に来ていたセレナ夫人を皇城で見送り、俺は中に戻った。
……で。
「……どうしましたか、殿下」
「……」
こうたびたび皇城に赴いては空き部屋に引きずり込まれるのは困ったものだ。俺のお願い事が気に食わず機嫌が悪いようだ。
だが、これ以上機嫌を損なえば支障をきたす危険もある。少しでも機嫌を直す努力が必要か。
だが、殿下は何故俺が皇城に赴く日を把握していて、俺に構う時間があるのだろうか。公務はどうした。時間があるなら婚約者に会ってやれと言いたいところではある、が……ソファーに押し倒されている状況でそれを言えばろくな事にならない事は分かり切っている。
「せっかくお前の願いを聞いてやっているというのに、俺の事は放ったらかしか? 自分の口で言っただろう」
「そんな事はございませんよ」
「なら、時間のある限り俺のところに来い」
「殿下も分かっているでしょう、表での俺達の関係上一緒にいるところを見られるのは都合が悪いという事を」
「……」
さすがに、ルアニスト嬢の元婚約者と現婚約者が共にいる場面を見られると、噂好きな貴族達の事だ、良からぬ噂が出回るのは目に見えている。そこに尾ひれまで付くのは当たり前だろう。そんな面倒事はごめんだ。
それを分かっていても不機嫌な殿下は、ふくれっ面のまま俺に口づけをしてくる。俺も応えるように受けるが……耳に音が入ってきた。それは、この部屋に近づいてきている足音と、女性の話し声。恐らく二人だろう。
殿下の耳にも入っているだろうに、自分に集中しろとでも言うように大胆に絡めてくる。……が、徐々に音が大きくなってくる。
この部屋に近づいているようで、もうすぐそこまで来ていた。そして、あろうことかこの部屋のドアノブが音を立てた。
心臓の音が大きくなる。硬直した身体を、覆いかぶさっている殿下が抱え、回るようにソファーから静かに転げ落ち、ソファーとローテーブルの間に入り込んだ。なんとも器用な人だ、と感心していたが、口づけはなおも続き、重なる唇の隙間から声がこぼれないよう必死に抑えた。
「あら? 音がしなかった?」
「え?」
ドアが開かれ、女性達の声が聞こえる。そのせいで、心臓の音が早く脈打つ。だが、こんな危ない状況で、危機感と同じく高揚感を覚えてしまう俺は頭がおかしいのだろうか。だが、それは殿下にも伝わっているのだろうか、それとも殿下も同じように感じているのか、絡まる舌の動きはより大胆になってくる。
「空耳だったのかしら」
「ちょっと、怖い事言わないでよ。それより、メイド長が待ってるんだから早く行きましょ」
「そうね」
その声と共に、ドアが閉まる音が部屋に響いた。
出ていったことを音で確認し、安堵し油断しきっていたのか、なおも続いていた口づけに主導権を持っていかれそうになった。殿下はここ数日で俺が教え込んだ口づけを簡単に習得してしまったのだ。さすがにそれは予測しておらず、油断ならない。
だが、殿下は口づけが好きらしく隙をついてはしてくるのだ。どれだけ好きなんだと呆れてしまうがな。だが、呼吸が乱れ、唾液もこぼれ、中々離してくれない。
ようやく離してくれた頃には、中々息が整わず、頭がくらくらしていた。そんな俺の様子を見た殿下は、さも満足気な表情を浮かべている。
「はぁ……」
「はぁっ……ドアを閉め忘れるほど、私に会うのが嬉しかったようですね」
「……当たり前だろ。来なかったお前が悪い」
俺のせいにする殿下は、抱えていた俺をソファーに戻しドアに向かい、今度はしっかりと内鍵をした。
目を光らせた殿下は、また俺に覆いかぶさる。
「スリルを味わうのが好きなようだな。鍵はかけない方がよかったか?」
「殿下も言えないでしょう。鍵をかけないのであればまた邪魔が入られる可能性がありますが、殿下のお好きなようにしてくださってかまいませんよ」
「くく、よく分かってるじゃないか」
とはいえ、俺としてはもうこんな事態は心臓に悪いからやめてほしいがな。殿下は、鍵を開け直す事なく俺に口づけをしてきた。やはり邪魔はされたくないらしい。
さて、今日帰るのはいつになるのやら。




